ロイヤルティという言葉があります。
「著作権料」はroyaltyで、こちらはloyalty・・・
つまり「忠誠」です。
この忠誠には主従関係のような身分的な意味合いも含まれますが、今回私が目の当たりにしたのは、むしろ「献身」・・・
大いなる「愛」でした。
2013年、3月13日
ムサシは元気で家の中も歩き回り、他の猫たち、みんなともご対面。
これでうちの猫になるんだと、ほっとしていました。
ところが、夜から急に食べなくなり、とても息が苦しそう。
翌日もぐったりして、食事は全く受け付けません。
目はどこか遠くを見ているようでした。
3月14日
病院に連れて行きました。
レントゲン、エコー検査、簡易的に行った血液検査でも、これといった異常は見つかりません。
ただ、おしっこに黄疸があったので、肝機能が落ちているのかもしれませんが、しかし、それとて重篤なものではない、それが先生の見解でした。
あとは正確な血液検査の結果を待つだけです。
3月14日22時30分。
一緒に寝ました。
いつもなら、私が横になると、ムサシは突然ベッドの右手に出現し、枕の後ろを通って私の髪の毛を踏み、左側の布団に潜り込む、そして、ゴロゴロ言いながら体重を預けてきます。
でも、今は、ただ苦しそうにはぁはぁするだけ。
息がだんだん荒くなっていきます。
吐きそうで吐けない、そんな感じで、ひどく苦しそうです。
プーちゃんが心配そうに見ています。
プーちゃんはずっとムサシと一緒でしたから。
ムサシが私の腕枕に嘔吐します。
そして、何度かうめき、突然、かっと目を見開きました。
時間が止まりました。
目の前の光景がにわかには受け入れられません。
とても静かです。
きっと、数秒だったのだろうけど、とても長い時間・・・
ムサシは目を見開いたまま遠くを見ています。
どこか遠く・・・
突然、かみさんの泣き叫ぶ声が聞こえてきました。
3月15日午前5時
祭壇を創りました。
ベランダのクリロー畑で花を見つくろいます。
黒やら、紫やら、暗い色ばかり・・・
この時ばかりは自分の趣味を呪いました。
オークションのおまけでもらった白いクリロー、そして、お兄ちゃんからもらったゴールドとネオンを飾ります。
布団を敷き、祭壇の隣で横になります。
ぎんちゃんとミクシィがやってきました。
仲のいい「保健所コンビ」、巨大重量猫のふたりがそろって私のまたぐらで寝ます。
なんだか慰めてくれているようで嬉しかったけど、身動きが取れないのにはまいりました。
ぎんちゃんのゴロゴロが聞こえてきます。
ずいぶんと癒されました。
3月15日夜。
悩みました。
Mさんに伝えるべきか否か。
彼女は今、癌と戦っています。
もし、Mさんが知ったら、どうするか・・・?
