2006/2/28 | 投稿者: マルセタロー

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今日の和菓子は「早蕨(さわらび)」です。そういえば表面の模様がワラビになっていて、なかなか芸が細かいですな。なお立春を経過してからは、すぐに春のお菓子になりましたが、さすがにその辺はキッチリしているなぁと感心してしまいます。なお、今回のお菓子は薯蕷饅頭でしたが、毎度々々申し上げている通り、本当はビニールを取って菓子器にいれるものです(苦笑)。

引き続きお手前の方は「13番」でしたが、袱紗捌きもやっているうちにだんだん様になってきたような気がする今日この頃です。さて、私の方のお稽古は置いておきまして、ついに師範披露される方の本番が今週末とのこと。今回が本番前の最後の練習ということで、皆さんかなり真剣に取り組んでおられました。

横目でチラチラ拝見するに、お手前の方は皆さんほぼ完璧なんですが、大変なのは、お運びなどの立ち居振る舞いや給仕の仕方のようですね。部屋に入る時、立つ時、座る時はもとより、ターンするときやそれぞれのお客様にお渡しする時等々、細かいところまで手や足の出し方の順序が決まっていて、しかも本番のお客様の配置によっても微妙に変わってくるということですから、かなり現場での臨機応変さが求められるので、一筋縄ではいかないようです。

しかも給仕する人とお手前をする人がタイミングを合わさないといけないところが何ヶ所かあるようで、気を抜く暇もなさそうです。私はまだまだ先でしょうが、それよりなにより、まず正座を何とかしなければ…(苦笑)

2006/2/21 | 投稿者: マルセタロー

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今日のお菓子は「菜の花」です。気温もボチボチと暖かくなってきましたが、お菓子はすっかり春模様です。表面はキントンなんですが、先生が持って来られるときに、若干ひしゃげてしまったそうです。中は黒の粒餡でした。

お手前の方は先週に引き続き「13番」です。一週間経つと袱紗捌きをすっかり忘れてしまっていてアセりました。しかし、袱紗で道具を清めるのはどういう意味なんでしょうね?特にしっかり拭くわけでもありませんので、衛生面では寄与しないでしょうし。また来週確認せねば。

それはそうと、4月に結構大きな茶会の裏方をやるかも知れません。野点なんですが、天気が良くて桜が見ごろなら、千人ぐらい!の通行人の人に振舞うかも知れないとのことで、一体どうなるんでしょうねぇ。

2006/2/14 | 投稿者: マルセタロー

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今日の和菓子は「柚子」です。薯蕷饅頭でしたので相変わらず食べにくかったですが、お味の方は非常に好みの味でした。中は白の漉し餡なんですが、柚子を練りこんであるらしく(表面の皮も?)、ほのかに柚子の香りと風味がありまして、すごくさっぱりとした気分になる和菓子です。

さて、お手前の方は順調に進みまして「13番」となりました。今回のお手前はお正月用でして、小さい梅干にこぶ茶を注ぐという一風変わった香煎手前でした。ちなみにこぶ茶といっても粉末じゃありません!ちゃんと昆布の細切りを使ったお茶があるんですね。

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これは開始前の全景写真です。見慣れない器物もでてきましたが、それよりも、このお手前で初めて袱紗捌きが出てきました。今までは茶碗を拭くのは茶巾、お盆や茶托を拭くためには盆巾を使っていましたが、袱紗はお茶葉を量る茶則の下に敷いてあるだけで、それでどうこうというのはありませんでした。しかし今回からは、袱紗を捌いて茶壷や茶則を清める動作が加わってきます。また少し長丁場なお手前になりますので、正座とのたたかいになりそうです(苦笑)

2006/2/11 | 投稿者: マルセタロー

世間では甲野善紀氏をはじめとして、古武術がちょっとしたブームになっているようである。この本の著者・河野智聖氏も、もともとは武術畑の人だが、それを整体と融合されて、今は「自由人ネットワーク」という武術や健康法を指導する団体を主宰しておられる。

河野氏が学ばれた整体は一般的には「野口整体」といわれるものだが(厳密には野口整体の創始者・野口晴哉氏の弟子にあたる岡島瑞徳氏から学ばれている)、この野口整体は知名度の割には、なかなかその内容がよく分からない。

