PCDEPOT WEB本店/OZZIOUSEN

2004/11/8

久しぶりですね^^;  時事ネタ&ネットワークゲーム

 月曜日ですね・・・金曜日から更新してませんでした^^; 結局先週は週の半分が休みでしたのでなんだかだらだらしてました>< あんまりいい傾向ではないですね。まっ先週は水曜日・金曜日・土曜日・日曜日がお休みでしたから、水曜日は一日中ネット三昧、金曜日はゴルフ、土日はネットゲーム三昧となんだか堕落した生活でしたね^^; しかし、金曜日はなにもないことを確認してたんですが、どうも6年生の授業があったらしくて教室のみなさんに面倒かけてしまいましたし、ゴルフはなんだかあまりぱっとしませんでしたし、なんだかあまりいい1週間ではなかったですね>< まっ大事にはなってないのでいいのですが、それにしても毎年誕生日以後11月11日まではいつも運気が下降しています・・・TT 11/11という日付ですが・・・今から23年前になります・・・中学の時の同級生がその日「骨肉腫」で亡くなりました。わたしが今の職業というか学部を選んだ理由になった衝撃的な出来事があったのが23年前の11/11午前5:30頃です。今でもその日のその時間は金縛りに遭います。とにかく10代前半の子供にはショッキングな出来事でした>< 今でも彼がひょこっと現れるんじゃないかと思ってしまいます。23年も前の出来事なんですがつい最近のことのように感じます。彼とはなんだか平凡のようでそうでない出会いでしたからなんだか不思議な関係でした。わたしは私立の小学校・中学校とそのままストレートに中学に進学しましたが彼は中学受験を経てやってきたのです。当時、わたしの通っていた中学校は進学校で同級生のほとんどが有名高校であるラサール高校や灘高校などに進学するような学校でしたが、わたしは元来のこの性格ですから「落ち壊れ」ていました^^; その頃です。彼に出会ったのは・・・私は勉強ははっきりいって誰にも勝てる自信はありませんでしたが、どういうわけか「弁」だけは人一倍達者で、親からも祖父・祖母からも「あなたは・・・」と言われるくらい「負けん気」と「屁理屈」だけは達者だったようです。当時わたしは学校の「校外生活委員会」なるものに所属していました。これは学校が私立ですので学区よりも遠いところから登下校する生徒が多いのでその態度について取り締まるというか指導する委員会だったわけです^^; これがなぜか人気のない委員会でとにかく誰もやりたがらないものでもともと学校活動や人との団体行動のできないわたしはそこで密かに学校生活を送ろうとしていました。ところが、彼に出会ってしまったんです。最初彼とは初対面ですからもともと人見知りの強いわたしは言葉さえ交わすことなく1月ほど経って・・・なにがきっかけだったのかはよく憶えていないのですが当時その委員会の委員長だった某先輩の話しになり、なぜか帰宅方向がいっしょだったせいもあり、なぜかほんの数分の間に意気投合してました。それからはいつも帰りは一緒で途中のバス停のベンチで何時間も話していました。当時わたしはクラブ活動も剣道部だったのですが、やる気もなく休みがちでほとんど行っていませんでした。ほとんど退部状態でしたし・・・結局半年でやめましたが、それよりも彼とまず放課後学校のそばのバス停で生徒指導の活動にいそしみ、帰りに例のバス停で何時間も委員会の行く末やいろんな話を下物でした。1年経った頃、ちょうど彼と「来期の委員会委員長選挙は・・・」なんて話しをしてました。我々は2年生だったのですが、なぜかそのとき盛り上がりどちらかが委員長に立候補して委員会を今で言う「構造改革」しようなどという大それたことになっていったのです。当時、そんな事考える2年生などいるはずもなく我々2人だけがなぜかその闘争に酔いしれていたのかもしれません^^; で「どちらがやる?」となり、わたしは彼を推しました。彼はわたしを推しました。2人しかいませんから当然なのですが、そのとき大激論を3時間くらいはしていたと思います。最終的に「弁」のたつわたしが勝利したのですが、結局何故か私が立候補することになっていました。これがいまだに不思議なのです。当時、確かに論戦ではわたしが勝った記憶があるのですが、なぜか「私が委員長、おまえが書記として右腕になる」にいつのまにかなっていたのです。そのことは当時の委員長の先輩からも「お前ら大それた事考えてたなぁ・・」と言われた記憶もあるので確かですが・・・なぜか・・・そうなっていたのでした。