2011/6/22

第3回 Trafficonf (交通勉強会)   Trafficonf

毎度毎度の恒例行事になってきた、交通勉強会Trafficonf。2月に第二回が開催され、好評を博したこの勉強会。そのレポートの時に次は6月くらいかなーと書きましたが、ほんとにそうなりました。本当は5月くらいの予定だったのですが、震災の影響で5月には会議室の予約等も考えるととても開催できる状況ではなく。1ヶ月ズレこんで6月18日の開催となりました。
ということで行ってきましたのでまたレポートします。


今回は土曜午後開催とのことで、バイト終わったあと池袋経由で行くことになります。開催地は毎度おなじみ「雑司ヶ谷地域文化創造館」、今後会場はどう移っていくのかわかりませんが。
今回は特に悩む要素もなくすぐ参加を決定しまして。時間的にも余裕あったので懇親会にも参加することに。
こちらの知り合いも本会か懇親会かの違いはあれど、一応全員参加することになりました。

バイト終わったあと少し家でまったりして、出発。レーザーポインター用のボタン電池を購入しつつ最寄り駅から池袋へ。
池袋についたら特急ホームに10112Fがいました……ちょうど発車するところだったので動画撮影。あの静かな滑り出しは一体……ww
駆動装置はさておき制御装置がvf化されてるだけでこんなにも違うものなんですな。さぞかし車内も静かでしょうね……。
池袋でお買い物して、はなまるでかけ小入れて都電沿いに歩きます。7000形がすれ違いました……7500も遂に撤退しましたしねぇ、この子はまだ残りますがそう長くはないでしょうね。
そして地域文化創造館に到着。先に来ていた石井翼さんやイシなんとかくんと話しつつあずい人待ち。
会議室の鍵を開けてもらって、会場設営をしつつ13:40くらいに開会しました。

首都高はなぜあん(ry 都市(間)交通整備とイベントの関係 by Azusayumi_(主催者)
イベントと都市インフラ整備を組み合わせることが多いのが戦後日本の特徴なのではないか。特に東京は顕著だったりする。
地方博などを開くのはそれを狙いとすることも。この現象は海外でも真似されていたり。中国は……w

イベントを開催する理由として、挙げられる理由。開発に関して、土地買収の事前交渉を進めやすいことがある。単にビルを建てたいというよりイベントを行うからビルを建てたい、の方が説得力があるなど。しかしこの利点は、環境問題などへの疑問の声によりメリットとはなくなりつつある。

今後どうなっていくか。もしかしたらイベント開催が難しくなってくるかもしれない。愛知万博の際もオオタカの保護で開催に疑問の声は上がった。
しかしそれでも行政にとってはまだまだ使えるカードでその象徴的な例としては各都市の五輪誘致が挙がる。特に東京は、推測ではあるがリニア建設促進のための可能性もある。
まとめ。戦後日本ではイベントで交通整備をするという側面もみられた。しかしその利点は減りつつある。ただしそれをまだ活かしてイベントが開催されていく可能性は十分あり得る。

-感想
なるほど、こうやって見てみるとイベントと都市交通整備は確かに関連性がありますね。東京五輪なんかは象徴的ですね。
しかし東京五輪によって新幹線が急がれたわけですが、またもや東京五輪で新幹線が急かされるのでしょうか……でもまぁ東京五輪やるのかねそもそも。都民と一体に推進できてないからねぇ……と都民が言ってみる。あ、練馬は埼玉ですか私は県民ですか……はい……。
海外でも真似されてるんですねこの手法。中国ではコケたみたいですが。そんな中、発祥日本では環境問題への関心の高まりにより見直されてきていると……大概、開発しつくされてきたのかもしれませんね。人間界と環境界の一線を超えるか超えないかの瀬戸際にそろそろ立たされるのではないでしょうか……。

