クリスマス・ローズが枯れてきた。
岸和田近くで買った、お気に入りの原種、コルシカ島出身のアウグチフォリウスくんだ。
買って二日目には葉に黒い斑が入り始め、広島から高知に来たときにはほぼ壊滅状態…
図鑑で症状を照らし合わせると、カビ系の病気らしい。
涙ながらに、痛んだ葉を切り取る。
急いで薬を施さなくてはならない。
高知に着くや否や、あちこち探し回る。
が、どこにもない。
そうこうしているうちに本番の日となった。
このままでは、株ごと枯れてしまう。
「近くにホームセンターないすかね?」
マチネが終わって、ケイタリングのお姉ちゃんに聞いてみた。
どこの劇場でもこの係は地元の方がやっているからだ。
「ありますけど…遠いですよ」
担当の女性が言う。
「大丈夫、チャリで行くから」
新潟では地平線の彼方までこいだ私だ。
少々の距離など恐るるに足らずである。
(あほか…)
「何をお探しですか?」
なにを…!?
はて、答えるにはちと恥ずかしい…
「あの…」
私はエロ本を万引きした高校生のようにどぎまぎした。
「…農薬です」
「は!?」
「ノウヤク」
彼女はもう一度確認する。
「ノウ…」
「イエス!」
そんなこと言ってる場合じゃない。
私は内情を詳しく説明した。すると、
「急ぎますか?」
と、彼女が尋ねた。
「あ…明日、買いに行こうかと…」
「行きましょう!」
「へ?」
「夜の部が終わるまでででいいです?」
「いいです…いや、よくない。自分で行きますよ!」
「大丈夫。どんな花で、どんな症状なのか、ここに書いて下さい」
そう言うと、彼女は有無を言わさずメモ用紙を渡し、そして、あれよあれよという間に薬を買ってきたのだ…
「おだいじに」
彼女はこともなげに言う。
今日初めて会った旅人に、なんという親切…!
かくして私はめでたくホテルで農薬をまけたのである…
「わも(私も)、広島でケイタリングのお姉さんに優しくされたはんで…」
共演者イタピョンも感動話を披露してくれた。
彼は百均でハンガーを買いたかったのだが、二回公演が終わるころには…
「店、閉まってまう」と、困っていると、ケイタリングのお姉ちゃんが「私が買ってきましょう!」と、申し出てくれたのだ。
都会だったら、
「あ、そ」
で、終わりである。
地方の「いい人率」は格段に高い。
優しさばかりではない。
気質も穏やかである。
農薬をまいた翌日のこと、高知城の近くを歩いていたら、突然、背後で物音がした。
自転車に乗って後ろから来ていた女子高生が私に道をふさがれ、ハンドルを切りそこなったのだ。
文句のひとつも言われて不思議ではない。
だが、信じられぬ光景を私は目にする。
なんと彼女は「恥ずかしそうに私の横を通り過ぎて行く」ではないか!
…
都会だったら、
「けっ」
の舌打ちは免れず、へたすれば、
「ざけんなよ!」
の罵声である。
それが地方ではなんと「はにかむ純情」ではないか…
私はしばし、呆然と立ちつくすのであった。
枯れた花のことを、買った店に写真付きで詳しくメールした。
すると、すぐに返事がきて『同じものを送ります』と、丁寧に謝罪してきた。
私は、はっと思いついた。
ついでにアレも送ってもらおう…!
同じ店で買い損なって後悔していたダークネクタリー(花の中心部が黒っぽい、珍しい種類)だ。
「買うことになってたんだよ。縁だね…」
ヒギンズ教授、カズが言った。
「そうかもね。いや、嬉しいよ、おれ!」
「わかる。おれもそういうことあるもん」
カズとハルパパ、二人はこのカンパニー有数の情熱コレクターなのである。
カズは知る人ぞ知る「CD収集家」なのだ。
訪問する各土地ごとにCDを買い集め、その数は半端ではない。
「大阪は収穫なし!」と言って八十七枚買い、「富山はいいねえ!」と、言っては五百六十枚買う男なのだ。
「今回のツアーで千枚は超えたね!」
カズは満足げに言う。
私も負けない。
「おれも、あの店のおかげで、欲しいやつかなり買い揃えたよ!」
あの店、泉佐野の「金久」という花屋、ケイタリングの姉さんたち共々、親切と良心に満ち溢れる…満場一致の地方遺産である!
(左からイタピョン、ハルパパ、カズ)


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