その議論のあと何日かして彼は学校に来なくなりました。委員会の委員長は順当に3年生がなりなぜかわたしは前委員長の推薦で書記になってました。でも我々の計画は水泡に帰してしまい、なんだかぽっかり穴があいたようでした。1ヶ月後うちに電話がありました。彼からでした・・・彼とは他愛もない話をし、電話を切りましたが、病院に入院してるとだけいってました。当時、事情のわからないわたしははしゃいでしまい、いらぬことばかりしゃべりまくり「今度こそ2人で・・・」なんて言ってた記憶があります。彼はその日、骨肉腫で足を切断することを宣告されたそうです。どうすることもできなくてわたしに電話してきたんだと思います。当時そのこともわからずなんだか無邪気にしゃべってしまい、彼はそのことを告げずに電話を切りました。たぶん彼はそのことでわたしに相談したかったんだと悔やんでいます。その後、見舞いに行く機会があり、彼はベットから降りようとせず必死に足をかくしていました。その当時は知りませんでしたので気がつきませんでしたが、あとで担任の先生から聞かされとにかく愕然としたのを憶えています。そのお見舞いに行った時です。彼からある1冊の著書を紹介されました。それは・・・「我が闘争」です。今となってはなんですが、10代の子が読む本ではないような気もしますが、ただなぜか私も必死になって読みました・・・最初はなんのことやら解りませんでした>< 2度3度読むたびに年齢も重ねていきやっと理解できたのは高校2年のときでした。その頃、わたしは博多の街を飲み歩いてたり、バンド活動してやさぐれていた時期ですが^^; あのとき彼はなにを考えてあの本を読んでいたのだろうとたまにふとこの時期になると考えてしまいます。あの頃は彼が帰ってくると信じていました。11/11になって全校生徒が講堂に呼び出され校長先生から宣告されました。彼はもう帰ってこないことが解りました。でも信じられませんでした。その日は一日中聖母堂の中で自問自答していました。「神様は助けてくれる」なんて信じてた自分がどうにも嫌になりました。同時に大きな憤りと不満が吹き出し暴れそうになった記憶があります。しばらくは「神様なんて信じない」とキリスト教の学校に12年も行っていてそう公言して先生を困らせたこともありました。なんだか裏切られた気持ちだけが先行してどうでもよくなっていました。当時、彼と何時間も語り合ったバス停に一人で座り、心に誓った憶えがあります。「神様が助けてくれないなら俺が助ける側になってやる」と・・・まずは彼との約束を守るために委員会の委員長になり改革を目指しました。当時の担当の先生から「目立たない・話さないあなたがあれほど雄弁にそして強引になったのは初めてです」と言われました。委員会の時に「やる気のないやつは去れっ!」と過激な発言したことも憶えています。なんだか取り憑かれたかのようになっていたかもしれません。当時の事をかみさんが知っており、「あのときのあなたは近寄りがたいものがあったよ」と言われましたw(かみさんはわたしの1年後輩になり、クラブ・委員会いっしょでした^^;) 高校生になり、あの本をもう一度読み返して当時の記憶が蘇りました。その頃は中学の成績(いわゆる「落ち壊れ」)が響いているために高校の国立進学コースには入れず普通クラスにいたのですが、なにせやさぐれてましたので成績も、そのクラスで上位程度でした。その頃出会った友達はあのころのわたしをこう評します「おまえ変わってたからなぁ」と・・・そして突然進学クラス行きをめざし、国立大学を目指すこととなります。さすがに医学部は無理でしたが、骨の研究をできるところは医学部ではなく、いまいる教室にありました。でもまだここに来るなんて夢にも考えてもいませんでしたが・・・w 国立大学はだめでしたがいまの大学に入りまたやさぐれた生活が続いていました・・・卒業間近になり、進路を考え始めました・・・そうしていろんな偶然が重なり、今ここにいます。今となっては彼との思い出は年齢を重ねるごとにいろいろな解釈とともに変化していますが、人生の中のほんの1年たらずの出来事だった似もかかわらず大きな影響があったんでしょう。もうすぐあの日がやってきます。いつも当日はグラス片手に一人で飲んだくれています。自問自答しながら彼に話しかけてるようです。なんだかしんみりしてきました・・・もうやめておきましょう・・・


