2015/3/16

中之作港津波の碑 除幕式  地元の話題
4回目の東日本大震災の碑を迎えた3月11日(水)『中之作港津波の碑』の除幕式が、いわき市長はじめ国会議員や県議会議員など16組の来賓の方々を迎え旧中之作港で執り行われました。新聞やTV局などメディアも取材に大勢訪れ、華やかな除幕式となりました。

中之作港津波の碑除幕式の模様
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 中之作港津波の碑は中之作折戸モニュメント委員会中心となって建立した碑です。その中心になったのが、91歳になる蜂の伯父です。伯父はかつて自身が漁業やワカメの買い付けで訪れていた三陸海岸の津波の体験から、津波に襲来には早く避難することが最も有効な手段であることを習得していました。伯父は区長を務めていた時には、自主防災組織を立ち上げたり、非常時の避難訓練を行うなど、防災時の備えに積極的に取り組んで来ました。以後地域ぐるみでこれらを実行し続けていました。

考え深げに除幕式に臨む伯父
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 そんな日頃の訓練が生き、中之作港に押し寄せた5mの津波にもかかわらず、中之作の住民の津波による犠牲者は出ませんでした。伯父は、この事実を踏まえ津波に際は、いち早く避難することを後世に伝えるべきと、津波の碑の建立を、残された人生の集大成とし取り組みました。

3.11当日中之作港を襲う津波(写真撮影:伯父)
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 伯父は、津波被害で解体された中之作港漁民センターのかつての運営委員に呼びかけ、中之作折戸モニュメント委員会を設立し、津波の碑の建立に着手しました。その趣旨に賛同したいわき市からの補助金も出され、構想から約3年の歳月をかけ実現しました。

伯父の念願が叶い完成した中之作港津波の碑
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中之作折戸モニュメント委員会のメンバー
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 除幕式はいわき市立永崎保育所の子供たちも参加しました。同保育所に通う東日本大震災の年に生まれた子供2名と、中之作に住み同年3月9日に生まれた子供の3名により除幕されました。これらの子供たちは津波についての記憶は無いはずです。しかし、津波の碑の除幕に立ち会ったことは記憶に残ると思います。この子供たちが間違いなく津波の碑の教えを伝えてくれるものと思います。

除幕した3人の子供たち
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参列者全員での記念写真
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