よく分からないというと、自分が分からないだけなので語弊があるが、野口晴哉氏は一種の天才だった方だが、その残した体系はかなり膨大で、しかも気の感覚に踏み込んだ微妙なものが多く、話を聞いたり本を読むとそれなりに納得できるのだが、実際に体感できるか、となると一筋縄でいくようなものではないためである。

そんな中、本書では著者自身の研究を取り入れつつ、主に腰椎とよばれる5つの椎骨に焦点を絞って解説がされている。私自身、この腰椎の考え方はかなり感覚と合致しており、自分の体調や動きの観察に重宝しているところがある。簡単にまとめると以下のようになる(L1は腰椎1番を表す。Lは腰椎=lumbalesの略称)

L1 上下運動を支配。頭の働きや頸の動きに関係する。
   神経系
L2 左右運動を支配。感情と関係する。消化器系
L3 捻れ運動を支配。闘争心と関係する。泌尿器系
L4 骨盤の開閉運動を支配。直感や本能と関係する。
   生殖器系
L5 前後運動を支配。走る・リズム感などと関係する。
   呼吸器系

これらの分類は他の野口整体の本の見方とほぼ一致している。この本の面白いところは、この5つの腰椎のどこに焦点を当てるかによって、国や民族の特徴を捉えるのに使っているところである。これは必ずあてはまるとはいえないが、大枠としては当たっているのではないかと思う。

L1 アングロサクソン系
L2 フランス人、中国人
L3 韓国人やラテン系
L4 日本人
L5 黒人

腰椎の得意分野を類型することによって、何に焦点をあてて物事を捉えるか、また得意とする動きやスポーツがある程度分類できてくる。例えば、L1ならバレーボールやバスケットボール、または高跳などのジャンプ系の能力を発揮するのに役立つし、L2に焦点がある中国やフランスは、共に食文化が豊かで、情緒面においても豊かな面を持つ、という具合である。

日本人はというと動きの中心はL4となり、これは民族衣装やアイテムにも影響を及ぼす。例えば、ヘソ下に帯を巻くことや、草履や足袋、着物なども腰椎4番に意識が集中するように構成されているとのこと。L4に意識を置くと跳ね上がったり、足を高く上げる動作がやりにくくなり、足は自然とすり足になってくる。運動にみる典型的な例としては、バレエのようにつま先立ちで足を跳ね上げる動作ではなく、日舞や歌舞伎のように腰を落として、身体の意識を地に向ける舞が発達することに表われてくる。

現代は非常にボーダーレスとなってきているし、日本人の中でも様々なタイプがいるので、必ずしもあてはまらないかも知れないが、その民族固有の文化については、なかなかよく表現できている体系だと思う。

また本書の後半では、仙椎に関する解説や、何種類かの生理現象と感受性についてもまとめられている。心身一如とよく言われるが、ただの印象論や根性論だけではなく、ある程度客観的に自分の感情と身体のつながりを知る手がかりとなる一冊である。



2006/2/8 | 投稿者: マルセタロー

これはユダヤ教の概略を知るために参考になった。「ユダヤ教」の名前はよく知られているが、その内容はよく知られているとはいいがたい。学研のこのシリーズは他の宗派の本に関しても比較的偏りなく、よくまとまっていると思う。

前半は主に聖書に基づいて、ユダヤ民族がどのような歴史を辿ってきたかがまとめられている。また古代から現代にかけての歴史についてもまとめられているが、その道程は困難を極めており、そのような状況のなかで深化していった信仰の歴史が伺える。

私は元々クリスチャンであったので、聖書にもある程度なじみがあったが、聖書にあまりなじみのない方はどのような印象を持たれるだろうか?遠い神話の世界のように感じられるかも知れないが、ユダヤ民族にとっては紛れもない事実なのである。

また、タロットともよく関連づけられるカバラ(ユダヤ神秘主義)の歴史についても纏められている。ここで一旦話は横道にそれるが、タロットとカバラの関係について触れておきたい。

現在まるで周知のごとく、タロットとカバラは関連づけて語られるが、実は両者が結びつけられた歴史は比較的新しく、19世紀中葉のエリファス・レヴィ「高等魔術の教理と祭儀」が発端となっている。レヴィ自身は複雑な経歴を辿った人物であるが、ユダヤ教の正統なカバラを学んだわけではなく、おそらく17世紀ドイツのアタナシス・キルヒャー「エジプトのオイディプス」からヒントを得て、タロットとカバラを結びつけたと考えられているようである(伊泉龍一「タロット大全」P.175より)。

