「美味い店ありますよ!」
撮影を終え、帰路に着いたハジメちゃんは私に言いました。
同じ老中役で同じシーンの相手役が、なんと25年前に共演した井上肇くんだったのです。
撮影所でプロデューサーに紹介され、私たちは思わぬ再会を果たしました。
かって知ったる劇場や稽古場と違い、撮影所は、まして太秦は、誰も知り合いはおらず、それは心細いものです。
そんなところに知人が、それも同じシーンの相手役だったというのは本当に幸運でした。
早朝から数時間に及ぶ撮影を終えた私たち、当然のごとく「先ずはビール!」です。
ハジメちゃん行きつけのラーメン屋が京都駅近くにあるそう。溜り醤油を使った真っ黒なスープで、この地へ来るたび必ず食べるのだそうです。
「新福菜館」、テーブルに着いた私たちは早速、グラスに茶色い液体を注ぎました。
「おつかれさま!」
キンと冷えたビールがゴクゴク音を立てて喉を通ります。
風呂あがりのビールも美味いですが、一仕事やり終えた後の一杯とは比べものになりません。
五臓六腑に染み渡りますなぁ・・・!
ラーメンも美味かった!
本当に真っ黒のスープなのに、少しもくどくなく、溜り醤油の甘みがチャーシューの脂身と一緒になって絶妙のハーモニーでした。仕事の後には理想の店です。
今度京都に来たら、ぜひまた行こうと思います!
ラーメンを一気にすする肇ちゃん。
左下は空になったおつまみチャーシュー。
京都は朝から大雨でした。
朝八時にホテルを出発、撮影所にて先ずはカツラを付けます。
舞台と違って映像ですから、羽二重(薄布にビン付け油を染み込ませた、頭の剃り込み部分)と実際の肌との境が分からぬよう、床山さんが丁寧に埋めていきます。
一時間近い大変な作業でした。
カツラの後はメイクさんが受け継ぎます。
これまた舞台と違って、できるだけナチュラルな映像メイクです。女性のスタッフさんが丁寧にやってくださいました。
先月、天国へ行ったヘアーメイクのTさんを思い出し、ちょっぴり目頭が熱くなります。
ちょんまげを結ったおじさんたちのバスは豪雨の中、ロケ地に到着しました。
妙心寺、広大な敷地に建つ、歴史の趣を感じさせる立派な寺です。
先発隊がこの中に城中のセットを組んでいます。
重々しくも美しいセットでした。
控え室で早速、衣装を付けます。長袴(ながばかま)ですので、現地での着替えです。
襦袢から裃(かみしも)に至るまでのフル装備、7月の京都でこれはかなりの暑さです。
控え室は冷房が入っていましたが、セット内は(音響の関係で)入っておらず、おまけに照明と人いきれで、かなり苛酷な環境でした。
いちばんしんどかったのが正座です。
「太平洋序曲」公演で膝を悪くした私にとって、この姿勢は暑さ以上にきついものでした。
監督の三池さんはシーン説明を非情に丁寧にやられます。
イメージに合うまで、テスト、本番テスト、本番と、何度も何度も繰り返されました。
額からは汗が零れ落ち、脚はしびれるどころかうっ血していきます。
しかし、こんな過酷な環境の中でも、わたしは根を上げるどころか楽しんでいたのです。
舞台もいいですが、映像もいいですね・・・!
ここのところ続けてきた発声練習も良かったと思います。
気のせいでしょうか、スムーズに台詞を吐けたようです。
撮影も大詰め、大老が上様のご沙汰を伝えるカットです。
一人の俳優が奥から現れ出ました。
長袴を蹴り上げ、つつっと前へ進み、美しい所作で座ると、おもむろに言葉を発します。
なんという存在感、そして、なんという張りのある声・・・!
名優、平幹二郎さんです。
間近に正座する平さんの腹筋は台詞を吐く度に大きく波打ちました。
そして、そこから発せられる言葉はまるで槍のようにズンズン私達の心に突き刺さってくるのです。
まさに腹からの声、それが城中に響き渡り、ピンと張り詰めた空気が京の熱気を瞬く間に支配していきます。
老中を演じながらも、名優の演技を、目を皿のようにして観察する私でした。
過酷でしたが、本当に楽しい仕事でした。
今、私の体は心地よい疲労感で一杯です。
平さんとは11月の舞台でご一緒するようです。
山のように観察して、山のように勉強させてもらうつもりです。
さあ、撮影で二日休んでしまいましたが、今日からまた歌稽古の再開です。
あの「波打つ腹筋」・・・
必ずや盗まんと、虎視眈々の私でありました。
「平さんの演技もしびれたけど・・・
足もしびれた・・・」

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