2020/2/13

樹を切る人  

 昨年の台風の経験から、北側(山側)の林の大きくなった樹々が、うちの屋根の上に被さるくらいに揺れてきたことの心配から、その所有の東京の私立学校に伐採をお願いしてきました。(過去にも一度ありましたが)

 先日からその作業が始まり、どんな感じで樹を切るのだろうと興味をもって見てみました。一部始終を見てたのではないので、全ての様子がわかるわけではありませんが、何と作業するのは2人の若い人のみ。(過去の作業の時は10人くらいが来てましたが)

 驚くことに、クレーン車などは使わず、上手に枝を払って、樹を根元から倒すのです。
 その倒す方向というのか角度が絶妙に思えました。

 とにかく2人だけなのに作業が速く、チェンソーの音が休みなく鳴り響いていました。

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 次の写真の上のが切る前、下のが切った後のうちの裏側の姿で、一日で数本切られました。

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 これで台風が来ても倒木による被害はないでしょうね。


 そして、その作業の2人の乗ってきたワゴン車の横に小さく“小山林産”と会社名が書かれてありましたので、どんな会社なんだろうとネットで調べてみました。お隣の上田市武石の業者でした。
 
 見るとこの林業の衰えてしまった時代に、その会社のコンセプトというのか、そこの社長さんの林業に対する情熱とアメリカやカナダなどから導入した最新技術がすばらしく、とても感動させられました。・・良かったら皆さんにもこの会社のホームページ(会社概要の代表のあいさつや林業部の取材された記事)をご覧になっていただきたいくらいです・・。


 そして、そして、黙々と働く2人の若者に思わず昼休みにうちで入れたコーヒーを差し入れした次第・・・・

 ・・・・第、だい、だい、大、大根をこの冬、鍋やおでんなどにしてたくさん味わい、その甘くて美味しいこと!!
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2020/2/8

夫の彫った一位の雛  

 というタイトルで、その夫 本人(私)が今書いています。

 前の女房の書いたブログの続きと思ってくださいな。
 前回の雛たちの写真の向かって一番左の手前の木製の雛がそれです。

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 僕がこれを彫ったのは、もう30年以上も昔でしょうか、どうして、どんな気持ちで彫ったのか今では記憶が全くありません。一位の木材もどこで入手したのか覚えていません。高さはそれぞれ5〜6pくらいです。

 今見ると、何故だかその雛は二人とも下向きっぽく彫っていますよね。
 少し高い場所にでも置くことを考えていたのでしょうかね?それともシャイな雛なのかもしれませんね・・。

 そんなことなども久しぶりにお目にかかったこの雛の登段で、なつかしさと同時に今ではもう彫れないだろうな(例え小さくても)・・・などと思ったりしています。

 何かを作る時て“その時”というものがありますよね。後でも先でもない、まさにその時!何でもそうでしょうが。上手とか下手という意味でなく。
 そんなことも僕にとって思い出させてくれた、この雛段・・・・

 ・・・・段、だん、だん、団、団塊世代と僕らはよく呼ばれますが、そして時によっては上からも下の世代からもウザッたがられて・・・ね。 でもこんなに大勢の団塊世代が生まれてきたのは“戦争”のせいなのですよね。1945年に第2次世界大戦が終わって、当時出征していた我々の父親世代がいっぺんに戦地からの復員、帰国などしてきて、その結果ベビーブーマーとなってしまったのですものね(評論家たちはそんな説明をなかなかしないよね)。
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2020/2/7

雛飾り  

 私の雛のフルメンバーを久しぶりに飾りました。

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 一番古いものは母の豆雛5段飾りの周りを彩っていた高さ3cmほどの一刀彫りの『猩々』や母の出身地である越後の竹スキーの人形、阿波踊りの竹人形などで、100年ちょっと前の物ということです。
 
 私の雛は、新卒で勤めた先で四国出身の方にいただいたもの、同じ頃におばあさまが作られたという卵の殻で作ったもの、子供の頃の家族旅行の時に買ってもらった物、母や友人が作ってくれた押し絵、姉のお土産、自分たちの夫婦旅行で買った物、30年位前に夫が一位の木を彫って作ってくれたもの・・・一つひとつに小さな思い出が詰まっています。

 
 この数年、私は自分の身体のことで精一杯でお雛様たちには眠ってもらっていましたので、この1ヶ月は思い切り外の空気を吸ってもらい、また11ヶ月ゆっくり休んでもらおうと思っています。

 そういえば・・・ひなあられをスーパーマーケットで買おうと見てみると、昔ながらの甘いお米粒のあられは好まれないのか、袋の中身は塩味のお煎餅のようなあられ、おこし、クッキーなどばかりで手に入らず、金平糖を買ってお供えしました。
 
 またそう言えば・・・子供の頃キンカトウと言ったかなぁ、鯛、蛤やなぜか招き猫などの形をした砂糖菓子がありましたね。お供えしてあるものを見るたびにちょっとずつ食べてしまい、お雛様を片付ける頃には鯛も招き猫も頭だけになってしまったり・・・。もうどこにもないのかなぁ??
 
