何気にテレビを付けたら、亜門さんが写っていた。
「世界の喉自慢」という番組。
外国人に日本の歌を日本語で歌い競わせるというコンセプト。これがどうして・・・
実に素晴らしかった。
とにかく、みんなうまい。
しかも、日本人以上に日本の心を理解している。
例えば、「ふるさと」(♪うさぎ追いし・・・ってやつ)を歌ったジャマイカの黒人青年ルーカス。
おれ、不覚にも泣いちゃった。
ジャマイカって、カリブ海に浮かぶ常夏の国、あの世界最速男ウサイン・ボルトが生まれたとこ。
およそ日本とは風土も、国民性も違う、そんな国の人間が「いかにいます父母、つつがなきや友がき・・・」で視聴者を泣かす。
「歌は心だ」ってこと、つくづく思い知らされた。
だが、実は彼、技術も使っていた。
ルーカスはゴスペルのフェイク(即興でメロディーを変える、えてして高音をうまく使う歌い方)をさりげなく使っていた。
これが、あの地味な唱歌にきらめきを与えていたのだ。
前回の優勝者、アメリカのニコラスが登場したら、驚きはさらに加速する。
とにかくピッチ(音程)が驚くほど正確でレンジ(音域)が広い。
下から上までどの音も、高目でもなく(♯せず)低めでもない(♭しない)、ど真ん中のストライク。
90球投げて、90球全部、ど真ん中ってありえんでしょう。
でも、彼にはひとつ欠点があった。
球種が全部ストレート、そう、張りのある地声だけなのだ。
だから、決勝戦で二曲目を歌ったとき、その歌い方にバッターは目が、いや、耳が慣れてしまった。
優勝したのはハンガリーからやって来た少女、アンナ。
一曲目は地声で最高得点をたたき出し、二曲目で彼女はミックス(強い裏声)のハイトーンを自在に駆使。
地声、裏声、ミックス、ジラーレ(後頭部を経由して前へ出す歌い方)その四つそれぞれに強弱をつけ、都合八種類、見事に使い分けていたのだ。
地声のハイトーンは素晴らしい“張り”、そして、思わずうなったのは低音の正確さ。
微塵も♯せず下がりきっていた。あの高音からこの低音へ行けるとは、なんというレンジの広さ。
しかも、その全部にドラマがあった。
日本語の歌詞をハンガリーの少女が完璧に理解し、腑に落とし、表現している。
素晴らしかった・・・
テレビなのに、おれ、立ち上がってブラボーの大拍手。
審査員の亜門さんは、
「アンナ、あなた、天才です!」
同じく審査員の森くみちゃんはハンカチで涙をぬぐいながら、声を詰まらせる。
「あたしね、こんな小娘にここまで泣かされるとは思いもしなかったわ・・・!」
小娘・・・?
そう、アンナはまだ15才の少女だったのです。
・
いるんだよ、世の中には「天才」が、モーツァルトみたいな。
ハンガリーって、オーストリアの隣国だよね。
あの子、ヴォルフガングの末裔かも・・・
じゃ、遠く離れた日本の凡才は・・・
地道に勉強して、時間かけて、積み上げるしかないわさ。
・
千の声を駆使する少女、アンナ。

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