2019/7/31

学校出てからほぼ50年・・・  

 昨年暮れに小諸市のスーパーで偶然出会った、大学時代の同級生(埼玉県在住)が制作に来る小諸市内の彼のアトリエを訪ねました。

 僕は50年近くもたって再会し、この離れてしまった歳月をどうやって越えたらいいのか、はじめは正直とても不安でした。(大学時代の他の同級生とも交流はほとんどありませんでしたし)

 居間で、お互い今も続けている美術制作のことについての話が中心となりましたが、他の同級生の動向や、彼がどんな仕事をしてきたかとか、今どんな作品を作っているのかなどと僕には関心や興味が次々出てきました。またどうしてこの信州の古い民家を借りているのかとか・・・。
 
 彼はにこやかに泰然としているのに、僕は久々に会った何か照れかくし?もあってか、やたらとしゃべりまくり、千々に話が飛びまくってしまいました・・・(今思うとそれが恥ずかしい、ハハハ。でもきっとしゃべりたかったんだね)。彼は笑って聞いてくれてて、大人だなぁと感心。(昔もそうだったね)

 そして彼の仕事場や展示場などの部屋で、作品を見せてもらい、僕は ウワー!いい制作をしているなぁと感心というか嬉しく思いました。全くお互いのそれぞれの表現が異なっていても。

 彼もまた高校の美術の教員をやりながら、絵を描いたり、彫刻を作ったり、焼き物をしたりと様々追求してきたようです。

 この頃の木や金属などを用いての立体造形がとても僕には面白かったですね。

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 主張がハッキリしていて、ユーモアもあり、あぁ彼らしいなと思えました。

 そして、そうなるまでの彼なりの紆余曲折もたくさんあったんだろうなと自分のことの様に思いました。
 (余談ですが、作品を見て、誰のものでもその作者のことを勝手に想像するって、僕には実に楽しいことです・・・自分とは違えば違うほど)
 
 彼の作品の今でもその“攻めてる姿勢”には共感もでき、素直にまたまた感心しました。(僕自身は自分の造形が“癒しや遊び”の方向なので・・)

 またその学生時代に、僕らは制作やサークルにと、もう一人の男も含め3人で毎日のようによくつるんでもいたのですが、現在山口県に退職後住んでるそのもう一人の友達に、交流を続けていた彼が突然電話をし、話すこともできました。50年ぶりです。まさかそんな展開にもなるとは思ってませんでした。

 それで、現在のその山口県の彼の体調が、その奥さんも含め、かなり悪いことを僕ははじめて知り、その懐かしい声を聞きながらも、机の上に置かれたスマホに向かって、次第に何も言えなくなってしまいました・・・。手紙を書くねと伝えました。

 学生時代、そして社会人の時代、さらにその後の定年以後の時代(僕には定年はなかったけど)とほぼ50年間に渡る三者三様の人生を想いました。

 何となく離れてしまった今日の旧友とは、なごやかに旧交を温めることができました(僕の持って行ったいくつかの作品も見てもらえましたし)。

 
 そして帰宅した後は何と自分の頭の中が、昨晩の天気の様な大嵐みたいにガンガン鳴り響き、グルグルと回るのです。こんな体験も初めてのことです。
 
 うまく言えませんが、これが50年という時間の互いの積み重ねなのかと・・・・大げさに言うと彼の50年間が自分の50年間でもあるかのように感じ、頭の中で次々何かさまざま増幅されてくる感じなのです。不思議な気分です・・・。


 しかし、つくづくお互いがまだ生きているうちにこうして再会できてよかった!!と思うばかりです。そして互いの元気を祈るばかりです・・・・

 ・・・・です、です、デス、Death は誰にも必ず来てしまうものですしね・・・。

 
追記・・彼の写真は許可をもらっています。
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2019/7/26

ゆり の香  

つい先日、隣町に住む友達が自分の庭で咲いたという見事な百合の花(カサブランカ)を持ってきてくれました。

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 早速玄関に生けといたところ、その香りの強いこと、少し離れた居間や仕事場までも漂ってきます。もちろんイヤな香りではないのですが、そこでふと思い出したことがあります。

 僕が高校1年生の時に母方の祖父が亡くなり、その葬儀が東京の祖父宅で行なわれた折、僕は他の従兄弟たちと共に前列に正座していました。

 そしてそして、気がついた時には何と自分だけ隣の部屋に寝かされていて、眼を開けた時には天上のみが見え、ここはどこだろう?と思いました。

 思えば、読経中自分の眼の前の祭壇に大きな百合の花がたくさん飾られてあり、その香りに酔って失神してしまったようなのです。僕にとっては生れて初めての身内のお葬式で、緊張していたこともあったのでしょうが。

 我ながらなんとも情けなく、なんとも恥ずかしいのです。従兄弟たちの中では僕が一番年かさの高校生なのに・・・。そして何とデリケートなというのでしょうか?

