2020/1/27

やっと渡せた作品  

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 この作品は、もう20年も前に作ったものです。30pくらいの楠の板のレリーフです。うっすら着色もしてみました。バックを女房の染めた生地で夕焼けの気分にしました。

 その頃初めてイタリアに行って、街中の天使や妖精の気配に感動して、帰国後、とある日本の幼い女の子を勝手にたまたまモデルに考え、作ったものです。

 これまでうちにとっておいたこの作品を僕はそのモデルにした子に、訳あってさしあげようと長いこと思ってきました。そして先日その子に会え、プレゼントすることがやっとできたのです。

 その子とは、20年位前にいろいろ交流していた友人夫妻の一人娘さんです。現在はもう成人になり、立派に働いている人です。Mちゃんとしておきましょう。

 その友人夫妻と僕らは同じ頃、同じ集落に越してきたということもあって、親しく付き合うようになり、僕らがイタリアに1年間滞在した折りには、うちの初代の犬を預かってくれたこともありました。

 その夫妻は僕らとほぼ同じ世代ですが、今から数年前に立て続けに二人とも病気で亡くなってしまったのです。
 残されたまだ大学を卒業したくらいだったMちゃんは東京に出て就職しましたが、何年かで自分の家にもどってきて、一人で住んでると人づてに聞きました。

 そんなことがあって、Mちゃんは元気でやってるかしらんとずーと気になりつつも、様子がわからずなかなか訪ねられず、いつか会えた時には先の僕の作ったレリーフを励ましの気持ちでさしあげようと考えてきたのです。(当時はあげるつもりで作った訳ではありませんが)

 このレリーフはイタリアの街の中の雰囲気で、Mちゃんを天使に見立てたのです。彼女がまだ幼児の頃で、お母さんに抱かれていたところをたまたまスケッチしたものがあり、また犬を飼ってるお宅だったので、うちの犬のイメージとミックスして組み立てました。
 
 今見ると何だかロマネスクっぽい感じがしませんか?(その当時は僕はまだロマネスクのことをよく知らない頃でしたが・・)ちょっと稚拙っぽい感じで・・ハハハハ。

 そしてMちゃんは日本人の典型のように眼が細いので(そこが魅力なのですが)、その特徴を生かして彫ってみたのです。今回Mちゃんのお守りになってくれたらと願って、訪ねました。

 渡されたレリーフを初めて見たMちゃんは、すぐ「私にそっくり!」と言ったので、お互いおもわず笑ってしまいました。20年前の作品が時を超えて今につながった気分でした。

 亡き友人夫妻の一粒種(言い方古いかな?)のMちゃんに、時間がかかってしまいましたが、やっと渡せて本当にホッとしました。・・・Mちゃん、これからも元気でがんばってね・・・・

 ・・・・てね、てね、テネ、テネシーワルツて久しく聴いてないなぁ、たまには聴いてみようかな。
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2020/1/26

最近のチマチマ  

 この頃手がけているチマチマとした小さな作品群のことです。(チーママやチーマーではございません)

 まず、小箱の装飾というか・・・先年来女房が病気を患い、回復したその後もいつも食卓には何年間か飲まなくてはならない薬があります。しかし時々飲み忘れてしまうこともあり、ある程度薬が目立たなくてはならないと思い、しかし目立ち過ぎて邪魔なのも困ると考え、この薬用の小箱を考えました。

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 土台の木の箱(右にある)はアマゾンでみつけた安い桐の小箱です。マッチ箱より大きく、たばこの箱よりは小さい位の大きさです。真ん中から上下に分けられます。

 着彩後、水や熱に強いウレタン樹脂でコーティングします。

 女房用のがほぼできたので、もう少し他にも作れるかと思い、今同時進行しているところ(途中)です。

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 また、これも同時進行していたものとして、昨年暮れに友人から注文されたコースターがあります。一辺が12pの板材です。

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 こうしたチマチマしたことばかりを冬の暗い日々の中、元気が出るようにとあえて色はハデハデにして行っています.
 こんなチマチマも僕は嫌いではありませんが、ただジーと冬ごもりしているだけよりはいいでしょう。

