「敦ちゃんが喪主挨拶で言った、お母さんがお父さんと七夕に会っていたって話、私もそう思う・・・」
母の葬儀を全て終え、弟の部屋でお疲れの会を開いているときです。妹が突然、言いました。
「これ、見て」
携帯の画面を差し出します。発信履歴です。
『7月7日』
妹が指差すその先には・・・『治田孝三郎』と表示されていました。
父は去年の7月15日に逝ったのです。だから・・・
「私が、今、お父さんに、電話するわけがないやろ?」
妹は一言一句噛み締めながら言います。
「でも、なんかの拍子で、指が当たったんじゃない?」
私は聞きました。
「そう、私もそう思ったけど、お父さんに電話するには電話帳を開いて、『ファミリー』のグループを押して、それから色々手順があるから、間違えて押すなんてことは絶対ないと思う。第一、電話した時間を見て』
発信履歴の時間を見ると、そこには『8時6分』と記載されています。
「その時間、私は病院で“お母さんにご飯を食べさせてた”とよ・・・」
1年前のゴールデンウィーク、弟の家で父はバーベキューを楽しみました。
なんと入院中の病院から車に乗っての参加です。
肉や野菜もしこたま差し入れてくれました。
弟も、嫁の裕子さんも、長男の晃佑も、私も大喜びです。
父は大好きなレバーの塩焼きに舌鼓を打ち、誕生日が同じ晃佑と「一緒に誕生日まで頑張ろう!」、そう言いました。
そして、マッサージチェアに座り、「骨と皮だけじゃけん、気持ちがいいっちゃが!」と、みんなを笑わせるのです。
あんな楽しそうな父を見るのは久しぶりでした。
私が「いいゴールデンウィークだね!」と、言うと、父はにっこりと笑いました。
そして、再び車に乗り、病院へと帰っていったのです。
父が外で食べた最後の食事でした。
通夜の前、ピーっと鳴った補聴器・・・
父がバーベキューのときに着ていたベストに入っていた補聴器・・・
父は何が言いたかったのでしょう。
和室で“湯かんの儀”を受けていた父、何かを知らせたかったのでしょうか。
一年後の7月15日、再び弟の家でバーベキュー。
それは父の命日でした。
母のことがあったので、法事は延期、内輪だけの一周忌です。
迎え火を炊きながら、七輪の墨に火を入れます。
私は父の好物だった鰻を焼いて仏壇に供えました。
みんな楽しく飲んで、楽しく食べています。
多分疲れていたんでしょうね、私はあっという間に酔いがまわりました。
私が飲んでいた和室はかつて父の亡骸が、そして、ちょっと前まで母の亡骸が安置されていた場所です。
あの日、部屋には二つの祭壇が祭られ、二つの線香から絶えず煙が上がっていました。
そして、私は縁側からゆっくりと真後ろに倒れていったのです。
床へと落ちていくスローモーション・・・
今、私の目にはある映像がはっきりと映し出されます。
祭壇から飛び出た母は私の身体をほんのちょっとひねり、父はほんのちょっと押して植木鉢の方へ運びました。
猫たちも手伝ってくれました。
がんじろうも、むぎょちゃんも、母の可愛がっていた茶々も。
ひねり方を教授したのは故ぎんちゃんです。
空中で身体を一回ひねるなんて、猫にとっては朝飯前ですからね。
ぎんちゃんは二年前、父の誕生日に逝きました。
ぎんちゃんは腫瘍マーカーの上がった父の命を半年延ばしてくれた立役者です。
父と母は二人で鉢を縦に割り、がんじろうの肉球がショックを和らげ、むぎょちゃんは私の頭を後ろから前にモミモミして回しました。
そして、茶々が急いでゆかちゃんに救急車を呼ばせたのです。
箱の中、もうろうとした意識の中、父と母が私の前に姿を現しました。
猫たちも足元にいたのでしょう。
「そっちに行こうか?」
そう言う私を父と母がいきなり後ろ押しし、猫たちが光に包んだのです。
気が付けば私は手術台の上でした。
百万分の一の確率で私は健常な命を得たのです。
意識はあるのに歩けない、手を動かせない、喋れない・・・
それは母が三年間味わった苦しみです。
そして、同時に父が伴侶として味わった苦しみでもあるのです。
だから、二人はあの硬い鉢を割ってくれた・・・
ぎんちゃんは最後右目を無くし、四肢は全部麻痺していました。むぎょちゃんは寝たきりで、がんじろうは横になったまま自転車をこぐような脚が空を切り、茶々は忽然と姿を消しました。
だから、猫たちは私を光に包んでくれた、父母と一緒に・・・
「ギャラリー、いっぱいいますよ!」
みんな来てくれてたんです。
百万倍の愛が私を救ってくれたのです。
拝啓 父上、母上、猫上
妹があの発信履歴から本当にかけてみたそうです。
一度目は「・・・現在使われていません」になりました。
でも、二度目にかけたら・・・呼び出し音が鳴ったそうです。
実は・・・
私もかけてみました。
誰も出なかったけれど、呼び出し音は鳴りましたよ。
なんだか恐くなって、すぐに切っちゃったけど。
でも・・・
もし、良かったら、お母さんと一緒に出てくれませんか?
猫たちもみゃーみゃー言ってください。
愚痴を、悩みを、話を聞いてください。
色々あるから、ついついお酒に走っちゃうから・・・
でも、あんな荒療治されたから、今日でもう五日も飲んでいません。
なんて、当たり前だよね。
まだちょっと痛むけれど、金曜日には抜糸です。
糸は鉢のかけらと一緒にお守りにします。
お父さん、お母さん、
私はあなたたちの子供であることに感謝しています。
猫たち、
あなたたちと触れ合えて幸せでした。
二度貰った命、大切にしますからね。
ありがとう!
心から愛しています。
2011年7月20日
敦ちゃん

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