・新橋駅幻のホーム by k_semaki
(詳細はk_semakiさんのブログに公開されていますのでそちらをご参照ください。トラックバックを送信しております。こちらはざっくりとしか書きませんので。)
日本最初の地下鉄は浅草〜新橋の早川徳次による東京地下鉄道と、新橋〜渋谷の五島慶太による東京高速鉄道。
1916年に早川徳次が帰国して、地下鉄の必要性を説いた。いまの日本には地下鉄が必要であると。各地で講演などをして回ると、次第に地下鉄ブームが湧き、地下鉄会社が乱立、免許の申請が多発した。
しかし第一次世界大戦が終戦し、さらに関東大震災により多くの計画が頓挫。各社の免許が失効した。そんな中、唯一頑張っていたのが東京地下鉄道である。
各社がやる気を無くしたので、東京市が一括で路線網を制定。東京地下鉄道の計画線のみ独自でやらせて、それ以外の一体的な整備計画を策定した。
遂に1927年に地下鉄が開業した。しかし東京市は結局資金不足で計画が進まなかった。災害復興にお金を回す必要があったからである。そこで東京高速鉄道が建設の代行を提唱。東京市は難色を示すものの、東京高速鉄道の「30年後に東京市へ譲渡する」などの条件により遂に折れ、代行することとなった。

両線は新橋で接続することになり、接続方法について様々な協議が行われた。
当時、都心住民の郊外流れが進んでおり、利便性を高めるために放射状に伸びる私鉄各社が東京高速への乗り入れを検討していた。仮に新宿や渋谷を介して新橋まで乗り入れてくるとして、新橋から東京地下へ直通しなければ意味が無い。
でも東京地下は乗り入れてほしくない。現在ではあまり用いられない考え方ではあるが、徳次の中では「なぜ我が社の資産が使わせなければならんのか」との考えがあったと思われる。
その後、様々な騒動があったが、結果的に五島慶太が東京地下鉄道おも支配下に置く結果となり(強盗慶太?)、一連の新橋駅に発端を置く騒動は終結した。

そして結局新橋の幻のホームとはなんだったのか。
東京高速鉄道からは新宿・渋谷・品川から来る3本の路線が新橋に集結している。しかし東京地下鉄道には行先が浅草しかない。
東京高速:東京地下の比は3:1となり、どう考えても東京高速側へ戻す必要がある。3分に1本が各線から流れてくるとして、東京地下鉄道内は1分に1本の超過密運転をする羽目になるからである。だから新橋の西側に頭端式ホームを建設し新橋返しの列車を流すことにしたのである。幻のホームは仮駅なんかではなく、利用を想定されたホームであった。そもそも仮駅造りが仮駅レベルではなくまともであるし、鉄道省線の都合で橋脚を動かすほどの大工事が行われた。その工事を鉄道省に委託して行われたのだが、そんな工事を鉄道省まで動かして行うはずがないのである、仮駅ならば。
また、構造的にも新橋折り返し列車と地下鉄道直通列車との乗り換えを考慮したものとなっている。頭端の先へ進み、コンコースへ出て階段を降りれば直通列車のホームになっているのである。

東京高速鉄道側は竣工後も公演など経緯を話す機会が多くあったが、東京地下鉄道側は早川徳次がすぐに亡くなったこともあり経緯を話す機会がなかった。そこで偏った方向からの説明しかなかったため、様々な憶測が混じってしまい、正史が語られていないのではなかろうか。

-感想
内容濃すぎっす……w しかし興味深い内容でした、かなり。自分がいままで持っていた知識がいかに中途半端で断片的なものでしかなかったのか思い知らされました。
手元のメモをもとに書き出しましたが、これもこれで断片的なものでしかないです。トラックバック送信&リンク貼りをしておきますので、是非読んでみてください。
鉄道史というのは、k_semakiさんもおっしゃっていましたがあまりメジャーではない分野の一つではあります。しかし掘り下げてみると面白いこともいっぱい隠されているのでしょうね……。とりあえず地元の路線あたりから探ってみたいなぁと関心がわきました。
新橋というのは、ご存知のとおり日本の鉄道発祥の地ではありますが、地下鉄発祥にも重要な地点だったようです……。場所は違いますけどね。
小久保せまきのはてな分室 - 東京地下鉄道と東京高速鉄道の新橋駅連絡抗争

・〇〇鉄ディスカッション by kanmeiexp(私)
あ、私です。
〇〇鉄ディスカッションということで、折角趣味を同じくする方々が集まっているので意見交換の場を作ってみたらいかがだろうか、と思い立ち飛び込みですが登壇させていただきました。意見交換は懇親会でもできるのですが……懇親会は基本カオs(ryですからね。ちょっとこっちでは真面目にやってみる?みたいな。