しかし、ここでいうカバラとは、もともとの聖書の解釈学としてのものではなく、3〜6世紀頃に成立した「セフェール・イェツィラー(形成の書)」等に基づく世界共通の解釈学を指し、ユダヤ教のカバラとは厳密には区別されている。

話がそれてしまったが、ユダヤ教には様々な戒律が存在し、またそれが現在でも守られているが、これは非常に苦難の歴史を辿ってきたユダヤ人が、自分達の民族としてのアイデンティティを守るためにも必要であったことを思わせる。また、現在のイスラエル、パレスチナ問題の根の深さについても考えさせられる一冊である。



2006/2/7 | 投稿者: マルセタロー

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今日の和菓子は「春の山路」です。立春を過ぎましたので、暦の上ではもう春なんですねぇ。京都はまだまだ底冷えしてますが。表面は練り切りで、中は粒餡でした。最近、漉し餡が続いていましたので、久しぶりの粒餡も美味しかったです。

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お手前は引き続き「12番」ですが、桜香煎とはどんなものかといいますと、このように桜の花びらが入ったものをいただきます。ちなみに味は塩味ですので、まあそれ程美味しいという訳ではありませんが、頂くと非常にさっぱりする感じです。このお手前は、時間は結構短いですが、準備で塩漬けの花びらを洗ったりする手間が掛かるお手前です。

2006/2/6 | 投稿者: マルセタロー

かなり以前になるが「ダ・ヴィンチ・コード」を読了した。タロット占い師たるもの、モナリザやマグダラのマリアに関する内容については、押さえておく必要があるかと思われたので。そもそもは「レンヌ・ル・シャトーの謎」などで書かれているイエスの血脈に関する伝説をプロットとした小説である。

現在、キリスト教で正典とされる新約聖書では、イエス・キリストが結婚して子供をもうけた、などという話はどこにもない。ちなみに新約聖書は福音書・使徒書などの全27巻からなるが、一貫性を持って書かれた文章ではなく、執筆者も執筆年代もバラバラのものが、4世紀末に取捨選択されて正典とされたものである。

4世紀というと既にイエスが活躍した時代から300年以上が経過しており、ブッタの死後に膨大な経典群が成立したことからも分かるように、当時はイエスについても多くの文書が存在したと思われる。しかし、その後のキリスト教の激しい異端排斥活動によって、多くの文章は失われてしまうことになった。

そこで正典とされた新約聖書に基づくイエス観というものが、出来上がっていく訳だが、1945年のナグ・ハマディ文書の発見によって、初期のキリスト教の多様性や、イエスやその弟子に対する様々な見方が明らかになってきた。

特にマグダラのマリアに関しては、元娼婦でイエスに救われ、その後はイエスの同行者の一人になったという位置付けから、実はイエスの重要な弟子の一人と考えられていたということである。そこから一歩進めて、実はマグダラのマリアがイエスの妻であり、イエスが磔刑にかかる前にイエスの子供を身ごもっており、最終的には子供ともども現在の南フランスに落ちのびて、その血脈が連綿と続いているとする伝説と、ダ・ヴィンチが書いた「最後の晩餐」が、その伝説の始まりを暗示しているとする内容のミステリーが本書である。

率直にいって、著者の博識とそれをミステリー仕立てで読ませる筆力には感心した。最後の謎解きの部分は若干拍子抜けの感がなきにしもあらずだが、そこに到達するまでの秘教知識の披露は大いに参考になった。まるで事実に基づいたかのような書きぶりなので、賛否両論があるようだが、古代では非常に重要視された、女性の持つ神聖な力について知るためにも格好の入門書になるのではないかと思う。



2006/2/4 | 投稿者: マルセタロー

いわゆる霊界系やスピリチュアル系といわれる著作が最近特に多いが、その中でもこの「ガチンコ神霊交遊録」は傑作の一冊だ。

本についているオビに、本文中の一文が載っているが『白昼、街を歩く。指導霊が「暑くてならない。ちょっと一杯やっていかないか」と突然声をかけてきた。わが指導霊は寒暖の差を感じるらしい。』という具合の文章で、本屋で偶然手にとったところ、あまりにも面白いので購入してしまった。