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2020/2/1

45年前のこと  

 実家の最寄り駅の近くに手芸品屋さんがありました。刺繍糸、ボタン、裏地、リボン、毛糸、欲しいものは何でも置いてあるという感じの店で、度々立ち寄っていました。
 
私が初めて冬のボーナスをもらった年の暮れ、その店の天井から極太の毛糸で手編みの素敵なセーターが掛けてありました。黒地に街の建物が編み込まれたもので、私は魅せられてしまいました。でも値段を聞くと、確か2万円近くしていました。その頃の月給は5万円位で・・・。確かにこれだけ素敵な柄を手編みで編み出すのは一ヶ月はかかるかと思うと当然の価格だとは思いました。私には分不相応と諦めようとしました。
 
駅からの帰り道に通っては「まだある」「まだ売れていない」となんだかホッとしたり。
 何回も見た後、母に相談したところ「見に行こう」と言われ夕食後、散歩がてら一緒に行ったところ、『好きなら買いなさい』と。
 その言葉に後押しされ、ボーナスをはたいて?買いました
デザインは勿論、暖かく、気に入って十数年よく着ていました。
 
 そんなにくたびれてはいませんでしたが、ちょっと毛玉ができたり、暖房がよくきいてる時代になり、暖かすぎて?しばらくは茶箱の中で眠ってもらっていました。
 寒い信州に越してきて、はっと気づき出してみましたが、仕事には袖がちょっと邪魔で・・・ラグラン袖でたまたま袖口から解けたのでチョッキ?ベストにしました。

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  (前)

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  (後)

 今見るとイタリアの街のようで、この頃から縁があったのかなと。100%ウールなのですが家で洗っても縮みもなく、暖冬とは言えちょっと寒い今日も、心も身体も温めてくれています。私の昔話でした。
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2020/1/27

やっと渡せた作品  

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 この作品は、もう20年も前に作ったものです。30pくらいの楠の板のレリーフです。うっすら着色もしてみました。バックを女房の染めた生地で夕焼けの気分にしました。

 その頃初めてイタリアに行って、街中の天使や妖精の気配に感動して、帰国後、とある日本の幼い女の子を勝手にたまたまモデルに考え、作ったものです。

 これまでうちにとっておいたこの作品を僕はそのモデルにした子に、訳あってさしあげようと長いこと思ってきました。そして先日その子に会え、プレゼントすることがやっとできたのです。

 その子とは、20年位前にいろいろ交流していた友人夫妻の一人娘さんです。現在はもう成人になり、立派に働いている人です。Mちゃんとしておきましょう。

 その友人夫妻と僕らは同じ頃、同じ集落に越してきたということもあって、親しく付き合うようになり、僕らがイタリアに1年間滞在した折りには、うちの初代の犬を預かってくれたこともありました。

 その夫妻は僕らとほぼ同じ世代ですが、今から数年前に立て続けに二人とも病気で亡くなってしまったのです。
 残されたまだ大学を卒業したくらいだったMちゃんは東京に出て就職しましたが、何年かで自分の家にもどってきて、一人で住んでると人づてに聞きました。

 そんなことがあって、Mちゃんは元気でやってるかしらんとずーと気になりつつも、様子がわからずなかなか訪ねられず、いつか会えた時には先の僕の作ったレリーフを励ましの気持ちでさしあげようと考えてきたのです。(当時はあげるつもりで作った訳ではありませんが)

 このレリーフはイタリアの街の中の雰囲気で、Mちゃんを天使に見立てたのです。彼女がまだ幼児の頃で、お母さんに抱かれていたところをたまたまスケッチしたものがあり、また犬を飼ってるお宅だったので、うちの犬のイメージとミックスして組み立てました。
 
 今見ると何だかロマネスクっぽい感じがしませんか?(その当時は僕はまだロマネスクのことをよく知らない頃でしたが・・)ちょっと稚拙っぽい感じで・・ハハハハ。

 そしてMちゃんは日本人の典型のように眼が細いので(そこが魅力なのですが)、その特徴を生かして彫ってみたのです。今回Mちゃんのお守りになってくれたらと願って、訪ねました。

 渡されたレリーフを初めて見たMちゃんは、すぐ「私にそっくり!」と言ったので、お互いおもわず笑ってしまいました。20年前の作品が時を超えて今につながった気分でした。

 亡き友人夫妻の一粒種(言い方古いかな?)のMちゃんに、時間がかかってしまいましたが、やっと渡せて本当にホッとしました。・・・Mちゃん、これからも元気でがんばってね・・・・

 ・・・・てね、てね、テネ、テネシーワルツて久しく聴いてないなぁ、たまには聴いてみようかな。
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