最初にフェスティバルホールに来たのは、さだまさしさんの10周年記念7日間コンサートの時だったかな。2階の後ろから3列目くらいの下手よりの席でした。みっきーと始発で大阪マルビルのプロモーターのカウンターに並びに行って、7日間の「通し券」の最後の2組を購入し、あと一人の友達の分はバラで7枚購入したのも覚えていました。それから最前列から最後列、下手端から上手端あるいはどセンターまでいろんな席でさださん、KANさん、スタレビ、坂東玉三郎 etc..いろんな人の舞台を観ました。そして今日がほんとうに最後の現フェスティバルホールでのさだまさしコンサートとなり、私にとっても現フェスティバルホール来訪となりました。今日は唯一やったことのない「立ち見券」となったので、いい締めくくりになったんじゃないだろうか。(最後の最後は座席なしっていうのもおいしいよね;笑)
さださんにとってもフェスティバルホールは特別な想いのあるホールで、自分が引退する時はこのホールを借り切ってスタッフだけに向けたライブをやるんだと決めていたそうです。まさか自分よりも先にホールが引退するとは思っていなかったそうです。ということで35周年のツアーが終わって、最後に3本だけ自分一人だけのアコースティックライブをやることにして、そのうち1回をフェスティバルホールとのお別れライブにされました。そんなわけでいつもよりチケット争奪戦が激しくて、立ち見券となったわけですが、それでも確保できてよかったと某みっきーも言ってくれました。
ライブの内容としてはアコギ1本でほぼすべての曲(カラオケタイムを除く)を演奏したので、正直曲の完成度は低かったけど、その分想いは何倍も伝わってきたような気がします。本日のラインナップはこの画像から読み取ってください。
休憩なしの3時間超でしたが、立ち見のつらさはまったく感じることがなく、むしろ1曲終わるごとにこのホールとのお別れが近づいていく寂しさがつのってきました。アンコールが終わってから緞帳が下りるまでも、さださんは舞台から去り難そうにしていて、ちょっと泣いていたんじゃないかな。さださんがホールを愛し、ホールもさださんのことが好きだったんだと思いますね。
終演後にはお客さんが携帯やデジカメでホール内の撮影をしはじめて、最初は係員さんが「撮影はご遠慮ください」って注意しまわっていたけど、ぜんぜんみんなが言うことをきかないので、あきらめてしまっていました。私と某みっきーも何枚か撮影しましたが、ホールの客電が暗いのであまりきれいに撮れなかったです。でも唯一取れたのが、今日私を支えてくれた手すり。
ほんとにほんとにすばらしいホールでした。たくさんの素敵な思い出をもらったフェスティバルホールに心から感謝の言葉を贈りたいです。5年後に新しいフェスティバルホールが出来上がる予定だということですが、今のホールのような素晴らしいものができることを祈ってやみません。
ありがとう、フェスティバルホール。そして50年間お疲れ様でした!!

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