バンコクに住んで日常、目にしたり体験したこの国の音楽事情/情報の覚え書きです。
ルークトゥンからT-Popsまで幅広く。
但し、守備範囲は私個人の好みに合わせますので、アシカラズ。
2007/1/16
さて、今回から音楽の事から少し離れて、バンコクの街並とかを中心につ綴って行こうかとおもいます。はじめに言って置きますが、音楽は出てきますが、今回はこの国の音楽じゃナイので。。。
タイトルを見て頂ければお分かりのように、ナンと今回はBig−Cのラップラオ店についてです。Big−Cの説明は必要だろうか?一応やって置きましょう。大型スーパーですね。
まず、このラップラオ。普通、カタカナ表記ですとこう書くのが流儀のようですが、このカタカナをそのまま日本人が発音してもまず、通じないでしょう。“ラップラオ”とタクシー運転手に言っても例の「ンェッ!」とやな顔されるのが普通でしょう。この国のタクシー運転手の礼儀知らずはもう。。そんなリアクションするなよ!というヤツデス。ラッパーオと言うと通じます。このラッパーオというのは道路の名前で、正式には何処から何処まで走っているんだろうか。。判っているのはヂャトヂャック(もしくはその先にあるセンタン・ラッパーオ店の前あたりか?)からバンカピまでは確実に言えますが、それぞれ、その先まで続いている道なのかどうか。。道は続いていても名前がとある交差点から変わる事もあるので。。バンカピは知らなくても、ヂャトヂャックの位置位は有名ですので、バンコクの中心からどのくらい離れたところなのかは想像付くでしょう。その辺を西から東へと延々、何キロ続いているのか。。車で渋滞なしでそれでも30分位は掛かるかと。。ほぼまっすぐ走っています。その丁度真ん中辺りにこのBig−C・ラッパーオ店はあります。この道路の北側に面して。。
Big−Cはあちこちに在りますが、大抵、その建築構造が鉄骨造りで工事に時間を余り要さない、まぁプレハブの立派なものと言えばイイのか。。と、建築の専門家じゃないのでこの辺は適当ですが。。良く知られているのは新装なった現センタン・ワール(ド)の向かいのラチャダムリ店とか、音楽ファンに有名な“ヂェッシー・コンサート”が行われるラマ2通りにある、あの巨大プレハブ!とかかな。。大体その辺の店内の感じは分かるかと思いますが、重厚さには縁の無い内装というか、軽〜い感じですよね。ところが、本件のラッパーオ店はとても重厚な雰囲気があります。止まれ。重厚と言ってもセンタン・チットロム店の様な重厚さでは全然ありません。何せ建物自体が年季の入ったものですので。。要は古臭いのです。建物自体が古臭くて、場合によってはかび臭いともとれると言えるかもです。ここが重要です。私が今後、このblogで書いて行こうとしているのは、バンコクのこのナンとも古臭い大型店舗についてなんですから。時代に取り残されたかの様な部分ですね。時代はと言えばオープンして1年を過ぎた、サヤームのサヤーム・パラゴーンとか、先にでた旧ワートレ(ワールド・トレード・センター)現センタン・ワール(ド)である事はご承知の事でしょう。パラゴーンがプロンポンのデパート・エンポリ系列のモノで、センタン・ワールの方は、そのままセンタン(セントラル・デパート)系列になります。この2つのデパート。高級ショッピング・モールについても思う事はは沢山ありますが、それはまたの時に。。
で、このBig−C・ラッパーオ店。何処の大型スパーでも良く、その本陣であるスーパーにくっ付いてある、小型ショッピング・モールと呼べるか?そんなモノがありますが、ここにも勿論の様にあります。その部分がなんともチープな宝箱の様相をしていて、私のような者にはたまらない魅力を発しているのです。そもそも時代に取り残されている様な古臭い物件の、その中に付随している部分ですから、知れますでしょう。それがどんなだか!?確かBig−Cはこの建物の2,3,4階に位置していた筈。で、私がここに明かしたい部分は特にその地下1階の部分と、いやいや確かBig−Cの在る階にも端の部分がそう言った小型モールになっていた筈(この辺、アヤフヤになってきている。近じかもう一度検証に行ってきます。)。で、何が在るのかと言うと。。まぁ、普通の服屋とか、ファッション小物屋(もちチープな品揃えです)、靴屋とかに混じって、古本屋、骨董屋、こういった処には必ずアル、コピーCD、DVD屋、勿論クーポン食堂。そうそうこのクーポン食堂も最近は新しい斬新な内装デザイン、システムな処が増えてきましたが、ここのは勿論、いい味出しています。更にそのクーポン食堂にリンクしていない、もっと小型の飯屋群。ここが安い!クーポンも安いだろうが、もっと安いです。ぶっかけ飯でおかず1品だと10B?15B?何しろ易いです。味だってクーポンのと大差ないです。店の人の愛想もイイし。飽きないですここは。。
