2007/3/24

移住者追跡調査  移住話

先日、北海道の移住者の追跡調査をしているという調査会社?のインタビューを受けました。

謝礼に頂いた「きのとや」のお菓子が美味しかった・・・という話はおいといて(笑)、目的は何だったか?はっきり聞いとけば良かったけど、移住促進事業関係の参考でしたっけ?(知人からの依頼だったので特に疑問も持たず(^_^;)

聞かれたのは過去の居住地とか、今後移り住みたい場所はあるか、などいろいろでした。
今後〜・・・の希望では迷わず「沖縄!」と答えましたが(笑)。

移住までの渡道回数は?
というのでは20回近くかな?最初は大学の時バイクで、その後もバイク〜車〜スキーなどで何度も来ましたね。

移住の上で一番大変だったのは?
と言う質問では、引越しをしようとしたときに家財を兵庫県→北海道へ移すのに68万円、と言われたのが衝撃的だったと(笑)。
なので家財は愛媛県へ引越し(20万位)、私はデリカ1台+ダンボール20個(3万円強)で北海道に来ました。
若干の家具は家に付いていたのと、テーブル椅子はキャンプ用品で暮らしていましたね〜
4年前、今の家に移ってテーブル、ソファー、大型冷蔵庫などを買ってようやく人並み(笑)の生活を手に入れ・・・


今の場所を選んだのは?
という質問では、『山村留学をしようと思ってこの場所を選んだ』のではなく、『十勝(士幌)なら住んでみたい』と思ったから。

移住のきっかけは?
では、やはり『都会生まれの子供に本物の自然を体験させたかった』というのと700人→23人という規模の学校で、子供の個性を伸ばす良い教育をしてくれた(というのが3年いた理由)でしょうか。

もともと移住志望じゃないので仕事もしないつもりで、その間(1年)の生活費として200万位の蓄えは必要かも?(うち3ヶ月は失業保険を当てにしていましたが)

まぁあんまりお金の心配はしていなかったのは、何てったって伊丹の家賃7万円→5千円になるというのは大きかった(その差6.5万ですから!)。

結局4月から月3〜4万くらいのアルバイトと、9月からは月収13万くらいの仕事にありつけ、1年間無職で遊び放題というわけにはいかなかったけど(爆)。

仕事はいろいろと経験したのでその話はまた移住話で詳しく。


他に「今後移住希望者へのアドバイスはありますか?」という質問では、同じ北海道といっても道央〜道東では全く環境(気候?)も違うし、都市部と農村部では人との関係?係わり合いも全然違う、同じ町内で引っ越しただけでも環境激変なので、移住の目的をはっきりさせて住む場所を選ぶのが良いのでは、と答えました。

また最初から家を建てて住む、という移住者も多いようですが、住んでみないと分からないことも多いので1年間くらいは賃貸にして、住む場所探しをして道内を旅してみるのも良いかというアドバイスをしました。


移住して最も良かったと思うところは?
では、「最高の自然環境」(^_^)v

移住してこんなはずじゃなかったと思うところは?
は「特になし」なんだけど、わかって来てるけどやっぱり・・・と思ったのは教育面での学力の低さ、というかまぁ塾通いをしている小学生に疑問を持って北海道へ来ているんだからそれはそれで納得しているのでいいんだけど(^_^;)、やっぱり高校入学時に学力の格差が帯広と士幌ではかなりあったように思うな〜・・・ま、結局は本人ですからいいんだけど〜・・・(笑)と言う割にはしつこいか。

息子には道外へ出る機会も与えたいので、勉強して大学に合格して遠くへ行って欲しいですね!

ま、こんなところの内容を答えたアンケート調査でした。

調査会社の人が言っていたけど、移住者の情報源としてブログもあるそうですので、参考になるかと書きました。

追記◆同じく取材を受けたカントリーロードのママに聞いたら、道からの依頼で、活気のある地方自治体の取り組みをいろいろな方面から調べているそうです。

2006/11/18

息子を説得  移住話

2000年はじめ頃のお話です・・・(移住話そのC)

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「山村留学に行こう!」と息子(当時小学3年生)に言いましたが当然息子は全否定。

「なんでボクが北海道になんか行かなあかんねん、転校なんて絶対嫌や!」

と、取り付く島もない・・・

まぁそれもそう。
生まれも育ちも兵庫県伊丹市の彼は保育園の時から仲の良い友達に囲まれていて何の不満もない学校生活。
というより楽しくてしょうがない毎日。
それを突然奪うというのもなぁ、確かになぁ・・・

しか〜し!!
私はもう行きたくて、行きたくて、たまらなくなってしまったのだ・・・(^_^;)
それもたった1年だしね。
1年間オールシーズン北海道を観光三昧!あ〜なんて素敵なプランなんでしょ♪

息子を毎日々ひたすら説得。
というより誘惑。

「北海道はスキーが毎日出来るで〜」
「スケート上手になるで〜」
「馬に乗れるで〜」
「食べ物美味しいで〜」
「毎日釣りに連れてったるで〜」

・・・・・ピーン!釣れたっっ!

