小倉から関門海峡を渡り、下関にやってきました。
九州の真っ暗な海底トンネルを抜けると、そこはまばゆいばかりの本州です。
移動日、目指すは唐戸の街、目的は水族館でも市場でもありません。
童謡詩人金子みすずの足跡を辿るのです。
二十六才の若さでこの世を去った天才詩人、今から十二年前、私は彼女を題材にした朗読の舞台に出ました。
そして、奇しくもその時の共演者が石山輝男さん、「シャボン玉…」の源兵衛だったのです。
「…鈴と小鳥とそれから私 みんな違ってみんないい」
みすずの詩の良さは五七調を基調とする軽快なリズム、意表を突く言葉、その組み合わせ、そして何より、生きものに対する切ないほどの優しさです。
それは彼女の薄幸さから来ているのです。
金子みすず、本名金子テルは叔父が経営する本屋、上山文英堂の番頭と結婚し、一女をもうけました。
しかし、夫は本屋を首になり、はらいせにみすずが詩を書くことを禁じます。さらに女遊び、放蕩を繰り返し、あろうことか、みすずに淋病をうつしてしまうのです。
二人は離婚しますが、娘の親権を夫は頑として譲りません。
娘をみすずの母のもとに引き取らせてほしいと遺書にしたため、二十六才の若さで彼女は服毒自殺するのです。
こんな人生を歩んできたからでしょう、彼女の詩には生き物に対する憐れみ、そして、強がりとは裏腹のひたむきさがあります。
泣きたくなったら上を向こう…彼女の詩にはそんな生き方を感じるのです。
地図を広げ「金子みすず詩の小径」を歩んで行きました。
先ずは彼女が住んでいた上山文英堂跡地です。
ビルの壁面に彼女の詩と解説がしたためられているだけですが、とにかく、ここでみすずは創作活動を行ったのです。
目をつぶって、その姿を想像しました。
無論、会ったことなどなく、十二年前、彼女の弟の役をやっただけなのに、奇妙な懐かしさに駆られました。
その道をまっすぐ行くと、次は寿公演の顕彰碑、小径には石に彫られた詩碑が点在しています。
みすずが記念写真を撮ったという黒川写真館跡を過ぎて、一軒の花屋さんに出くわしました。
導かれるように中に入ると、思った通り、いました…数鉢のクリスマスローズ。
しかし、ほとんどが咲き終わりで、目を引くものはありません。店を出ようとして、ふと、陳列棚の後ろに目をやると、何やら蕾半開きの八重が 所在なげに置いてあります。
色は濃いピンクのミスト、良く見れば外側の葉脈模様が目を引きます。
しかし、一番の魅力は花が全部上を向いていることでした。
クリスマスローズはほとんどがうつむいて咲きます。しかし、この株は凛と真上を向いているではありませんか。
東京だったら、何のためらいもなく買うのですが、今は旅先です…
実は前々日、酔った勢いでネットオークションの花を落札したばかり。
それが今日届くのです。
神奈川の自宅にではなく、下関のホテルに。
ばかですねぇ…待ちきれなかったのです。
あと二週間と四日の旅、二つはきついか…
私は諦め、次の目的地に足を向けました。
亀山八幡宮、「夏越まつり」の詩碑が街を見下ろしています。
長い石段を降りれば、詩の小径のゴール、三好写真館跡地、みすずが自殺する前日、写真を撮った場所です。
これで散策は終わり、しかし、私は気もそぞろでした。
あの花のことを考えていたのです。
どうして詩の小径にいたのでしょう?
どうして、みんな咲き終わりなのに、蕾半開きだったのでしょう?
そして、どうして上を向いていたのでしょう?
三つの疑問が頭の中をぐるぐる巡っています。
しかし、答はもう、とっくに出ていたのです。
あの花は…
金子みすずなんです。
十二年前、彼女の弟を演じ、数々の彼女の詩を朗読しました。
ナレーターをやっていた石山さんと下関を訪れ、みすずの生活の匂いが残るこの唐戸で、台本ではなく石に彫られた詩を私は読みました。
「大漁」の歌も「日の光」も目の前に光景が広がり、魚の匂いが鼻をくすぐります。
建物も何も残っていない場所で、椅子に座った彼女が写真家の前でポーズをとっています。
そして、そんな小径で花に会いました。
咲き終わりの中の蕾半開き。否が応にも、目をひきます。
そして、上を向いて咲く。
つらいことや悲しいことが起きても、上を向いて生きていく…!
あの花は金子みすずそのもの、そして、十二年ぶりの再会…
そんな気がしてなりませんでした。
亀山八幡宮、石段に座りこんだ私。
眼下には唐戸の市場が賑わいをみせています。
ここを降りればゴール…
ここを降りれば…
私は立ち上がりました。
そして…
きびすを返すと、「金子みすず詩の小径」を逆戻りしたのです。


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