その瞬間、時間が止まった。
私は立ち尽くし、食い入るように彼女を見る。
雪が頬に降りかかる・・・が、少しも冷たさを感じない。
都会の真ん中で、喧噪さえも消え去った。
五年間追い求めてきた理想の美・・・
妥協しては飽き足らず、また探し求める。
その繰り返し。しかし、今、その彼女が目の前に。
条件をすべて兼ね備えた究極の美・・・
それがすぐそこに・・・
愛らしい小顔・・・(なんと可愛い小輪・・・)
透き通る美白・・・(妖しい美緑・・・)
くっきり二重・・・(どっきり八重・・・)
すらりと伸びた八頭身・・・(完璧な二十四頭身・・・)
そして、五年間追い求めてきたこの黒髪・・・
(この・・・黒花弁・・・!)
見つけた。
ついに見つけた。ブラック・グリーン・バイカラー・ダブル!
2014年2月15日、記録的な大雪の翌日、長靴を履いたおじさんが一人、雪道に足を取られながらも大汗かいて駅へと向かう。
雪はみぞれに変わった。傘を持つ手がもどかしい。
かみさんは先に出かけたが、昼過ぎには戻るだろう、急がなくては。
目指すは表参道新潟館ネスパス、毎年開催されるクリスマスローズフェア、訪れるのも今年で三年目。
結構レベルの高い品ぞろえで、価格も良心的。
毎回、何かしら買い求めている。
だが、まさか、三回目にして出会えるとは・・・
これぞ「三顧の礼」ってやつか。
うふ・・・
今までも濃い紫はあったけど、こ、これは・・・黒い。
しかも、型が良くて、理想の小輪、ほぼ一円玉大。
衝撃的なのは、グリーンの内弁に稲妻のように走る真紅のベイン(血管模様)。
寒さを増せば紅葉して、ますますくっきりしてくるだろう。
花はこれでもかと美条件を見せつける。
展示棚には他にも美しい花は百花繚乱なのだが、一切目に入らない。
コールドバレリーナの中で唯一スポットを浴びるプリマなのだ。
唯一、躊躇するとしたら、その価格だろう。
さすがに340円ってわけにはいかない。
今年は例年より安く、かつてはうん万もした花が3千円、4千円で並んでいる。
しかし、この子ばかりは別格だ。
今年は仕事も厳しいし、「もう買わない!」
・・・って、かみさんに宣言したばかり。
ここに来たことさえ大統領警護並み極秘裏の行動。
猫たちにも固くかん口令を敷いてきた。
「気に入ったのありますか?」
店員風のお兄ちゃんが聞いてきた。
「はい・・・」
私はうつろな目で彼女を差し出す。
すると、店員は意外な顔をして言った。
「あれ・・・!?こんなの持ってきたかなぁ・・・?」
「・・・持ってきたって・・・まさか・・・」
「はい」
「お兄ちゃん交配したの!?」
「はい」
「すげえ!」
「はい・・・」
「じゃさ、価格の権限とかも持ってるの?」
「はい」
千円負けてもらってレジを済ませた。
聞けばお兄ちゃん、信頼のブランド「本間交配」の二男さん。
道理で品のある物腰、接客だった。
アンケートに住所・電話番号を記入、次回のお知らせとか送ってくれるらしい。
「フェアの印象欄」;もちろん「大満足!」。花丸まで付けた。
地下鉄に乗ってから店に傘を忘れたことに気付いたが、そんなもの、どうでも良かった。 袋からのぞく小さな花・・・おお・・・なんと美しい!
おっと、見とれてる場合じゃない、一刻も早く帰って、アリバイ作りしなくては。
かみさんが帰ってくる前に花を花壇に紛れ込ませないと。
猫たちはかつぶしで買収だ!
究極の花に会い、創った本人に負けてもらい、苗までおまけにもらって、アリバイも周到。
これぞまさしく完璧なお買いものだった。
だが、たったひとつだけ大きな問題があったのだ。
電話かかってきて、かみさんが取った。
彼女、黙って聞いていたが、受話器を私に差し出すと・・・
言うてん・・・
「電話、表参道の新潟館から。傘忘れたって」

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