2019/7/26

ゆり の香  

つい先日、隣町に住む友達が自分の庭で咲いたという見事な百合の花(カサブランカ)を持ってきてくれました。

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 早速玄関に生けといたところ、その香りの強いこと、少し離れた居間や仕事場までも漂ってきます。もちろんイヤな香りではないのですが、そこでふと思い出したことがあります。

 僕が高校1年生の時に母方の祖父が亡くなり、その葬儀が東京の祖父宅で行なわれた折、僕は他の従兄弟たちと共に前列に正座していました。

 そしてそして、気がついた時には何と自分だけ隣の部屋に寝かされていて、眼を開けた時には天上のみが見え、ここはどこだろう?と思いました。

 思えば、読経中自分の眼の前の祭壇に大きな百合の花がたくさん飾られてあり、その香りに酔って失神してしまったようなのです。僕にとっては生れて初めての身内のお葬式で、緊張していたこともあったのでしょうが。

 我ながらなんとも情けなく、なんとも恥ずかしいのです。従兄弟たちの中では僕が一番年かさの高校生なのに・・・。そして何とデリケートなというのでしょうか?

 当時、従兄弟達に向ける顔がなかったことを覚えています。

 そんなことを、このいただいた百合の花の香りで思い出しました。ただそれだけのことですが、高校生の頃の自分には痛い思い出です。どこででも百合の花を見るたびにそんなことを思い出します。
 
 もっと甘い思い出ならいいのですが、ホロニガすぎて・・・・

 ・・・・ぎて、ぎて、こぎて、漕ぎ手はたくさんいた方がいいのでしょうが、船を山に上げてしまってはいけないよね。


・後記・・50年以上たった今、当時のそんな話を従兄弟にしたところ、僕のそんなことを誰も覚えてはいませんでした・・・そんなもんですよね。
 
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