作者の塩瀬氏は、著者紹介によると1950年生まれとのことなので既に不惑の年令を越えておられるが、長年通信社に勤務されながら、色々な修行や宗教遍歴を続けてこられたとのことである。2001年11月、突如指導霊と交流ができるようになったとのことで、その指導霊とのやり取りをまとめたものが本書である。大抵のこういったチャネリング本の類は、それなりに正論で参考になることも多いが、笑いがあるものは殆ど皆無である。

それが本書では二人?のやりとりが丁々発止で実に面白い。特にこの指導霊というのが一風変わっていて、例えば生まれ変わりについての話になった時、何回か人として生まれ変わるとして、その前はなんだったのかを著者が尋ねると『むろん動物だ。ほかに考えられるか』『キリスト教などが唱える「創造説」は嘘っぱちだ。今時そんなこと言うと笑われるよ』という感じである。著者自身も相当な博識だが、それに答える指導霊の頓知の効いた回答が抱腹絶倒の一冊である。



2006/2/3 | 投稿者: マルセタロー

最近、思うところあって聖書の通読をはじめていて、副読本として「日本人に贈る聖書ものがたり」第一巻を読了した。これは創世記のアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフに焦点を当てたものとなっている。久しぶりに聖書を読んでみて(実に20年ぶり)、当時の時代背景や風俗といったものがなかなか理解しづらかったが、本書を読んでみて「なるほど」と納得できることが多かった。

著者の中川健一氏は「ハーベスト・タイム」というクリスチャン向けのTV番組を制作され、また司会を務めておられる方である。この本は聖書の解説書というよりは、聖書を元にした小説という形式をとっていて、ところどころ著者の創作と思われる逸話などが挿入されている。時にはそれが冗長に感じられるところもあるが、大筋においては聖書を理解するうえで非常に役立つものが多かった。

今回改めて聖書を読んでいて感じたのは、聖書(特に旧約)のエゲツなさだ。カインの殺人に始まり、男色、近親相姦、復讐や謀略等々、ありとあらゆる非道徳的な行為のオンパレードである。一方でそれらの非道徳をくぐり抜け、もしくは時には大きな間違いを犯しつつも、聖書の主人公達は信仰の道を全うしようと懸命な努力を続ける。そこに神の大いなる祝福の計画が意図されていることを本書では解き明かそうしている。題名に銘打たれているように、日本人の感覚ではなかなか理解しにくい聖書の世界を説き明かしてくれる良書だと思う。



2006/2/2 | 投稿者: マルセタロー

先日たまたまテレビのチャンネルを回したところ、「新宿救護センター」という施設についての放送をやっていた。これは新宿で、いわゆる駆け込み寺的な施設を運営されている玄秀盛氏についてのドキュメンタリーで、その真摯な生き様に、思わず目が釘付けとなった。

玄氏の著書「新宿歌舞伎町駆けこみ寺」を読了したが、「新宿救護センター」を作られるまでの経緯を、ご自身の生い立ちから赤裸々に語られており、その内容は凄まじいの一言に尽きるものである。

幼少期は養父母に各地を転々とたらい回しにされ、そのうえ虐待を受けて生きるか死ぬかの瀬戸際の生活。成長してからは、その反動と延長から、かなりの悪行三昧の生活を送っておられる。

それが一転、どうして「新宿救護センター」なるボランティア施設を開設されたかというと、ある日偶然行なった献血から、不治の病に犯されていることを知ったことが人生の大きな転機となったとの事である。

それは「HTLV−1」という急性白血病を発症する可能性のあるウイルスに感染していたとのことで、発症するのは千人に一人の確率とはいえ、発症すれば一年以内に死亡するというウイルスだそうだ。

ここから玄氏の猛烈な運命の転換が始まるが、まさしく「陰極まって陽」を地で行く豹変ぶりで、この辺は是非本書を一読して欲しい。玄氏が語る現代社会の持つ闇の深さ、またそれを構成する人間の持つ業の深さ、そしてそれを十分知った上で、真摯な努力を続けられている玄氏の姿勢には、考えさせられるところが多々あった。






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