〜いじめ〜
これは人間社会における精神的戦争である…
そして、人間がいる限り決してなくならないものである…
〜いじめをなくす!それは本当に善か?〜
いじめている側を擁護するわけでもないが
いじめられている側にも何かしらの問題があるものだ…
それが体系やルックスの場合…
早急になんとか対処できるものではないが…
もちろん、弱い者に暴力を働く事は許せない…
しかし、それで自殺してしまう弱者も許せない…
これは非常にデリケートな問題なのだ…
どちらかに重心が傾けば、それが善となってしまう…
いじめをなくすと言ってもなくなるはずが無い…
人間は争わずに生きていく事はできないのだから…
勉強、仕事、競技、何においても人は競いあう…
いじめを無くすという考えの下で弱者を救おうとする…
そうすれば、たちまち弱者は強者に代わるのだ…
いじめられた仕返しを擁護された形で実行すれば
いじめが繰り返されてしまうことになる…
いじめではどちらを救ってもいけないのだ…
日常的に公平に注意・喚起する人間がいなければならない…
〜一体どこまでがいじめなのか?〜
いじめと言っても意味が広く取られると
些細な事でも問題になってしまう…
じゃれ合いの中で嫌に思いいじめだと認識する時
周りからは仲良しにしか見えていない…
これは程度にもよるがいじめとは言い難い…
周りが避けてしまう行為…
いじめられている人間を救えば自分もいじめられる
その悪循環からなかなか近寄る事が出来なくなってしまい
結局、いじめられている人間一人が孤立してしまう…
危害を加える場合はいじめと言えると思うが
それも人それぞれだと思う…程度の問題だ…
怪我をするような暴力や精神的に苦痛な行為…
いじめというものは結局いじめられている
と思っている人間の感じ方次第、程度の問題なのだ…
〜いじめによる自殺〜
自殺するということは自分を殺す事…
つまり、殺人を犯して罰を受けない最低の逃亡手段だ…
自分の命だから自分で捨ててもいいというのは馬鹿の考えだ…
親からもらった命であり、先祖から受け継がれた命…
自分一人の体の中には多くの人間の血が流れているのだ…
いじめによる暴力で死んでしまう場合は仕方が無いが
たいていの場合は精神的に耐えられなくなり
自ら命を絶とうとするわけだが…
周りに相談もせずに一人で塞ぎ込むだけじゃ
そういう考えにいたってもまったくもって普通だ…
いじめられているという状況に陥ったら
自分だけでなく周りに助けを求めなければならない…
〜教師の在り方〜
いじめ問題で必ず焦点に上がるのが担当教師の指導…
だが、今の学校では先生自体に権力が無い…
ちょっとしたキツイ言葉でも虐待だのなんだのと
文句を言われ、反省の無いものに手を上げたらば
自分のクビが飛びかねない状況だ…
こんな状況では完全に生徒優勢で教えるはずの先生が
何も注意する事ができなくなっている…
だからと言って昔のように竹刀で叩きまくるだの
殴るだのという横暴も認めるわけにはいかない…
教師たるもの大人としての態度を持って
子供達から尊敬される存在でなくてはならない…
不滅の紛争…
争うことは人の性…
逃れる事はできない…
以下、過去のいじめに関する記事です…
狂った果実
愚か者の結末

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