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2006/4/17

近藤等則さんインタビュー(産経新聞ENAK)  MusicDiary

近藤等則さんインタビュー(産経新聞ENAK)を読んで。

近藤等則さん、日本に戻って来たのかな?
伝説のバンド"IMA"解散後はアムステルダムに在住していたという噂は聞いていたのだが、表立って活動は紹介されていなかった(ように思う)。単に僕の情報収集不足が原因なのかもしれないけど。

それが昨年ぐらいから、ちらほらと日本での公演が度々催されているようだ。実は、今の同居人(=妻)との初デートは忘れもしない、1987/10/25の八幡東田高炉跡でのIMAライブだったのだ(昔だ)。そのヘビーメタルフリーポップハードコアアバンギャルドフュージョン(?)とでも言うべくサウンドには、笑ったり、わめいたり、怒ったり、泣いたり、ふざけてみたり、踊ったり、したものだった。サウンドが脳の中枢を直接刺激してくるので、その時の感情がストレートに現れる、そういう類の音楽だ。

そんな事もあって、思い入れが強いし、今回、この記事を見て、嬉しくなったという事もあり、何か書かなくちゃって思った。

記事では、即興、自由、プロセス(過程)、結果(完成形)等について書かれています。音楽と社会を結びつけた発言はとっても興味深いしなるほどと思わせる。確かに、音楽家なんだから、音で全部表現したらどうなのか?っていう批判は多分あるのだろうけど「音に興味を持ってもらう」ための最低限の発言ではないでしょうか?それにこのインタビューだって存在しない事になってしまう。

即興ってなんだろう?自由ってなんだろう?って改めて考えさせられる。
僕にとって即興とは与えられた制約の中で最大限に自由になって「行動する事」(芸術の世界では「表現する事」)なのかなとも思う。広い意味で言えば、譜面(=制約)のある音楽だって即興だし、もっと極端なことを言えば、生活そのものだって即興だと感じる今日この頃。そして、即興の積み重ね(=過程(プロセス))が結果(完成形)を作って(創って)いくのだとも思う。そういう意味で、「過程」を重要視している近藤さんの発言にはとても共感を感じます。「完成形」ももちろん重要だけれども、「過程」の薄っぺらい「完成形」にはそれだけの価値しかないという事だし、時間が経てばほころびも出やすいものだと感じます。

久しぶりにかっこいい近藤さんの生の音を聴いてみたい、って感じ始めました。
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