表の顔と裏の顔ってありますけど、上の顔と袖の顔ってどうでしょう?
役者って、舞台上と舞台袖ではえてして違うものなのです。
往年の名喜劇役者渥美清さんは、銀幕でのあの軽妙な語り口とは打って変わり、普段は物静かな方だったらしいですよね。
私の周りでもそんなギャップは良く見うけます。
いーちゃんこと寿ひずるさんは舞台上でこそあの恐ろしいゾフィー様ですが、袖ではとてもひょうきんで愛らしい女性です。
事あるごとに、色んな「遊び」を投げてきます。
例えば、バートイシュルのシーンが終わり、袖に引っ込む時、ゾフィー様はグリュンネ伯爵を怒りながら去っていくのですが、この怒り方が毎回違うのです。
昼の部では大声で怒鳴ったかと思うと、夜の部では氷のような目で一言も発せず、とっとと袖に引っ込むかと思えば、突然振り向いて怒鳴ったり、振り向くと思って身構えると、さらっと行ってしまったり・・・もう、あの手この手、その度にグリュンネ伯爵は右往左往、すっかり翻弄されます。
引き出しを山ほど持った女優さんなのですよね。
ですから、その引き出し次第で私の「閉め方」も変わってきます。
この言ってみれば「遊び」が芝居としてしっかり成立しているのです。
「どや、おもろかったか?」
いーちゃんが聞きます。
「まさか、あー来るとは思わなんだから、びっくりしたわ!」
私が答えると、嬉しそうにケラケラ笑います。
本当に無邪気な笑顔です。
一度、やられてばかりもなんですから、「仕返し」をしたことがあります。
例によって袖への引っ込み様、ゾフィー様が今度はセンスで私の右腕をバシッとたたきました。
で、次の結婚式の出番前、私は上着の右袖から腕を抜いてぶらぶらさせ、いーちゃんが衣装を着替えて現れるなり、言ったのです。
「ああ・・・たたかれたさかい、折れてもうたぁ・・・」
もう、どれだけ彼女は笑ったでしょう。
涙を流さんばかりでした。
それでいて、舞台に上ると、またびしっと恐ろしい顔に戻るのですから、すごい女優さんですよね。
ギャップといえば、もう一人、優くんを外せません。
クールで美しいトート閣下、初めて稽古場で見たときから私は優くんのトートが大好きでした。
何を考えているか分からないドイツ人、そんな感じで、本当に恐かったのです。
それを優くんに言うと、「えへへ」と、照れくさそうに笑います。
素顔はごく普通の20代の青年なのです。
それがひとたび舞台に上ると、あの「何もしない」、「やろうとしない」素直でリアルな芝居・・・
あの若さでそれをさらっとやってのけるのですから、すごい才能です。
舞台稽古のとき、客席でトートがルドルフに詰め寄るシーンを見ました。あんなに恐くて、耽美なシーンはそうそうお目にかかれないでしょう。
素晴らしいの一言です。
さて、この優くんが「上と袖と」では大違いなのです。
あのクールなドイツ人がひとたび袖に入ると、とっても無邪気なスペイン人に大変身するんです。
とっても可愛いですよ。
三ヶ月近くやってきて、私もさすがに疲れがたまったのか、袖の椅子ににふーと息をはきながら座っておりました。
そこへ優くんがおもちゃの兵隊さんみたいな「パレード」でやってきたのです。
思わず顔がほころびました。
砂場で遊んでいる子供みたいで、本当に無邪気だったのです。
疲れはいっぺんに吹き飛びました。
優くんの「無邪気さ」、それが「何もしない、やろうとしない」の原点なのかもしれませんね。
10月26日、昼の部が終わり、お客様が出るや否や、舞台上では7人の役者がお稽古を始めました。
「エリザベート900回記念特別カーテンコール」のお稽古、皆勤賞の7人が「余興」をやるのです。
伊東弘美ちゃんが、8月の八百回記念が終わった時、ぽつんとこう言いました。
「(ひとりひとりが)挨拶するのもつまんないし、900回はなんか別なのやろうか?」
「別なのって?」
「替え歌とかさ・・・」
「替え歌?」
「はるパパ、書いてよ」
というわけで、私はちょろちょろっと作り、弘美ちゃんに持って行きました、翌日。
「もう書いたの!?」
あまりの早さに、彼女は目ん玉ひんむいて驚いていました。
好きなんですよ、こういうこと。
「おもしろい!」
弘美ちゃんはえらく気に入ったようです。
「でも、まあ、『却下』だろうな」
私は言いました。
だって、すっごくくだらない歌詞だからです。
でも、世の中、何が起こるかわかりません。
プロデューサー室に持っていったら、あっさりOKが出ました。
七人みんなも乗り気です。
で、あれよあれよという間に舞台稽古と相成りました。
あんなくだらない替え歌を、天下の帝劇で、名コンダクター塩ちゃんの指揮の下、フルオーケストラでお稽古したのです!
みんな無邪気ですよね。
素敵でした。
最近じゃ、徹夜しても当日券が買えないらしい「エリザベート」、ご覧になれない方のために、明日の「余興」、しっかりレポートしますね。
「ほんとにくだらにゃいのよ!」


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