2013/9/11 | 投稿者: マルセタロー

貴婦人と一角獣の続きです。
画像はwikiから拾った「我が唯一の望み」
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【タペストリーを作らせた依頼主は一体誰か?】

タペストリーの至るところに描かれた「赤と青と三日月」の紋章。作品が再発見された19世紀、その三日月模様から、最初に依頼主と考えられたのは、オスマントルコからフランスに亡命していたトルコの王子が、恋した娘に送ったという説。だがこれは根拠のない憶測。現在の有力な説としては、パリの教会の薔薇窓から全く同じ紋章が見つかり、今ではタペストリー制作の依頼主ではないかといわれている。それが、アントワーヌ・ル・ヴィスト。ル・ヴィスト家は代々法律を司ってきた名家で、アントワーヌは1500年頃に当主に就任。その記念に発注した可能性が高いとされている。そうすると「MON SEUL DESIR」の文字の横にある。「A」と「I」(ように見えるが諸説あり)は夫婦の頭文字ではないかとも考えられる。A=Antoine(アントワーヌ)。妻の名はJacqeline(ジャクリーヌ)。頭文字は「J」だが、中世では「J」と「I」は区別されていなかった。

【我が唯一の望みの意味は?】

そもそも「貴婦人と一角獣」のモチーフは中世ではどんな意味があったのか?一角獣は獰猛なため捕えることはできないが、純潔の乙女には近寄ってきて、膝の上でおとなしくなってしまうとされた。この性質から、中世では一角獣に別のイメージが重ねられた。獰猛な本質を捨て、乙女になびく一角獣は、神としての本質を捨て、母胎に入ったイエス・キリスト。すなわち、一角獣=イエス・キリスト。乙女=聖母マリア。神がすべての中心だった中世では、「貴婦人と一角獣」にも聖なるイメージが込められていた。では「五感」はどう考えられていたか?「阿呆女たちの船」(1500年)という小説の挿絵がある。五感についてそれぞれ挿絵があり、【視覚】船に乗った女性が鏡に見惚れる姿。【聴覚】歌い呆ける姿。【嗅覚】花や香水の匂いに酔いしれる姿。【味覚】暴飲暴食する姿。【触覚】男の手を引き、体を触らせ、キスを交わす浅ましい姿。中世では人が外界を知るすべとなる五感を、次元の低い感覚ととらえていた。なお、五感には序列があり、序列は外界との接触の多さで決まる。触覚→味覚→嗅覚→聴覚と続き、聖書を目で読む「視覚」が最も高度と考えられていた。

そして、この五感を超える第六感を「心」に相当するものと考えていた。人間の内面・内部にあって、外界とつながっている五感を支配し、統御・コントロールする役割を与えらえていた。6枚目のタピストリーの貴婦人は首飾りを外し、宝石箱に入れているとも解釈できるが、他のタピストリーでは身に着けているため、五感の象徴とも考えられる。フランス語では「DESIR デジール」には「強い意志」という意味もあり、すなわち外界と接触する五感を断ち、自制する強い心を描いているとも解釈できる。また別に「愛」を示しているという説もある。当時「唯一の望み」の文字は、指輪(婚約指輪や結婚指輪等、愛する人に贈る)に刻まれることも多かった。「我が唯一の望み」とは相手の女性を指す可能性がある。また「視覚」の貴婦人の膝に一角獣が脚を載せていて、乙女がその首に手を置いている。これは一角獣狩りのモチーフ。一角獣狩りは宗教的な意味もあるが、宮廷風恋愛の文脈でも読まれた。一角獣は男性の恋人。貴婦人は思いを寄せる女性ということになる。

とまあ、簡単ですが以上です。

先日、下見に行かれた宮岡さんは、実物をご覧になられて、錬金術の象徴が数多く散見されて、色々と解釈をされているご様子です。またこのタペストリーはカタリ派との関連を指摘されることも多く、私の方はそっちの資料を読んでいる最中。さて、当日までに間に合うのか・・(^^;)。また旧約聖書の雅歌とも関連性が指摘されているため、そちらも斜め読み中。その辺のウンチクは当日にご期待を。



2013/9/10 | 投稿者: マルセタロー

今週末、宮岡さんのタロットの生徒さんと「貴婦人と一角獣展」を見に行くことになっていまして、その予習です。一角獣については、あまり明確なイメージがなかったんですが、この前、E−テレの日曜美術館でちょうど特集をやっていましたので、その内容を書き起こしてみました。秘教的な意味はあまりありませんが、一般論としては分かり易いかなと思いますので、備忘的に書き込みしておきます。あとはウィキペディアなどを見て頂くと、よりイメージしやすいかと思います。