そう、彼はこの頃釣りにハマっていました。
西宮浜でボラ釣り、池でフナ釣り、近所の公園でブルーギル釣り・・・
私は全く興味ない釣りだけど(^_^;)海が近いのであちこち連れて行きました。

「北海道には川が沢山あるし魚もいっぱい釣れるで〜!」と適当なことを言いちょっとだけその気にさせました。

でも彼は「ボクは北海道が嫌とかじゃなくて転校すんのが嫌やねん」。

・・・ごもっとも。

私も小学校5年生の時、親の都合で同じ市内だったけど田舎→街へ引越しただけでかなりヘコんだもんなぁ。
そん時の気持ちを考えるとやっぱ無理強いは出来ない。

だからとりあえず「見に行くだけ」行って見よう、と言いつつも毎日誘惑の嵐攻撃でかなりその気にさせ山村留学先の下見へ。
私は下見だけのつもりだったけど、思い立ったのが遅かったのでもう面接をして決めなければならない時期。

まぁ面接してどうしても嫌ならやめたらいいし、気に入ったら1年だけ行こうということで息子とは合意。

私自身も気に入らなければやめようとも思っていたし、とにかく初めて行く場所、初めて見る小学校、初めて会う人たち・・・何でも初めて尽くしなのでこの目で確かめないと何も決まりません。

そもそもスキーの帰りに立ち寄った・・・というのが私達のかる〜い気持ちを表していますが(^_^;)、冬の帯広へ遊びに行こう!という軽いノリで面接へ。

というわけで次回予告「山村留学の面接へ」と続きます。

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山村留学中の3年か4年生の時、学校へ隣接する果樹園にりんごの植樹をしました。
息子はその事をよく覚えていて、「ボクの(植えた)樹あるかなぁ?」と時々話していました。

あれから6〜7年経った今年の秋、全ての留学生の元へ果樹園の写真と「りんごの実」が届きました。
ついに実がなったのだそうです。

今は高校生の息子ですが「本物のリンゴや〜」「ボクらが植えた樹やで〜」と大喜び。

・・・彼の心に思い出の宝物はできたでしょうか?(^^)

2006/10/31

とりあえず  移住話

1999年〜2000年の頃のお話です・・・(移住話そのB)

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行ってみよう!ということになりました。

その頃の私「スキー」にどっぷりハマっていたので翌月にニセコのスキーツアーを予約していました。
じゃぁそのついでに士幌の山村留学を見てくるか・・・という軽〜いキモチで。

だけど地図で見るよりもニセコ〜十勝間はとぉおぉお〜っても遠かった。
別便で来たほうが良かったと思ったほど遠かった・・・

2000年1月下旬のことです。
友人3家族と共にニセコでスキー三昧、その帰りに千歳で別れた私と息子は電車移動で帯広へ。

帯広駅前でレンタカーを借り士幌まで。
今思うとなんて無謀だったんでしょ!
たまたま十勝晴れの大快晴だったからよかったものの、吹雪いてたり凍ってたりしたらどうするつもりだったんだ〜?
まさに「怖いもの知らず」ってコワイ!

駅前のレンタカーで雪道の運転方法を聞いた時、お姉さんが「ブレーキを踏んでも止まらないしアクセルを踏んでも発進しない」と教えてくれて「じゃぁどうやって運転するんだ???」と???マークいっぱいだったのを覚えています。

その意味は後々わかったんですけど・・・(^_^;)。

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(2000年1月にやってきた帯広は大雪!その雪の多さに圧倒されました)


ココロのきっかけ。

私は愛媛県のほどほどの田舎ってとこで育ちました。
でも息子は兵庫県生まれの都会育ちです。
遊びに行く、と外に出かけては公園でゲームをしているような子供達が多かったし、彼らの中の自然=公園です。
私がキャンプ好きだったので海やら山やら週末には連れまわしていました。
でもなんか違う、それって「遊びに行く自然?」。

身をもって体験する「大自然」ってものを子供に見せてやりたかった。
「厳しい自然環境」が当たり前にあるような、そんなところでちょっとだけ暮らしてみるのも大人になった時良い思い出にならないかなぁ・・・と。