 そしていつものことですが、次第にチマチマでたまってきた何というかストレスも含め、エンジンの調子が次第に上がってきて、大きな作品に自然に移って行かれるのです。(と願っています)

 とにかく手を動かす習慣というか、手で考えるあり方の大事さを、寒中、ひび割れてかじかんだ手でも、この年になっても忘れてはいかんと、戒めているつもりでいます・・・・

 ・・・・ます、ます、マス、マスクは最早、携帯必需品ですね。
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2020/1/17

「ゆるカワ」な仏像  

 このところの関心事として、僕は「ゆるカワ」(ゆるくてカワイイ)仏像などの美術品を想ってきました。
 この頃の自分の作る作品もゆるカワな“イコン”です。

 昨年末には新潟県、長岡市の宝生寺というお寺にある江戸時代の遊行僧、木喰の彫ったゆるカワな仏像群を見てきました。(先のブログに記しました)

 そんなことと並行して、その「ゆるカワ」ということを研究している人の著わした本に何冊か出会いました。
 今回のブログはその話を中心に述べてみたいと思います。多分かなり長い話になるかもしれませんが、ご容赦くださいな。

 その本とは、下の写真の「かわいい仏像、たのしい地獄」(パイ インターナショナル発行)という題名で、著者は矢島新という方で、僕より10歳くらい年下で、都内の女子大の先生です。
 
 以前彼の本「ゆるカワ日本美術史」(祥伝社新書)を読んで、僕は目から鱗でした。そして最近手にした彼のこの本(この本の方が先に出版されていましたが)でさらに、そうだ!そうだ!と膝を打ちました。

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 この本は民間信仰として、特に東北地方に伝わった地方仏というのか、そんな素朴なものの紹介といった内容です。

 それらは当時、中央(奈良や京都、そして江戸など)とは異なった全く庶民に向けて庶民が彫った仏像なのです。技巧的には上手でなく、しかしそれらが“祈る”想いだけで彫ってるためか、かえって強く惹きつけられもし、ユーモラスなものが多くて、僕にとっては楽しいのです。

 貧しい寒村の住職もいないようなお寺やほこらにまつられ、村人から祈られ続けてきたものなのでしょうね。

 そんな頃、中央である奈良や京都などは専門の仏師が技巧を尽くして、貴族や公家のために作った、一つの権威でもある優れた美しいリアリズムの仏像(国宝になってるものも多い)の流れがありますが、こうした民間の庶民の作った素朴な仏像などに、光をあてて調べ、発表している人がいるのだとこの本でも知りました。 これはある意味、とても挑戦的な本でもあると思いました。地獄絵の話も本当は恐ろしい話ですが面白かったです。

 そして何とこの本の著者の矢島新氏は僕の高校時代に国語を教わったことのある先生の息子さんでした。国語といっても現国だったか古文、漢文か、もう50年以上も昔なのですっかり忘れましたが。

 その先生、すなわち新さんの父君である矢島渚男先生は現在日本の俳壇の重鎮として知る人は知る有名な方なのだそうです。

 つい先日、僕の東京の友人でその俳句の社中に入っているお弟子の方から、新さんが渚男先生の息子さんだと言うことを知ったのです。

 新さんはここら辺の出身なのかしらん?渚男先生は隣の上田市の出身ですので。

 とまぁ、自分の関心事から、思わずどんな著者がどうしてこんなことを研究をしているのかと僕はとても興味を持ちました。機会があれば、会って直接お話を伺いたいものです。どうして「ゆるカワ」なものに関心が生まれたのかと。


 さらに話を自分に戻すと、僕は20年来イタリアを訪ねてきた一番の理由は、現代の日本の具象彫刻に大きく影響を与えたイタリアの現代彫刻の源流を実作者として知りたいと思い、どんどん深みにはまって行ったのですが、そこでルネサンスの作品群やさらにその元となったギリシア・ローマ彫刻に行き着き、数多くの作品を見る機会を得ることができました。