 当時、従兄弟達に向ける顔がなかったことを覚えています。

 そんなことを、このいただいた百合の花の香りで思い出しました。ただそれだけのことですが、高校生の頃の自分には痛い思い出です。どこででも百合の花を見るたびにそんなことを思い出します。
 
 もっと甘い思い出ならいいのですが、ホロニガすぎて・・・・

 ・・・・ぎて、ぎて、こぎて、漕ぎ手はたくさんいた方がいいのでしょうが、船を山に上げてしまってはいけないよね。


・後記・・50年以上たった今、当時のそんな話を従兄弟にしたところ、僕のそんなことを誰も覚えてはいませんでした・・・そんなもんですよね。
 
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2019/7/21

南国の香り  

 八丈島の古くからの友達が、毎年のように送ってくれるものがあります。

 この時期は“パッションフルーツ”です。時計草というのでしょうか、その果実にあたるのでしょうか?

 うちでは中身の種ごと、アイスクリームにかけて食べています。

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 その何とも言えぬ甘酸っぱさとトロピカルな香りは、南国の味ですね。

 あぁ、しゃーせ!ありがとう!・・・という感じです・・・・

 ・・・・です、です、でんす、“でんすけ”という浅草?の芸人が昔いたよね、覚えてる?鼻の下を黒く塗って、首を振って、スミちゃーん!て・・・。
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2019/7/19

ほたるぶくろ  

 この花の名前を聞いて、子ども時代のなつかしい思い出がよみがえってくる人もいることでしょうね。

 散歩道で、草刈り中の人がまさにこの花を道端の雑草と共に刈ってしまう直前に出くわし、頼んで根ごとゆずってもらいました。

 家に戻り、先日の問題のケシの花の場所に植えました。
 
 そう、その例のケシの花(5月29日のうちのブログ“はてさて困ったことに・・”参照を)のことは迷いに迷いましたが、やはりそうした問題のありそうなものは、あえて残さなくてもいいかなと結論し、今回咲いた分だけは楽しませてもらい、後全て処分しました。

 その後に、このホタルブクロを植えた次第です。

  
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 雨の毎日、こうしてそっと咲いてる姿はけなげですね。また、花の名前もえもいえませんね・・・・

 ・・・・せんね、せんねん、千年前のことは何とか知れても、千年先なんて全く想像つきませんよね・・・。
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2019/7/12

最近の仕事(インプット編)  

 創作などの表現がアウトプットだとすれば、そのためにいろいろ吸収していく作業がインプットかなと思い、このところの想いを述べさせてくださいな。

 何かこの歳になってこれまで以上に制作に夢中になってると、先日たまたまテレビ(某局の日曜美術館)で、江戸時代の遊行僧、木喰(もくじき)の彫った仏像を見る機会がありました。

 彼の仏像は独特のフォルムと微笑の姿が実に魅力的ですね。

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           <小学館「円空と木喰」より、左右とも木喰作>

 よく並べて言われるのは、木喰より100年も昔の円空ですね。僕は円空も好きですが、個人的には木喰に惹かれます。しかし両者とも、いわゆる正統的というか権威的?な表現とはあまりにかけ離れているようにも見えますよね。

 木喰は岐阜県の生まれで、40代後半あたりから制作を始めたのだとか。諸国を巡り、多くの寺院に仏像を寄進し続け、亡くなる92歳まで彫り続けたとか。ですから彼の仏像は全国にありますね。(上の写真のものは東京の日本民芸館にあります)

 僕は木喰仏は日本の“ロマネスク美術”だと密かに思い続けています。あこがれの木喰仏です。

 また以前から考えていたのですが、この夏に新潟県、長岡市内にある木喰の彫った仏像群を女房と一緒に見に行ってみたいと思っています。かつて20代の頃にそこをひとりで訪ねたことがありますが、今度50年ぶりに見てみると自分にどう映って来るのかが楽しみです。木喰さんとの対話ですね。

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                      <長岡市、宝生寺>

 
 そんで、日本海の美味しい物も食べてくるぞ・・・・

 ・・・・くるぞ、くるぞう、狂った象 のような世界の指導者よ、オチツイテ・・・! ね。
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