さて、驚く事がもうひとつ。確か上の方の階にあったと記憶しているのですが、ナンとこんなのも在るんです。アイス・スケート場。昔はに東京にもデパートの上の方に突然、アイス・スケート場というのありましたが、最近はどうなんでしょうか。今時アイス・スケートなんてやらないですよねぇ?いえ、バンコクでもアイス・スケート場なんて無いですよ。どこかにこっそり在るかもしれないですが、普通は見ないですね。と、話は尽きないですが、この辺で。。
そうそう、Big−C自体は置いてあるものはそんなに他のBig−C店と大差は無いでしょうが、天井の高さとか照明の明るさ色、これは壁の色なんかと関係するでしょうが、そういった事からかどこか鄙びている感があります。ゆるい傾斜の長いエスカレーターはあります。そうです、何階かのそのエスカレーターの脇に化粧品のメーカーの出張販売、あるいはプロモーションをしている所の前を通った時です。そのディスプレイとソコに立ち居振舞う派遣店員のオネーさんの姿に目を奪われながら、その時に強烈に私の耳に飛び込んでくるプロモーション用の音楽が。まず、アレッ!?これは懐かしの。。ナンだっけ?頭の中がグルーンとしてきました。私が二十歳の頃だったか当時夢中になっていたBlues/R&Bの。。。オウ、オウ、オウ!!!ジョニー“ギター”ワトソンの『Gangster of Love』じゃないか!!!こんな曲、何年振り?いや10数年振り?いや、もっとか!余りに突然、しかもこんな処で耳にしたモンで暫く、ボッーとしてしましました。しかし何でまた!?暫くその音の方、すなわちそのプロモーションをしている方を顔を向けていたので、そこに居たオネーさん、ここぞとばかりに私に対して売り込み口上をしてきました。勿論タイ語100%です。なんか男性化粧品のクリームだかなんかだった様なんですが、勿論そんなものにはマイ・ソン・チャイなので、その売り込みのオネーさんの顔を見ながら、ボッーと『Gangster of Love』の懐かしいサウンドとジョニー・ワトソンの“Jessey James & Frank james,Billy the Kid,all the rest〜〜”の懐かしの歌声に。。。あの頃自分は何処に居て、アレからど位時間が過ぎて何をやって来て、そして今何をしているんだろうか。。。暫く。心。此処に在らず。でした。
オリジナル録音は確か50年代後半頃にKINGから出たものですが、その音がネット上に見つからないです。Youtubeに辛うじて70年代に取られたライブ映像が置いてありました。オリジナルの熱い音では無いですが、ジョニー”ギター”ワトソンの魅力はそのままなので、コレでも聞いてください。

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2007/1/11
何故か急にNiew+Jiewの事を取り上げたくなって。。。
ご存知の『コン・ジャウ・ナムター』のビッグ・ヒット一曲以降、目だった動きを見せないまま、新たな年を迎えてしまったNJ。いつも思うのは、こうしている間に給料と言うか収入の方はどうなっているのか?と言う事であります。まぁ、余計なお世話なので深い言及はしませんが。。。
しかし、あれ以降こっそりとレコーディングに参加と言う形はありましたよね。まず、ナット・ミリアーの『ラック・マイ・チュアイ・アライ』のアルバムにコーラスと言う形だったか入っていて、そのVCDにも2人は顔を出していましたね。そうして、次にKoh Mr.Saxmanの3枚目のアルバムにフィーチャリングという形で入っていますね。で、そのVが上のYoutubeにあります。見てみるとこれじゃまるでNJのレコーディングにMrが参加したという様な作りじゃないですか。楽曲は古いタイ・ポップスである、『ปาฏิหาริย์』/パティハーン。男性俳優・歌手のゴップ・ソーングシットのもの。この選曲は勿論Mrに拠るものでしょうが(この手合いの曲Mrは好きですね!)NJはいい感じで仕上げています。コレ聞いて、NJってそつなく、ソレで居て新しい感覚も持ち合わせているし、更にゴージャスな雰囲気も出せますし、いいよなと改めて思った次第です。グラミーはNJを捨てる事はしないとおもいますがね、なかなか彼女たちの新しいアルバムが出てこないと心配になります。まぁ、ココまで書いたので近い内にMSNで見つけて追求して見ます。いいニュースは無いかのかとね。。。

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2007/1/11
季節の風が街に吹く様に、ヒット曲が街を焦がす。