初代ぎんちゃんが亡くなったとき、私は舞台で一か月大阪にいました。
覚悟はできていましたが、最後にもう一度会おうと、マチネが終わるや否や新幹線に飛び乗り、3時間だけ一緒に過ごして、とんぼ返りしたものです。
その数日後、ぎんちゃんは旅立ちました。
東京に戻るなりやったことは、彼の遺骸を抱きしめ、「よく頑張ったね」と褒めてあげたことです。
きっと、Mさんも同じ思いでしょう。
しかし、彼女は今、抗がん剤を投与され、“無菌室”にいるのです。
入院先の病院にも問い合わせましたが、やはり、動物を入れることはできないとの回答でした。
予定では彼女が退院するのは二週間以上先・・・
腐敗は進みます。
翌朝、電話が鳴りました。
Mさんからです。
大ウソをつきました。
心が痛みます。
でも、Mさんが感じるであろう痛みに比べたら。
3月16日夕方
動物病院から電話が来ました。
ムサシの正確な血液検査結果が出たのです。
やはり、どこにも異常はなく、肝臓の数値も普通よりちょっと高いぐらいで、とても命に影響があったとは思えないとのことです。
うちに慣れてきたと思っていたのに・・・
やはりMさんから離されたのは辛かったのでしょうか。
すると先生が言いました。
「ただ、白血球の数値が異常に低かったんですよ。
普通、5500から18500なのに、ムサシくんは1800しかない。これって、まるで・・・」
先生は不思議そうに言いました。
「・・・抗がん剤を投与されたみたいです・・・」
3月17日午後2時
顔馴染みのペット葬儀屋さんに相談して、ムサシはドライアイスで保存することにしました。
毎日替えれば、二週間は持つそうです。
Mさんの退院まで、ぎりぎりですが、なんとかなりそう。
自転車で町田の製氷店に行きました。
道でばったり音楽座のケイヤに会いました。
荷台の発泡スチロールを見て、
「治田さん、何してるんすか!?」
と聞きます。
「・・・魚屋になろうと思ってさ」
と、答えると、ケイヤは目を丸くしました。
「冗談だよ」
事情を話すと、ケイヤは泣きそうな顔になりました。
3月17日夜
Mさんから電話が来ました。
幾分元気そうな声で今週中にも退院できそうとのこと。
かみさんも私も‘そのこと’にはウソをつき通しました。
でも、本音もいっぱい洩らしたのです。
「ムサシくんって、ほんとうに優しくて、おだやかで、ゆったりしてるでしょ?おれなんか、せっかちで、すぐいらいらするから、ムサシくん見てると、もっとおおらかな人間になんなきゃって思うんですよ!」
すると、Mさんは嬉しそうにおっしゃいます。
「でも、いたずらもよくするんですよ!」
Mさんの笑い声を久しぶりに聞きました。
Mさんは続けます。
「実はね・・・」
鳥肌が立ちました。
「・・・私、14日の夜、とっても調子悪かったのよ。吐き気がして、白血球がすごく減ったんです・・・」
祭壇には猫仲間が綺麗な花を持ってきてくれました。
かみさんがお香を焚きます。
バニラの香り・・・とてもいい匂い・・・
ムサシもいい匂い、毛並みもきれいなまま、寝ているみたいです。
長毛のプーちゃんがそばにずっといます。
ムサシは寝室にいることが多かったのですが、そのときはいつもプーちゃんが一緒でした。
床でゴロリンしたのも一緒です。
他の猫たちもおおむね友好的でした。
クロードは会わせるなり、タッタッタと近寄り、鼻をスリスリさせました。モモちゃんに至っては、きっとタイプなんでしょうね、体をくねらせます。
ふうちゃん、シロミちゃんたちは我関せずって感じでマイペース。チノはフーッって唸りましたが、小さいので全然迫力ありません。
唯一、保健所コンビのミクシィだけが遠くから警戒していました。
ムサシが来る前まで、プーが私の枕元で寝ていました。
でも、彼は決して布団の中までは入ってきません。
中に入ってきたのは、がんじろう、むぎょちゃん、初代ぎんちゃん・・・
みんな旅立ってしまいました。
そして、ムサシが四代目だったのです。
たった十日間だけでしたが。
おれと寝ると、逝っちゃうのかな・・・
そう思いました。
プーちゃんはムサシがいる間はかみさんのベッドで寝ていました。
そして、その後も、もう私のベッドには戻ってはきませんでした。
3月22日
Mさん、退院。
3月23日
告げなくてはなりません。
胸がきゅーっと締め付けられます。
先延ばしにしようとも思いました。
でも、きりがありません。
思い切って、携帯を取ります。
Mさんは声がかすれていて、調子は良くなさそうです。
躊躇しました。
でも、ムサシの思いを、ムサシの大いなるロイヤルティを伝えなくてはなりません。
話します。
Mさんは声にならない声をあげました。
そして、二人の白血球が同じ日、同じ時、急激に減った話をします。
「ムサシくんの分まで生きてください」
ムサシに変わって伝えました。
かみさんんも泣きじゃくりながら伝えます。
ムサシがどれだけMさんのことを思っていたか。
そして、身を呈してMさんの苦しみを和らげていたことを・・・
心を込めて話しました。
言い忘れましたが、Mさんは医療関係の先生です。
果たして、こんな非科学的な話、信じてくれるのでしょうか。
しばらくして、かみさんは電話を切りました。
Mさんはこうおっしゃったそうです。
「神様のおぼしめしですね・・・」
ムサシは私たちの手で荼毘に付します。
Mさんの希望でした。
たとえ退院しても、生体は良いけれど、遺体は絶対に触れてはならないのだそうです。
「元気になって、お骨を受け取りに参ります。それまで、どうぞ、よろしくお願いいたします」
Mさんは「元気になったら」ではなく、「元気になって」と、おっしゃいました。「持ってきて」ではなく「自分で取りに行く」とも・・・!
