2013/6/4

一足先に自然は復旧?  東日本大震災
平成23年東北地方太平洋沖地震による津波被害が大きかった永崎海岸では現在、復旧工事が進んでいます。今朝(6/4)、復旧工事中のため立ち入り禁止になっている海岸に工事関係者の了解を得て入らせてもらいました。そこにはハマエンドウとハマヒルガオが美しい花を咲かせていていました。自然は急ピッチで復旧が進んでいるようです。

消波ブロックの復旧工事が進む永崎海岸
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自然は一足先に復旧?
手前にハマエンドウ 奥にハマヒルガオが咲く
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永崎海岸に咲くハマエンドウ
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永崎海岸に咲くハマヒルガオ
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追伸 へそ石のその後


このところの海はいたって穏やかです。穏やかさのせいか、砂の堆積が進み今まで見えていた岩が全く見えなくなってしまいました。以前紹介したへそ石・福幸石は勿論、あわび石・カブト岩まで完全に砂の中に埋もれてしまいました。龍ヶ崎の奇石群はこのまま永久的に姿を消してしまうのでしょうか?

今朝(6/4)の龍ヶ崎付近の海辺の様子
奇石群は砂に埋没し全く見えない
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昨年(10/11)の龍ヶ崎付近の海辺の様子
奇石群が見えていた
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4つの奇石は永久に姿を隠したか?
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2013/3/11

東日本大震災から2年  東日本大震災
東日本大震災から2年が過ぎました。「もう2年も経ったの?」「まだ2年しか経ってないの?」。時間的経過は同じ2年でも人それぞれに感じ方は違うようです。被災地の人たちは「まだ2年しか経ってないの?」の感が強いようです。特に直接被害に合われ現在も不自由な生活を余儀なくされている人たちにとってはその思いが強いようです。蜂が感じるところ、被災地以外の人たちは「もう2年も経ったの?」思いが強いのではないかと思います。人は平常な暮らしをしている時の時間の経過はそう気にならないものですが、苦しみに耐えている時は時間の経過は遅く感じ、喜びや楽しみや幸福を感じている時の時間の経過は早く感じるものではないかと思います。被災した人たちも、被災しなかった人たちも「もう○○年経ったの?」と言える日が早く来ることを願っている蜂です。

今日は『東日本大震災から2年』と題し、新聞やTVではあまり取り上げていない、蜂の近くでの話題を取り上げてみました。



津波被害復興状況
やっと被害を受けた建物の取り壊しが終了しました(蜂の家の前の状況)
2011年3月末の写真
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2013年3月11日(今日)の写真
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2013/2/1

偶然の遭遇と無縁ではない東日本大震災復興  東日本大震災
蜂の住むいわき市は東日本大震災の全て(地震・津波・原発事故)の被害を受けています。あれから間も無く2年、復旧工事も徐々に進んではいますが、未だ地震被害の被災建築の解体なども継続中です。




 先日ある会議に出席しました。帰宅途中、蜂の前を走る軽ライトバンのナンバープレートを見ると沖縄ナンバーでした。いわき市で沖縄ナンバーを見ることはまずありません。蜂は始めての体験でした。珍しいので、信号待ちをしている間に携帯(電話)のカメラでその車を撮りました。その車の横にもう1台信号待ちをしている軽ライトバンのナンバープレートに目を移すと、釧路ナンバーでした。沖縄と北海道のライトバンが蜂の車の前に2台並んで走っていたのです。次の信号で釧路ナンバーの車も写真撮影しました。

沖縄ナンバーの軽ライトバン
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釧路ナンバーの軽ライトバン
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東日本大震災復旧復興工事の関係者や原発事故処理関連の関係者が日本全国から来ているようですが、北の北海道、南の沖縄の車、しかも軽ライトバンが2台並んで走る光景なんてめったに見られないと思います。また、わずか1km程度の道程の間で2回の信号待ちがあり、暗い中フラッシュも無しに2台の車のナンバープレートを撮影出来たのは、偶然に偶然が重なって出来たことと思っています。しかし、東日本大震災後2年近く経っても、復旧復興工事や原発事故処理はまだ始まったばかりであるという証であることも事実です。
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2012/9/13

震災1年半の雑感  東日本大震災
東日本大震災から1年半が経過しました。蜂の住む地域も徐々に復興しつつありますが、復興にはほど遠い状況です。地域の産業基盤であった漁業も廃れてゆく一方だったところに、原発事故による操業自粛(実質的には操業禁止)が続き、再開の目途も立っていない状況です。操業開始されたとしても、風評により獲った魚が売れるかどうか分かりません。そう考えると、この地域の完全復興は望めないのでは‥?とも思われて来ます。また、震災1年半が経過した現在でも妻の友人は行方不明のままです。この行方不明捜索も時間の経過とともに難しさを増しているようです。東日本大震災1年半を迎え、蜂の雑感を記してみました。

行方不明のままの妻の友人:右端(左:蜂の母 中央:蜂の妻)
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2011/11/14

東日本大震災から8ヶ月  東日本大震災
東日本大震災から8ヶ月が過ぎました。地震・津波・原発事故被害そして風評被害から徐々に復興しつつある福島です。しかし、福島県から他の都道府県に避難している人たちが5万8千人(10/20現在)を超え、その数は今も増え続けているとのことです。一方、観光施設の再オープンやグランドオープンのニュースが多く聞かれるようになって来た蜂の住むいわき市です。

県外避難者の状況を伝える新聞記事(参照資料:福島民友新聞社)
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福島県民の避難先都道府県と人数(参照資料:福島民友新聞社)
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