PC:

 ここのところ休みが多かったので、PC関連はなぁ〜んにもありませんね。とりあえずいまのところなにもないのが現状ですな><

GNO:

 GNOは作戦も始まり、第一次コロ任も始まったようです^^; 本当は参加しなきゃいけないのですが、なにせGNO2の方が忙しくてなんにもしてません>< とにかく一日1回成長Pを振る程度ですね。一応壁Pの格闘・回避、射撃Pの射撃・回避がMAXになったので先制調整に入りました。第二次コロ任の頃にはGNO2も落ち着いているかと思いますのでなんとか延長してくれればいいかなくらいの気持ちでとりあえずみなさんが続けている以上わたしも続けるしかないかなと・・・

GNO2:

 3日ほど更新してないうちにこちらはずいぶんと進んでいます。まずはNT−1関連に任務はまずはシャトル打ち上げが成功し、晴れてNT−1試験機は宇宙へ・・・で、なんとまぁ今度はG4任務とうことでNT−1関連任務が宇宙後方で始まりました^^; これに関しては何せ引けないので皆さんにお任せしています。理由があるので・・・で、侵攻率もみごとにジオンさんが怠けているためかマイナス成長しておりとうとう20%を切る勢いとなってます。今日20:00に作戦終了しますので防衛は確実ですね。この分では2日後には宇宙かなと・・・まわりの鯖もそろそろ早期終戦してるみたいです。全部ジオンがジャブロー攻略して終戦となってるようです><ここルウムでは膠着状態といってもいいかもしれませんね^^; なにせどっちつかずですし、GNOの時と同じように宇宙→地上→宇宙じゃ>< なんとか次作戦ではソロモンもしくはグラナダ突破したいものです。さて、我が部隊なのですが、昨夜発売したのがガンダム6号機とジムカスでした。うちはとりあえず補給も余裕なので6号機買いました^^v 任務時には距離4のキャノンはなかなか重宝ですなw ですが、まぁ専用機の枠もなくなりましたし、いまは放置編成もそのままですね。なら宇宙で・・・となるのですが、そうではなくて、前にも言いましたが、「昇進」なのです。前回は来週いっぱいでとか書いてましたがこれが、ここのところ休みでしたのでとにかく「特殊任務三昧」で、とうとうあと25まできました^^v 今日あたり部隊長が「少佐」になれそうです。あとは子Pが「大尉」に昇進すれば専用機枠が増えますので・・・とにかく宇宙にもいかずひたすら「特殊任務」三昧であれよあれよという間に貯まりました「戦功」・・・少佐に昇進したらしばらくは放置してVPにでも挑戦しますかねw どうなることやらww

UCGO,TC,巨匠伝:

UCGOですが・・・昨日アクセスしたらなんとまぁ360MBものデータがありまた1時間近くUPDATEしており、ONしてから疲れてしまい、GNO2との兼ね合いもありそのままログオフ・・・なんだったんだぁ〜〜〜〜〜><

てなわけで・・・今日はなんだか最初に変な話になりましたが、とりあえず今日こそ昇進するぞぉ〜〜〜〜〜っ! ということで・・・・お後がよろしいようで・・・テケテンテンテン・・・m(_ _)m
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