嬉しくてなりません。
ムサシの「忠誠」が通じたのです。
「責任もって、お引き受けいたします!」
涙声のくせに、私は舞台発声で応えました。
ドライアイスを外したら、また、前のムサシに戻りました。
綺麗な毛並み、いい匂い・・・何一つ変わっていません。
猫たちみんなも名残を惜しみます。
じっと見つめていたプーちゃんが突然、祭壇に飛び乗り、においを嗅ぐと、小さな声でミャアとなきました。
我が家で一番の親友でしたものね。
ためおくんもクロードも別れを告げます。
そして、信じられないことも起きました。
ずっと距離を置いていたミクシィが・・・
ムサシにキスをしたのです。
3月23日夜
お花をいっぱい飾って、お別れ会をしました。
この十日間、大きな喪失感にさいなまれていましたが、ようやく区切りがつきます。
失ったものは大きかったけれど、得たものも大きかったです。イラチの私が彼のおかげで、優しさ、おおらかさを学びました。
これからの人生、切れず、焦らず、いらいらせず、ゆったりと過ごし、人にも猫にも優しく接していくつもりです。
かみさんがまたお香を焚きました。
バニラの香りがムサシの体を包みます。
かみさんは祭壇の隣にお布団を敷いて寝ます。
私は寝室で。
「ムサシが来るかもしれないもんね」
かみさんが言います。
私は鼻で笑いました。
でも、実は、ちょっと期待していたのです。
うちへ来て十日間、ムサシは毎晩一緒に寝てくれました。
あのやわらかなぬくもり・・・
今もこの脇腹に残っています。
プーちゃんは・・・
リビングの椅子で寝ています。
明かりを消して寝室に行きました。
ベッドに入って5、6分、疲れていたのでしょうか、すぐに私はうつらうつらし始めました。
すると・・・
タッタッタッタッタ・・・
振動音がします。
あ・・・
来ました!
彼はベッドの上に飛び乗り、いつも通り私の髪の毛を踏むと、私の左側に行きました。
そこがお気に入りの寝場所。
布団をあげ、中にうながします。
すると・・・
彼は入った・・・のでしょう。
だって・・・
とてもいい匂いがしましたから。
甘い・・・
バニラの香りです・・・
お別れ・・・ムサシとプー
3月24日朝5時半
ミャア・・・
小さな声で起こされました。
目を開けると、そこには・・・
やっぱり・・・
きっとそうだと思っていました。
プーちゃんです。
戻ってきました。
プーちゃんはベッドに飛び乗ると、私の枕を通り過ぎ、私の左側へ。
そして、中には入らず、枕元でゴロンと横になったのです。
おかえり。
喉をなでます。
ゴロゴロ、ゴロゴロ、聞こえてきました。
3月24日午前10時半。
ムサシを花でいっぱいにしました。
猫たちは、呼んでもいないのに、みんなリビングに集まります。
さあ、みんなでムサシを見送りましょう!
3月24日午前11時53分
ムサシは帰ります。
大好きなMさんのもとへ!!

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