直人からメールが来た。
「リハビリの担当者がびっくりするくらい回復が早くて、彼らの予想がおいつかなくて怒ってるぐらいです・・・」
おいおい、ほんとかよ・・・!
すぐに返信。
「おまえ、正月には箱根駅伝で走ってるんじゃない!?
飛ばしすぎないで、じっくり治せよ。
メリークリスマス!」
「愛の唄を歌おう」稽古場。
あるシーンの稽古中、なんだか私、心ここにあらず。
目の前のあの場所にいなきゃいけない。
分かっているのに、椅子に座って傍観してる。
「あれ?なんで治田、そこにいんの!?」
明るく元気な亜門さん、すかさずツッコミを入れてくる。
「なに、家庭の問題でもあった?」
みんなは大笑いだ。
翌日、自分の出番を終え、ちょいとトイレに行き戻ると、スタッフさんが「治田さん、亜門さんが探してますよ!」
どうやら、ダメ出しがあったらしい。
「すすす、すいません、家庭の問題があるもんで!」
しっかりギャグで応酬。
衣装パレードの待ち時間、椅子に座ってボーっとしてると、目ざとく亜門さんが見つける。
「なに、おじさん、疲れた顔しちゃって・・・」
にこにこ笑いながらやってきた。
「どうしたの?本当になんか問題あるの?」
ちょいと真顔で聞いてくる。
「大丈夫すよ!人も猫もみんな元気!!」
と、答えたが、ふと考えれば、あった、ひとつだけ、
「家庭の問題」・・・
我が家にはためおくんっていう白黒猫がいる。
彼は仔猫の時交通事故にあい、右脚としっぽがない。
初めて会ったとき、思わず「おーい、ためおくん」って口に出たもんで、名前は「ためお」。根拠はない。
「太平洋序曲」でアメリカに行く直前に引き取った。
病院の狭いケージの中で半年暮らしてたから、筋肉は衰え、初めてうちで放した時、蛇のように床を張い、テーブルの下に潜り込んだ。
直人が3時間かかって10メートル脱走したようなもんだ。
二日間飲まず食わず、ひたすらダンボール箱の中に引き籠った。
その心を開いたのが故がんじろうだ。
やつは劇団四季通用口にある日突然現れ、浅利先生も一目置いた大物。
猫エイズ(人には感染しない)のキャリアだったが、10年間元気に暮らした。
なんとも優しく大らかで、あんないいやつを私は他に知らない。
帝劇「エリザベート」の本番中に逝ったから、暗い袖はもちろん、ルドルフ葬儀のシーンじゃ、1800人の観客の前で大泣きした。
公私混同もはなはだしい。
心にぽっかりと穴が空き、しばらくは未亡人のように泣き暮らした。
知り合いのアニマルコミュニケーター(動物と意思疎通のできるひと)が「雲になって戻ってきますよ」って言うんで、毎日のように空を見上げてた。
ためおくんはがんじろうを慕って、みるみる元気になった。
そして、三本足なのに誰よりも速く走れるようになった!
そのためおくんが二か月前からぱったり食べなくなった。
病院へ連れて行っても原因は分からない。
放っておけば死んでしまうので、強制給餌(我が家では愛情給餌と呼んでる)を施す。かみさんがフードを小さく丸めて口の中に入れ込むのだ。
ためおくんはいやがらず、必死で食べてくれる。
彼はすごい頑張り屋、がんじろう亡き後は我が家のリーダーとしてしっかり責任を果たしてくれている。
そのためおがいなくなる!?
私にはとても考えられないことだ。
三本脚なのに、誰よりも速えんだぞ!
愛おしくて、愛おしくてしょーがねえんだよ!!
太陽くんが旅立ったことも重なり、鬱々とした日々が続く。
「家庭の問題」
自分じゃ意識してなかったが、多分、それだったんだろう。
「リハビリの担当者がびっくりするくらい回復が早くて、彼らの予想がおいつかなくて怒ってるぐらいです・・・」
直人からメールが来た直後、突然、かみさんがけたたましい声で私を呼ぶ。
何事かと思い行けば、彼女は人差し指を私に見せる。
そこにはフードがこびりついていた。
「ためおくんが・・・食べた・・・自分で・・・!」
いつものように「愛情給餌」をしていて、ふと思い立ち、フードを彼の口元に持って行くと、自分からぺろりと食べたそうだ。
「ためおが・・・自分で食べた・・・50日ぶり!」
最高のクリスマスプレゼント、昨夜は全猫あげてのどんちゃん騒ぎ!
二月に逝ったムサシの遺骨まで参加だった。
「愛の唄を歌おう」
熱血教師、牧田先生が教え子たちを優しく天から見守るお話。
がんじろうが旅立って初めての正月、元旦二日、ふと誰かに呼ばれたような気がして、私は空を見上げた。
涙がぽろぽろこぼれた・・・
‘あいつ’は空から見守ってくれている。
夢とうつつを行ったり来たり。
そんな直人がいみじくも言った。
「はるパパ、あるんですよ、そういう不思議な世界・・・」
「メリークリスマス!」


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