今回スポットを当てたのは撮り鉄と邪鉄。
撮り鉄の方が私しかいらっしゃらず、乗り鉄の勢力の広さを感じましたね……。歴史鉄・ダイヤ鉄・録り鉄の方々も見受けられました。ところで旅M@s動画とか作る人は何鉄なんでしょうね。M@s鉄とかかね。

撮り鉄の最近の素行をどう思うか、撮り鉄と鉄道会社はどうしていくべきか、邪鉄についてどう思うかなど、意見を聞かせていただきました。みなさんご協力いただきましてありがとうございました。

全体を通して感じたのは、絶対的なコミュニケーション不足ですね。そもそもやってはいけないコトに気づいてない人もいるのではないか……そしてそんな人に誰も注意しないのではないか。
暗黙の了解的なルールを気軽に話せるような気さくな人が減ってるような。撮影地で人に会ってもめっきり話さないことが多いですしね……やっぱりコミュニケーションが減ってるなとは常々思っていました。ピリピリしてて嫌ですね、いつからこんな閉塞的になってしまったのやら……近年人口が指数関数的に増えてるからでもあるでしょうが。自分も注意できるようにしなければならないのですが、やりすぎると罵声鉄になっちまいますからね、難しいものです。
もっと撮影地で情報交換とかしたいんですけどね……。そっちから始めていったほうがよさそうです。

あと、浦賀サイドターン改めUstとも同期しつつ発表を行いました。不十分ではあったと思いますが。
重ね重ね言わせていただきますが、唐突な無茶ぶりにも関わらずみなさん参加していただきまして本当にありがとうございました。

・無題のドキュメント by Galaxie718
ログ公開みたいなノリで、中京圏乗りつぶし紀行のお話をしていただきました。いつもいつも新しいことやってらっしゃいますね銀河さんの発表は……。
時刻表なしでも旅できんじゃね?的なノリで、地震後のピリピリムードの首都圏から離れるべく中京圏へ。
名鉄潰しや、Twitterをつかったコミュニケーションなど凄くリアルな(そりゃ実際やったことですし)のお話が聞かれました。
私も早く名鉄潰したいのですが、7000が引退してからなんか行く気が起きなくてですね……知多の方も行きたいのですが。行こうかな。

発表は以上で終わりですが、今後のとらこん開催について。
・開催場所
・開催周期
・次回幹事
・次回会計
・参加費
・備品
あたりの会議が行われました。現在本会以外での会議はGoogle Groupsで行われているわけですが、ぶっちゃけ使いにくい……。Skype使ったほうがいいと思ったり、バーチャル会議の方は。
あとは実際に会議単体でやった方がいいですね、首都圏運営のみでになりますが。首都圏会議でSkypeを利用して遠方運営と同期して会議することも可能かもしれません。
特に地方開催に関しては私も大きく興味が有りますね……幹事等難しい話ではありますが、とりあえず一歩踏み出してみてもいいかなと思います。とりあえずあずにゃんさんの都合の着く日に関西か北海道でやられてはいかがでしょうか?役には立ちませんが私も行けるかもしれませんよ。

勉強会は以上で終了。
鉄道以外の話が欲しいな……とか相変わらず思うのですが、まぁ私が話せばいいんですけどね。あずにゃんさんの発表は鉄道に限ったことじゃないですしね。首都高とか首都高とか。

地域文化創造館を出て、解散。翌日が某大会の後輩とは分かれ、入れ違いに午後まで授業があったふっくーくんと合流。懇親会組の中で再び軽く自己紹介を交わしたあと、池袋方面へ歩きインド料理店へ。
ナン食べ放題で炭水化物を貯めつつカレーとタンドリーチキンを賞味してました。k_semakiさんからは貴重な資料を見せていただいたりと……なかなかカオスな濃い時間でしたね。
その店を出てからは池袋駅前まで移動して二次会。詳細は省略(ぇ

それも終わったあと、解散。
鉄研クラスタで翌日の草野球大会wの話をしたあと帰宅しました。


次回開催はいつかな……18きっぷ期間中に地方開催が行われるといいなーと思っております。他力本願で申し訳ないですが。

適当ですがこれにてレポートとさせていただきます、みなさんお疲れさまでした。
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タグ: Trafficonf



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