【貴婦人と一角獣】

鮮やかな赤を背景に、華麗な貴婦人と一角獣が様々な仕草をとる6点のタペストリー(1500年頃の製作)。中世ヨーロッパ工芸品の最高峰ともいわれる。19世紀に再発見されてからは、様々な文学作品の題材ともなっている(リルケ、ジョルジュ・サンド等)。パリにあるフランス国立クリュニー中世美術館(5世紀から16世紀の中世の美術品を数多く収蔵し、建物自体も15世紀に建てられた文化財)所蔵。謎多き作品とはいえ、6点のうち5点の意味は解決済みで、人間の「五感」を表現しているといわれる。しかし、最後の1点だけが未だに謎に包まれている。この1点にのみ青いテントが描かれており、そのテントに「MON SEUL DESIR モン・スール・デジール(我が唯一の望み)」の文字が記されている。この1点に描かれた貴婦人のみ、他の5点に描かれた貴婦人が付けている首飾りを、手に持ったままの状態で描かれている。

【このタペストリーの作者は誰か?】

タペストリーの作者は不明だが、手掛かりを探ると、フランス国王専用の礼拝堂サント・シャペル(1248年)が浮かびあがる。ここに「貴婦人と一角獣」の下絵を描いたとされる画家の作品がある。全面に張り巡らされたステンドグラスは、その画家が活躍した時代より、250年も古いものだが、正面の薔薇窓だけは、国王の命令で1500年頃に作り直されている。この下絵を描いたのが「貴婦人と一角獣」と同じ画家だと考えられている。また、この画家の別の作品も分かっていて「アンヌ・ド・ブルターニュのいとも小さき時祷書(1498年頃)」という作品。これはフランス王妃に捧げられたものである。中世では画家の名前が残らないため、この作品から「『アンヌ・ド・ブルターニュのいとも小さき時祷書』の画家」と呼ばれている。この挿絵に描かれた天使は膝を折った独特の姿勢で描かれているが、「貴婦人と一角獣(味覚)」の侍女と同じポーズとなっている。一つの下絵をもとに顔や衣装を修正したと考えられ、同じ画家か、そのグループが作ったと考えられている。「国王のステンドグラス」「王妃の時祷書」を手掛けた作者。「貴婦人と一角獣」の作者は、当時の最高峰の舞台で活躍した職人だと考えられる(つづく)。

画像はwikiから拾った「サント・シャペル」のステンドグラス
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2008/4/13 | 投稿者: マルセタロー

題名は「人生いろいろ」風に節回しをおつけ頂ければ
金星に関する備忘録です。

かなり以前の話ですが、スピリチュアル系の座談会(ってどんなんや・・・)に出たときに、何度か大将軍神社(正確には上京区にある大将軍八神社)の話が出ていました。そもそも大将軍神社といわれても、どのようなご祭神かピンと来なかった私は一体どういう神様なんだろうなぁ思って調べ始めたのがきっかけです。

大将軍八神社の縁起はと言いますと、もともとは平安遷都の折に王城鎮護を目的として、京都の四方に方位守護神として祭られたうちの一社とのこと。ちなみ勧請元は奈良の春日のようで、この辺も調べると結構面白そうですが、今回はちょっと省略します。

で、大将軍とは何ぞやといいますと、実は陰陽道でいう方位の吉凶を司どる八将神のひとつで、太白星=金星のことなんです。陰陽道ではこの神様のいる方位は万事凶とされ、数々の禁忌が発生します。この神様は金星の精が地上に降りたもので、金星は金気の象徴として、刃物などにつながる不吉な象徴と考えられたようです。

「ほほぉ〜金星だったのか」としばし感心していましたが、金星に関連しては色々と思い浮かぶことが出てきました。

@先代の管長が啓示を受けたことで知られる鞍馬も、ウィキペディアによると「魔王尊とは650万年前、金星から地球に降り立ったもので、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、その年齢は16歳のまま、年をとることのない永遠の存在であるという」となっていますので、金星との関係が大アリです。

A陰陽道では不吉とのことですが、密教などではそうでもなくて、どちらかというと良いイメージです。弘法大師が虚空蔵求聞持法を修した時は、明星(金星)が口の中に飛び込んだという逸話があるぐらいです。

