2006/2/6 | 投稿者: マルセタロー

かなり以前になるが「ダ・ヴィンチ・コード」を読了した。タロット占い師たるもの、モナリザやマグダラのマリアに関する内容については、押さえておく必要があるかと思われたので。そもそもは「レンヌ・ル・シャトーの謎」などで書かれているイエスの血脈に関する伝説をプロットとした小説である。

現在、キリスト教で正典とされる新約聖書では、イエス・キリストが結婚して子供をもうけた、などという話はどこにもない。ちなみに新約聖書は福音書・使徒書などの全27巻からなるが、一貫性を持って書かれた文章ではなく、執筆者も執筆年代もバラバラのものが、4世紀末に取捨選択されて正典とされたものである。

4世紀というと既にイエスが活躍した時代から300年以上が経過しており、ブッタの死後に膨大な経典群が成立したことからも分かるように、当時はイエスについても多くの文書が存在したと思われる。しかし、その後のキリスト教の激しい異端排斥活動によって、多くの文章は失われてしまうことになった。

そこで正典とされた新約聖書に基づくイエス観というものが、出来上がっていく訳だが、1945年のナグ・ハマディ文書の発見によって、初期のキリスト教の多様性や、イエスやその弟子に対する様々な見方が明らかになってきた。

特にマグダラのマリアに関しては、元娼婦でイエスに救われ、その後はイエスの同行者の一人になったという位置付けから、実はイエスの重要な弟子の一人と考えられていたということである。そこから一歩進めて、実はマグダラのマリアがイエスの妻であり、イエスが磔刑にかかる前にイエスの子供を身ごもっており、最終的には子供ともども現在の南フランスに落ちのびて、その血脈が連綿と続いているとする伝説と、ダ・ヴィンチが書いた「最後の晩餐」が、その伝説の始まりを暗示しているとする内容のミステリーが本書である。

率直にいって、著者の博識とそれをミステリー仕立てで読ませる筆力には感心した。最後の謎解きの部分は若干拍子抜けの感がなきにしもあらずだが、そこに到達するまでの秘教知識の披露は大いに参考になった。まるで事実に基づいたかのような書きぶりなので、賛否両論があるようだが、古代では非常に重要視された、女性の持つ神聖な力について知るためにも格好の入門書になるのではないかと思う。



2006/2/4 | 投稿者: マルセタロー

いわゆる霊界系やスピリチュアル系といわれる著作が最近特に多いが、その中でもこの「ガチンコ神霊交遊録」は傑作の一冊だ。

本についているオビに、本文中の一文が載っているが『白昼、街を歩く。指導霊が「暑くてならない。ちょっと一杯やっていかないか」と突然声をかけてきた。わが指導霊は寒暖の差を感じるらしい。』という具合の文章で、本屋で偶然手にとったところ、あまりにも面白いので購入してしまった。

作者の塩瀬氏は、著者紹介によると1950年生まれとのことなので既に不惑の年令を越えておられるが、長年通信社に勤務されながら、色々な修行や宗教遍歴を続けてこられたとのことである。2001年11月、突如指導霊と交流ができるようになったとのことで、その指導霊とのやり取りをまとめたものが本書である。大抵のこういったチャネリング本の類は、それなりに正論で参考になることも多いが、笑いがあるものは殆ど皆無である。

それが本書では二人?のやりとりが丁々発止で実に面白い。特にこの指導霊というのが一風変わっていて、例えば生まれ変わりについての話になった時、何回か人として生まれ変わるとして、その前はなんだったのかを著者が尋ねると『むろん動物だ。ほかに考えられるか』『キリスト教などが唱える「創造説」は嘘っぱちだ。今時そんなこと言うと笑われるよ』という感じである。著者自身も相当な博識だが、それに答える指導霊の頓知の効いた回答が抱腹絶倒の一冊である。



2006/2/3 | 投稿者: マルセタロー

最近、思うところあって聖書の通読をはじめていて、副読本として「日本人に贈る聖書ものがたり」第一巻を読了した。これは創世記のアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフに焦点を当てたものとなっている。久しぶりに聖書を読んでみて(実に20年ぶり)、当時の時代背景や風俗といったものがなかなか理解しづらかったが、本書を読んでみて「なるほど」と納得できることが多かった。

著者の中川健一氏は「ハーベスト・タイム」というクリスチャン向けのTV番組を制作され、また司会を務めておられる方である。この本は聖書の解説書というよりは、聖書を元にした小説という形式をとっていて、ところどころ著者の創作と思われる逸話などが挿入されている。時にはそれが冗長に感じられるところもあるが、大筋においては聖書を理解するうえで非常に役立つものが多かった。

今回改めて聖書を読んでいて感じたのは、聖書(特に旧約)のエゲツなさだ。カインの殺人に始まり、男色、近親相姦、復讐や謀略等々、ありとあらゆる非道徳的な行為のオンパレードである。一方でそれらの非道徳をくぐり抜け、もしくは時には大きな間違いを犯しつつも、聖書の主人公達は信仰の道を全うしようと懸命な努力を続ける。そこに神の大いなる祝福の計画が意図されていることを本書では解き明かそうしている。題名に銘打たれているように、日本人の感覚ではなかなか理解しにくい聖書の世界を説き明かしてくれる良書だと思う。



2006/2/2 | 投稿者: マルセタロー

先日たまたまテレビのチャンネルを回したところ、「新宿救護センター」という施設についての放送をやっていた。これは新宿で、いわゆる駆け込み寺的な施設を運営されている玄秀盛氏についてのドキュメンタリーで、その真摯な生き様に、思わず目が釘付けとなった。

玄氏の著書「新宿歌舞伎町駆けこみ寺」を読了したが、「新宿救護センター」を作られるまでの経緯を、ご自身の生い立ちから赤裸々に語られており、その内容は凄まじいの一言に尽きるものである。

幼少期は養父母に各地を転々とたらい回しにされ、そのうえ虐待を受けて生きるか死ぬかの瀬戸際の生活。成長してからは、その反動と延長から、かなりの悪行三昧の生活を送っておられる。

それが一転、どうして「新宿救護センター」なるボランティア施設を開設されたかというと、ある日偶然行なった献血から、不治の病に犯されていることを知ったことが人生の大きな転機となったとの事である。

それは「HTLV−1」という急性白血病を発症する可能性のあるウイルスに感染していたとのことで、発症するのは千人に一人の確率とはいえ、発症すれば一年以内に死亡するというウイルスだそうだ。

ここから玄氏の猛烈な運命の転換が始まるが、まさしく「陰極まって陽」を地で行く豹変ぶりで、この辺は是非本書を一読して欲しい。玄氏が語る現代社会の持つ闇の深さ、またそれを構成する人間の持つ業の深さ、そしてそれを十分知った上で、真摯な努力を続けられている玄氏の姿勢には、考えさせられるところが多々あった。






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