2011/6/13

震災から3ケ月 永崎小の児童たちは今  東日本大震災
東日本大震災発生から3ケ月が過ぎ、津波の被害を受けた地域のガレキも撤去され、復興の兆しを目で確認出来るようになって来ました。先日、被災したいわき市立永崎小学校の学校評議員会が、間借りをしている江名小学校で開催されました。学校の現状や課題、復興の見通しなどの報告と、その解決策などの意見交換がされました。また、震災発生当時から現在に至るまでを振り返った『東日本大震災から80日、永崎小校長に聞く』と題した地元新聞記事(いわき民報:5月31日掲載)が紹介されました。震災発生時から現在にいたるまでの永崎小学校の様子が紹介されています。今日はその記事を、蜂の手元にある写真を添えて掲載いたします。

学校評議員会の様子
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東日本大震災から80日
永崎小校長に聞く
3・11からこれまでのこと


高澤校長
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 「さようなら」6年生のいつもどおりの元気な下校のあいさつを聞いたわずか10分後だった。激しい揺れに、校庭へでると、校舎が横揺れしているのを目にした。学童クラブの児童たちは、泣きながら飛び出してきた。学校の脇の川は不気味に波打っていた。

 海に向かって歩く児童たちの姿が目に入り「行っちゃだめ!こっちに来なさい」と呼びかけ、校庭へ連れ戻した。恐怖におびえる上級生たちをなだめ、「避難訓練を思い出して」と、学校裏手の高台にある洋向台への避難を指示した。

 戸締りのあと、高澤校長と教頭、事務職員も近くの高齢者の手を引きながら洋向台へ向かい、集会所に身をよせた。「命が助かったことに感謝してがんばろう」、その場にいた職員や児童などにそう呼びかけた。
 
 その夜、教頭ら一部の教諭が学校の様子を見に行った。帰って来た教頭の手にあったのは、泥だらけになった高澤校長のバッグだった。バッグを受け取ったあと、教頭から「校長先生の車が、校長室の廊下にありました」と耳打ちされた。それは、すべてを知るに十分な一言だった。「『はい、わかりました』と答えました。津波が来たことは分かっていても、どんな状況かは分からなかった。でもその一言で、学校に何が起きたかが分かったんです」。

 集会所で一夜を明かし、学校へ足を運んだ。「1年生の教室、校長室、事務室、会議室、体育館が全滅だった」。机や椅子はすべてひっくり返り、教材が泥まみれになっていた。

泥まみれの教室 廊下には校長の車も流入(写真提供:福島民友新聞社)
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 児童たちの安否確認を行いながら、片づけを始めた。保護者たちは「こんな学校、子どもたちには見せられない」とつぶやき、涙をこらえて作業に当たっていた。
 同時に高澤校長は毎日、4ヶ所の避難所を回り、子どもたちを励ました。新学期が始まるまで、無我夢中の3週間だった。


 4月6日には、被災した7小中学校合同の入学を祝う式が文化センターで行われ、震災以来、初めて児童たちが顔をそろえた。入学を祝う式では、44人の新入生のうち、43人が出席した。そして、卒業式が中止になっていた卒業生へは、新しい証書を準備し、ようやく手渡すこともできた。ほとんどが欠席することなく、顔を見せてくれたことに、胸がいっぱいになった。「江名小でみんな一緒にがんばろう」、そう呼びかける高澤校長を、児童たちは真剣なまなざしで見つめ、話を聞いていた。

 「みんなが一生懸命に、子どもたちのためにと心1つにして頑張ってくれている」。児童たちのバス通学でも、PTA役員や教員が総出で午前6時半から付き添いなどに当たっている。児童たちを思う気持ちが、みんなの心をまとめていることを感じている。

児童たちのバス通学にはPTA役員や教員らが協力している
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 当初は不安もうかがえる児童たちの様子も、少しずつ本来の姿を取り戻し始め、学校には笑顔が戻ってきた。バスで海を通りかかるときにも「あの時は遊んでいて怖かった」など、話をできるようになってきた。ある時、バスで下校する児童たちと歩いていると、1人の女児がうれしそうに声を上げた。「先生、タンポポが咲いているよ!」。足元にひっそりと咲いていた花に、高澤校長も足を止め、「本当だ。きれいだね」と応えた。「ハッとさせられた」。日常のちょっとしたことにも気づけるような心が戻ってきたことが、うれしくてたまらなかった。

 津波の大きな被害を受けた中で、同校へはさまざまな支援の手が差しのべられた。その1つは本の寄贈だった。低学年向けの図書室は1階にあり、本は流失してしまった。それを聞いたという人から、全国から寄せられた児童書を手に訪れたこともあった。名前を聞いても名乗らず、「負けないで」など温かなメッセージが入った本を置き、立ち去ったという。

全国から児童書はじめ多くの物が寄贈された(写真提供:希望の本ホットライン)
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 泥にまみれた校舎の清掃では、保護者のみならず、ボランティアとして市内の郵便局長も作業に加わってくれたほか、自衛隊も活躍してくれた。小名浜出身の女性が、勤務する会社の代表とともに文具を携え訪れたこともあった。1つ1つのできごとは、人の温かさを教えてくれる。「苦しいこともあったけれど、子どもたちには人の温かさを感じ取ってほしい。助け合いの気持ちを伝えたい」。

市内の郵便局長のボランティアに児童も協力(写真提供:福島民友新聞社)
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永崎小から江名小への机や椅子の移動には自衛隊が協力
(写真提供:陸上自衛隊 第13旅団ホームページ)
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当り前な幸せをかみ締める日々
戻る日 目指し 精いっぱいの努力を



 児童たちの帰り際に「また明日ね」と声を懸けると、「また明日!」と元気な声が返ってくる。これまで当たり前だった日常のやりとるも、どんなに幸せだったのかということをかみ締める毎日だ。児童たちが学校に来てくれること、「学校は楽しい」と言ってくれるのも大きな励み。児童たちの「素直で元気で明るく、笑顔いっぱい」という良さを失わないためにも、「そのためにできることを、児童たちに寄り添いながら、精いっぱいやって頑張りたい」と今一度誓いを新たにする。そして、いつか元の校舎へ戻る、それは大きな願いだ。地区の人たちからも「また戻るのを待ってるよ」と声が寄せられている。「いろいろな方たちの支えがあって、今がある。楽しみに待っている方たちのためにも、頑張る姿を見せたい」、児童たちにも負けない笑顔を浮かべた。

江名小で頑張る永崎小の児童たち
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教職員、PTA、江名小学校など多くの人たちに支えられ永崎小学校の児童たちは毎日頑張っているようです。しかし、問題は山積しています。夏の暑さ対策に扇風機の利用を考えているが、電気の容量不足をどうするか?窓を開けての授業には放射能問題が立ちはだかっています。収納棚の不足に収納棚の寄贈の申し出もあるが、置くスペースが確保出来ないなどなど‥‥。あちらを立てればこちらが立たないと云うようなことばかりです。学校評議員会でも対策を協議しましたが、結論を出すことは出来ませんでした。問題の解決の最良の方法は元の校舎に戻ることしかないようです。
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