B「ダ・ヴィンチ・コード」の中に、金星に関する記述があったのを思い出したので探してみますと「原始の宗教は、自然の摂理の神聖さに基づいていました。女神ヴィーナスと金星は一体だった訳です。その女神は夜空にいて、いろいろな名で知られていました、ヴィーナス、東方の星、イシュタル、アシュタルテ、どれもが自然や母なる大地と結びついた、力強い女性の概念です」「五芒星の図形そのものも金星に由来するという事実だ。金星は8年周期で黄道上に五芒星を描くと知り、感銘を受けた。驚いたのはこの現象に気づいた古代人も同じらしく、それゆえ金星と五芒星は完璧さ、美しさ、そして性愛のもたらす循環の象徴となった」とあります。

Bはご近所の晴明神社の晴明桔梗紋(五芒星)とも符合しますし、興味が尽きないところです。いやー面白いですね、金星

2006/1/6 | 投稿者: マルセタロー

香りについての続きです。

昨年の5月、タロット大学で主催されたミニアロマ講座を受講したときに、初めて色々な種類のエッセンシャルオイルを嗅ぎましたが、そのときの感覚は「この香りって、なんか脳幹を直撃されるような感覚だなぁ」というものでした。今回調べてみると、それは結構当たっていたようで、嗅覚は他の感覚とはちょっと違う情報伝達の径路をたどるようです。

簡単に書きますと、嗅覚以外の全ての感覚の神経は、視床という部分で必ずシナプス(神経の突起)を交換します。ここから大脳の視覚野、聴覚野、体性感覚野に情報が送られます。そしてこれらの感覚野から今度は辺縁系などに情報が送られ、感情が想起される仕組になっているそうです。つまり、見たものや触れたものが、何であるかをまず理解してから、感情が想起されるという訳です。

ところが嗅覚だけは別のようで、匂いは鼻腔の上方の粘膜に存在する嗅神経の細胞にある受容体で感知された後、その神経のシナプスは嗅球と呼ばれる器官とシナプスをつくり、さらに扁桃や海馬にシナプスを送る仕組になっています。扁桃や海馬は感情の記憶中枢であり、感情を揺さぶることになります。つまり匂いは、理性が働く前に感情を刺激するという訳です。

私がエッセンシャルオイルを初めて嗅いだときに感じた「なんか脳幹を直撃されるような感覚」は当たらずといえども、遠からずだったようです。

2005/12/26 | 投稿者: マルセタロー

最近、タロットを使って瞑想をしようかと色々と試行錯誤しています。基本的にはイメージ操作(これについては最近面白い本を読み始めましたので、いずれご紹介します)が重要だと思いますが、舞台装置の一環として色々とお香を試しています。

タロットのリーディングをするときには、決めているエッセンシャルオイルがあるので、それを使用していますが、瞑想をするときや、場を清めるためには、もう少しバリエーションがあっても良さそうなので、色々と調べ始めました。

そもそもお香に興味が出てきたのは、煎茶の教室でお香を焚いておられて、それが非常によい香りだったので、家でも欲しいと思ったのがきっかけです。先生になんのお香ですか?とお伺いしたところ「貰い物の伽羅なのよ〜」とのこと。最初は「名前は聞いたことがあるなあ。伽羅ってこんな香りかぁ。では自宅用に早速買うとしよう、シメシメ」と暢気に考えていましたが、ちょっと調べると伽羅ってメチャクチャ高ーーーい

香木のままだと金よりも高くて(同じ重さで3倍ぐらい)、まさしくお金を燃やしている感じです。お線香にしても有名な松栄堂の伽羅ベースのものになると、1万円を下ることがありません。実は元々もらい物で豊田愛山堂の月待ち雲というお香は時々焚いていましたが、しかしあの伽羅をかいでしまうと、どうにもこの香りがきつく感じられて仕方がありません。分不相応にも、高級品好みになってしまったなぁと嘆息しつつ、次善の策として、他になにかいい物がないか探してみることにしました。

ここで話が少し変わりますが、私は中学までは教会の日曜学校に行っていましたが、そこではいつも子供向けの賛美歌を歌っていました。歌そのものはほとんど忘れていますが、ある歌の中で「黄金、乳香、没薬な〜ど」というフレーズが耳にこびりついていました。これはイエス・キリストが誕生したときに、星に導かれた東方の三博士が持参して、イエスに捧げたものですが、幼い頃の刷り込みとはコワイもので、何かわからないながらも、私の中でこれは特別なものとして記憶に刷り込まれていました。

で、今回お香を調べ始めて、乳香と没薬が植物の樹脂が固まった香料だということを知ることになる訳でした。

(つづく)




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