昨年、私は自分から積極的に(!)この国のポップスを聴くことを止めたので、去年のヒット曲はナンだったのか出そうとするとかなり怪しいモノがあります。しかし、逆にそんな私にも、「あぁ、この曲ね。」と思い出す歌もあります。言うならば目の粗いザルですくう様なもの。でも、本当にその曲がヒットしたのかはかなり怪しい。。自分の好みに合った曲だったから、耳にとまったに過ぎないかも知れないし。。。その曲は。。最後に書きます。
その前の年は、随分ヒット曲がゴロゴロしていた様な印象があります。これは当時はまだ自分から聞こうとする姿勢が有ったからに他ならないでしょう。例えば、セニョリータのアノ曲、リーディアのデビュー曲、NJの『コン・ジャオ・ナムター』とかですね。。。更にその年の最後の方から去年に渡ってヒットした曲も印象が強いです。日本でもそうでしょうが、年の暮れ辺りにヒットした曲というのは何故強い印象が残るのでしょうか。。まぁ、その話は置いときましょう。
あの年の暮れ辺りに良く街に流れた曲として、エンドルフィンの『ナーム・テム・ゲーオ』、パナッダーの『コン・レーオ・ティー・ラック・ター』。ピースメーカーの『チャン・マイ・ルー・ルーイ』。この3曲は、ホント街中でよく聞いたし、そこいら中のパブでセミプロ歌手が良く歌っていたもんです。グラミーはここぞとばかり自分の番組でこの曲のプロモーションに力を入れ、TV、FMで流す事により火を付け更に油を注ぐ事になります。例えばエンドルフィンの『ナーム・テム・ゲーオ』がヒットしていた頃、街はすっかりこの『ナーム・テム・ゲーオ』色に染まったモンです。家を出かけようとするとどこからか聞こえて来るし、街中に居る時はもう、そこいら中で。。帰りのバスの中でもガンガン掛かっていたりと。。しかし、会社はヒットがピークを過ぎたと見ると、プロモーションを止めて行きます。これは当然の事でしょう。他の次の歌手のプロモーションも控えて居る訳ですから。。。その結果、街からスッーとこの歌が消えて行きます。街の様相が変わるかの如く、否、元の色に戻って行くかの如くではあります。その曲に思い入れがある人は寂しい想いに陥る事にもなるでしょう。
パナッダーのアノ曲は、彼女のその前のヒットが少し遡るので、やや突然の大ヒットと言う感もしますが、ピースメーカーはズッーとヒット曲を連発していましたから、最後のアルバムのプロモーションが終わると同時に、街からピースメーカーの歌声はすっかり聞こえなくなりました。こういう様相は不思議な感さえあります。この国の歌手も会社の要請によって動きます。プロモーション中はもう狂ったように毎日毎日、プロモーションに駆り出されて仕事をこなしていきますが、プロモが終わると永い休暇に入ったかのような様相で、まるで消え去ったかのような印象さえあります。そういえばボディースラムなんかも、完全に消えてしまったの如くです。いえ、勿論また出てくるでしょうが。。
さぁーてと。。去年(2006年)、この国のポップスでヒットした曲はナンだったのでしょうか。。確か、前半にパンチの『プルーング・フア・ジャイ』がありましたよね。。あのアルバムからは結局この曲だけでしたね。ヒットしたのは。。さて、次が出てこない。。何かありましたか。。。ここで私の脳裏にこびり付いている曲が1曲あります。そうです、リーディアです。彼女の2枚目?3枚目になるのかな、『19』というタイトルのソロ・アルバムに入っていた『ได้ไหม..ถ้าฉันจะบอกว่ารักเธอ』ダイ・マイ....ター・チャン・ヂャ・ボーク・ワー・ラック・ター。コレです。この曲はグレートな1曲だと思います。どのくらいヒットしたのかは知りません。しかし、この曲でリーディアはこの国のポップスの女王に成ったかの様な印象が私にはあります。この国のポップスにR&Bという風を送り込んだ最初の一人であった訳ですが、結局残ったのはこのリーディアのみでしたね。まぁ、歌手としてはリーディアだけだったという事にして置きましょう。音の方はその影響(R&Bの)を引き続き残して行く事と思いますが。。
リーディアは表現があまり良くないですが、チョッとオバケですね。並じゃないです。なんかいろんな音楽要素の飲み込み方が半端じゃなく出来上がっていますね。カッコいいなんていう表現じゃ間に合わない感じさえします。この曲での艶の出方が他に類を見出せないです。飛びぬけています。もう、最上級のほめ言葉の連発です。ただ、こういう存在ってこの国じゃどうなのかな。。そこのみが心配ではありますが、もう大丈夫でしょう。まだまだまったく若い訳ですから(19歳でしょ!)、生涯に20枚、30枚というアルバムを残すような歌手になっていくのか。。。是非、そうなって欲しいです。
この曲の試聴はコチラで。。。


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