たった今、愛猫ぎんじろうにしばしの別れを告げ、後ろ髪引かれる思いで、大阪に向かいます。
「おとなしかったですよ」
入院先の看護士さんがにこやかにおっしゃいました。
我が家へ来てから初めての“外泊”…
そうか、病院嫌いのぎんちゃんが…でも、それがぎんちゃんの本来の姿なんですよ。
手術は昨日の昼、無事終了しました。
摘出した左目には縫合した後も生々しく、おでこにちょっぴり血の跡があります。
でも、右目はぎんちゃんらしい、あのまあるい目のまんまでした。
もっとぐったりしているかと思ったら、とても元気です。
「がんばったね、ぎんちゃん!」
私が言うと、エリザベス・カラー越しに「にゃあ」と、小さな声で鳴きました。
発端はあの日、10月19日、披露宴ショーの翌日でした。
ぎんじろうの左目が真っ赤に充血しています。
病院へ連れて行くと、何かにぶつかったかもしれないと言われました。
翌日には赤みも引いて、普段と同じ目に戻ったので、しばらく目薬で様子を見ることにしたのです。
しかし、数日後、再び同じ症状があらわれました。心なしか元気もありません。
かみさんがネットで調べて、目を専門とする獣医を近くに見つけました。
先生の判断は緑内障でした。
眼圧も高く、視力はほとんどないとのことです。
とりあえず別の目薬を試しました。
ちょうど「反逆児」の稽古真っ盛り、私の頭は生駒の役作り、そして、ぎんじろうの目でいっぱいした。
まがりなりにも今日までやれたのは、丁寧にアドバイスを下さる演出家の斎藤先生、私の日本語を矯正してくれた友人、末次さんのおかげです。
お二人には深く感謝しています。
10月31日、私がパソコンに向かっていると、背後から奇妙な音が聞こえてきました。
不規則なその音はびっこをひいている足音ようで、初め、(右脚のない)ためおかと思いました。
しかし、音の持ち主はぎんじろうでした。
ぎんじろうは私の横でバタンと倒れ、一度あお向けになると、再び立ち上がり、また歩き始めます。
その姿を見て私はぞっとしました。
右前脚が関節からぐんにゃりと手前に折れ曲がっていたのです。
左目は以前にも増して真っ赤に充血しています。
そして、彼は再び倒れると、唸り声をあげ、苦しそうにもんどりうちました。
ご近所のミスタースッシーが車に乗せてくれました。
こんなときは、本当にありがたかったです…
診察の結果、眼圧は右が正常値の2でしたが、左は5もありました。
間違いなく緑内障で、さらに、眼球の奥に腫瘍があるかもしれないとのことです。
脚はレントゲンで見る限り骨折はしておらず、神経の麻痺らしいです。
ひょっとすると…
「腫瘍が転移したのかもしれませんね」
先生は言いました。
そして、下された治療方針は、
「左目眼球摘出」
だったのです。
その日、稽古場ではなんとか集中していたものの、帰りの電車で、私はあいつのことばかり考えていました。
大人になって捨てられたぎんじろう。
もう、十分傷ついているだろうに、今度は目まで取られるなんて…不憫でなりません。
その夜、私はリビングで寝ました。
ぎんじろうはいつも私の枕元で寝ます。
ベッドで寝たら、あの麻痺した脚では、間違いなく落ちてしまうでしょう。
夜中に何度も目が覚め、そのたびにぎんじろうの息を確かめました。
去年の12月6日、がんじろうの呼吸は止まっていたからです。
スピスピ寝息をたて、ぎんじろうは穏やかに眠っています。
私は思いました。
「目なんか一個ありゃいい…脚なんか3つあったら十分…生きてりゃいいんだ…」
11月2日、手術日。
あいつ、おれの休みの日を知っていたのでしょうか。
病院まで連れて行った後、あいつが頑張ってる間、私も頑張りました。
負けてはいられません。
台詞の稽古と久しぶりに歌稽古しました。
さんざん大声出したら、さんざん喉を枯らしてしまいました。(笑)
小包が届きました。
ホームページで知り合ったクリスマスローズの愛好家が株分けした苗を二つも送ってくれたのです。
お気に入りのグリーンバイカラーWと原種交配の花、数ヶ月前の約束をちゃんと覚えててくれたのです。
こんなときでしたから、なんだか、ぐっときました。
摘出した眼球と、数値の高かった肝臓の組織を検査に出したそうです。
結果は一週間後、抜糸の時には分かるでしょう。
ともあれ、ぎんじろうは、麻痺した脚と閉じた左目以外は普段通り、むしろ元気です。
あいつ、飲み過ぎのご主人を注意するために、肝臓の数値をあげやがって…
腫瘍だって、ひょっとしたら、おれのを替わりに取ってくれたのかもしれません。
ありがとう。
おれもがんばるから、おまえもがんばれ。
どえりゃー高かった治療費だけど、大阪でかせぐから。
心配するな。
ありがとう、ぎんじろう…
とにかく…
生きててくれて。
手術直前のぎんちゃん


38