山村に来た挨拶でもよく話したけど「息子が大人になった時に宝物になるような子供時代の思い出」を北海道で見つけて欲しい・・・それが親である私の願いでした。


北海道行きを決断させるような出来事も少し前にありました。
10月に会社を辞めた後、学校(息子は当時小学3年生)を休ませて1ヶ月ほどアメリカへキャンプ旅に出かけました。(友人3家族とキャンピングカーを借りて)

ヨセミテでありのままの大自然に触れ「こんなところで暮らしてみたい」と心底思いましたね〜・・・
ちょうどヨセミテで住み込みのレンジャー兼観光案内人?を募集していて、友人達にも「アナタにはピッタリ!」と勧められました。
本当に心が動いたんだけど(^_^;)まだまだ息子は日本で学ぶことがあるしなぁ・・・と泣く泣く!?断念。
ヨセミテに住むことを思えば北海道へ1年行くことくらいどうってことないね、と思ったのも事実(笑)。

でも1年で帰るつもりでしたよ〜だって私、関西が大好きだったから!

(次回、「息子を説得」へと続く・・・)

 ↑ 自分で予告しとかないといつまでも書かなさそうなので(^_^;)

2006/10/5

きっかけ  移住話

移住話そのA 今から7年ほど前のお話です・・・

「きっかけ」は小さな小さ〜な、新聞記事でした。

  【山村留学生募集】

ちょうどその時、仕事を辞めたばかりでした。
「もう1年くらい遊んでもいいかな・・・」という悪魔か天使の囁きが。
ひらめいたら即行動(笑)なのでその日のうちに電話をかけていました。
「パンフレット送って下さい」
事務局が下居辺小学校だったので、親切に対応してくれた用務員のおじさん・・・が後ほどわかりましたが実は校長先生でした(^_^;)。

新聞記事との出会いも偶然でした。
仕事探し中で昼間暇だったのでひとりで伊丹市のプラネタリウムを見に行ったところ、アポロの月面着陸という貴重な映像を流していました。
「これは息子にも見せねばっ!」と週末に息子&友達を連れて再び見に行ったのです。
だけど私は2回見るのも勿体無い(^^;)と料金をケチって1階ロビーで新聞を読んでいたところ・・・たまたまその小さな文字だけの新聞記事を発見。
帰ってから自宅の新聞も探しましたが載ってなかったんです。

そもそも「山村留学」って何!?
その時初めて聞いた言葉だったんだけど、「山村」と「留学」と「士幌」に惹かれたんですね〜・・・なんとなく。
1999年12月上旬の事でした。

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その時手帳に書いたメモが残っていました(新聞記事を書き写したもの)。

・・・字が汚いって(^_^;)。

2006/9/21

北海道に住んだ日  移住話

「移住話」というカテゴリーを作ってみたものの・・・なかなか話がアップできない。
何から書こうか考えて止まるし、きっかけを思い出そうとして止まる。

考えてみれば私は「移住」して来た訳ではないんだよね。
ちょっと遊びに来たつもりが気がつくと6年5ヶ月住んでいたってだけで。
ここまで居たんだから区切りのいい10年までは住もうと思っていますが・・・実は一生住むかも知れない。
先のことなのでそれは私にもわかりません・・・(^_^;)。
今はとにかくここの暮らしがとっても気に入ってます。

「住む場所を自分で決められる」ってのが私の獲得した一番の自由なので、どこに住んでまぁ私が満足していればいいかなとは思っていますが。
(それに付き合わされる子供は気の毒かもしれない(笑))

最近「北海道移住」がブームで「住みたい」という気持ちだけで本当に引っ越しまで実現する人には凄いパワーを感じるけど、私のような「お気楽移住者」も居る訳で、頑張らないで移住しよう!という【なんちゃって移住】の話も少しは参考になる?・・・かもしれない(^_^;)。

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【写真解説】2000年4月3日 士幌に到着初日。この家には3年住みました。
まだ残っていた雪に喜ぶ息子当時小学4年生。(その数日後に吹雪に遭いましたが)

車庫があったけど当時の車「デリカ」がデカくて入らない〜(>_<)
おかげで冬はフロントガラスに「お湯かけ解凍」が日課に。
たまに急いでそのまま発車するとかけたお湯まで凍って余計えらいことになりました。

追伸:結局、思いつくままに書くことにしました。
ブログを読んでくださる皆さんは前後する話を繋げてなんとなく「私が今北海道に住んでいる訳」をご理解下さい(^_^)。
(ぼちぼちネタのないときに暇を見つけて書いていくカテゴリー「移住話」です。)



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