 しかしある時、トスカーナ地方の小さな村の教会をたまたま訪ねたことで、「えっ、これって何?!」と、眼の前のことがガラッと変わったのです。(サンタンティモ教会)
それが僕が時々話したがる“ロマネスク美術”です。サンタンティモ教会の体験以後、できるだけイタリア国内のロマネスク教会を見て回るようになりました。(個人的にはパルマやモデナの町のロマネスク教会が好きです)

 これはイタリアだけでなく、フランスやスペイン、イギリスなどにも広まった時代(11世紀から13世紀頃)があり、中世の中でも実に不思議な造形を持った時代です。ここでは細かくは述べきれませんが、ロマネスク時代の教会の内外に彫られた彫刻(人間や動物、植物など)はとても技術的には稚拙に見えるのですが(本当に下手くそに見えます!)どこかとても魅力があり、実にかわいらしいのです。思わず笑ってしまう位です。全く「ゆるカワ」ですね。

 あのイタリア美術を代表するギリシア・ローマ時代や、またルネサンス時代に作られた、均整のとれたリアルな姿とは全く異なるので、これはどうしたことなんだろう?と当時大変面くらい、とまどい、自分が混乱したことをよく覚えています。(ちなみにロマネスクという語はロマンチックということではなく、ローマ風という意味だそうです。・・・長い歴史の中のたった200年くらいの突然変異?)

 そして、例えば下の写真は日本の木彫の鬼の像ですが、ロマネスクのものと全く同じように見えます。

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 そんなことからも、僕はこの本の著者、矢島新さんにいろいろ尋ねたくなりました。いつか会えるかなぁ・・・・

 ・・・・なぁ、なぁ、なぁーんだというくらいに、バッタリ会えることってあるよね。想ってると。

 

★大変長い話になってしまいました。読んでくださってありがとうございました。感謝してます。


※訂正・・・2020.1.29

昨日、高校時代の同期生に指摘され、そうだったのかと思いました。それは文中の矢島渚男
   先生は国語でなく社会の先生だったのだそうです。道理で何を教わったのか思い出せない  と思いましたが、何せ僕は劣等生でしたので全く当時のことが闇の中です。先生失礼いたしま  した。
  
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2020/1/17

テスト  

 新しいパソコンにしたので、ちょっと試してみます。
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2020/1/6

もしかして ゴンギツネ??  

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 うちの庭側の階段にキツネが上ってきた“あと”を見つけました。“あと”とはキツネのフンのことです。フンの中に赤い木の実が混ざっているのを、これまでも山道などで見てきたのでわかりました。

 エーッ!こんなところにまで!と驚き、腹がたちました。

 以前飼い犬がいた時には家の近くまでには来なかったものが、すでに人間の居住空間である階段や、もしかしてその上にある洗濯ものなども干すベランダにまで来ているのかと思うと・・・。

 そして思うに、そのベランダにはうちの生ゴミを畑のコンポストに入れる前に置いとくプラスティックの箱があるので、それをねらって来たのかなぁ・・・と。(お稲荷さんや油揚げは入っていないんだけどなぁ)

  またキツネはキツネ病(タヌキ病か?)といって犬などにもうつす皮膚病?を持っているとか。
 
 僕らはこの地に来てわかったのですが、キツネは決してコンコンとは鳴きません。ギャー!ギャー!とけたたましく叫ぶのです。夜中などにそれを聞くと、はじめは何だかわからず恐ろしかったですね。(彼らのカゼをひいた時の声は知りませんが・・。)
 
でもそんな不安や心配を打ち消そうと、僕は思わず新美南吉の童話“ゴンギツネ”の話を思い出しました。

 それで「きっとそのうち、ゴンギツネのように何か魚なんかを持ってきて、置いてくんじゃなぁーい」と言うと、女房は笑いもせず、無視。

 仕方なくホームセンターに行って、ラティスという扉のようなものを求めて来て、階段下に留めて、“ゴンギツネ様通行止め”とすることにしました。効果あるかなぁ・・。

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 そんなことです、チャン、チャン・・・・

 ・・・・チャン、ちゃん、ちゃんと呼ぶのはその昔は父親のことだったよね。父親ってチャンとしていたのかしらん?
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