調布は深大寺の参道にサホタ園芸という小さな店があり、優しいお兄ちゃんとおばちゃんがつつましやかに花を売っている。
一年に数回、それも決まって寒い季節に現れるのがこの私だ。
「おかえり」
迎えてくれるのがおばちゃん、「お久しぶり!」と、笑顔で作業を続けるのがサホさんだ。
「今、お茶入れるからね」と、まるで映画「寅さん」の1シーンような歓迎を私は受ける。
なんだか正月に帰省したような、そんな懐かしい気分におそわれる。
この深大寺の「とらや」こそ、実は、日本一「ハイレベル・ローラベル」の店なのである。
この店で買ったクリスマスローズは数知れない。
「角は一流園芸店、赤木屋、黒木屋、白木屋さんで、紅、おしろい付けたおねえちゃんにくださいな、ちょうだいなと申しますれば、五千円、一万円は下らない一級品」が、ここでは平気でニ、三千円で売られている。
四年前、初めて神代植物公園「クリスマスローズ・フェア」に行ったとき、たまたま帰りに寄ったのだが、今ではこの店のついでにフェアへ行くほどだ。
「なんでこんなに安いの?」
一度、サホさんに聞いたことがある。
すると、話してくれたのが、例の「市場セット売り仕入れ方式」なのである。
「…だからね、十のうち二つは美形なんだけど、あとが十人並みなんですよ…」
ちょいとばかりドキッとした。
我々芸能界にもそんな「仕入れ」があるからだ。
つまり、大スターと一緒に同じ事務所の役者をセットで売る、いわゆる「抱き合わせ」というやつだ。
かく言う私も何度かその恩恵に預かったことがある。
低迷しているときなどは、とてもありがたいシステムだ。
どんな職業もそうだろうが、「努力」に対して「結果」は必ずしもついてこない。
サボることなど論外だが、いくら頑張っても、なかなか思うようにはいかないものだ。
方法を間違えていたり、成果を挙げてもチャンスがなかったり・・・
そんな時に、「仕入れ」はどうあれ、仕事をもらえるのはありがたい。もらったチャンスにはぶざまなぐらい汗をかいて取り組んでいる。きれいごとなど言っていられない、お客さんの前に立つのは自分だからだ。
だから、私はクリスマスローズが好きなのだと思う。
撮影所へ行くとスターさんの個室とエキストラたちの大部屋とがある。
この大部屋には、そこが「居心地が良い」と思う人、「抜け出よう」と思う人の二種類がいる。
どちらも考え方一つだから、決して良し悪しを言っているわけではない。
私はとあるホームセンターでクリスマスローズの大部屋を発見した。
「980円均一シングル(一重咲)」コーナーだ。
クリローという花はうつむいて咲くのが特徴だ。
ところが、その大部屋にはひとりだけ上向きで咲いてるやつがいた。
しかもよく見るとセミダブル(半八重)である。
上を向いてプロデューサーの目を引き、セミダブルの小さな才能をアピールしたのだ。
もちろん、我が家にキャスティングした、スター・グリーン・ダブルと抱き合わせで。
すると、ほっとしたのだろうか、二番花はうつむいて咲くではないか。
3番花も、4番花もみんなそうだ。
似ている・・・
わたしは思った。
頑張って役を取ったら、油断というわけではないが、つい、一息入れてしまう。
わたしにそっくりだ・・・
なんだか、いとおしくなった。
素焼きの鉢に植え替え、大切に育てた。
1年経って、水やりの時、何気にその株に目が行った。
すると・・・
蕾が全部上向いているではないか!
この抱き合わせの大部屋クリロー・・・
能力はともかく、意気込みだけは一流のようだ。
「本当に、ここだけの話ですよ・・・」
X氏はもう一度、念を押す。
私とfurendoさんは大きくうなずいた。
グリーンゲート教会の有線放送からは荘厳なミサ曲が流れてくる。
サキ様はひざまずき、首から提げた十字架に口づけした。
「実は・・・」
X氏はおもむろに口を開いた。
私とfurendoさんはごくりとつばを飲む。
「Hガーデンには3人の店員がいます。そのうちの二人は非正規雇用者・・・つまり、パートのおばちゃんです」
私とfurendoさんをサンルームへ案内してくれたおばさん、そして、もうひとりはレジ係のおばさんだろう。
「彼女たちは花は好きでも、植物に関する専門的な知識はありません。まして、クリスマスローズに関しては全くの素人です。おそらく二人はこの花を『クリスマスに咲く薔薇』だと思っているでしょう」
「クリスマスローズ」というのは俗称で、正式にはヘレボルスといい、薔薇とは全く別のキンポウゲ科の植物だ。
クリスマスの季節に咲く種類もいくつかあるが、それはニゲルという原種ぐらいで、ほとんどは1月後半から4月の頭にかけて咲く。
ふたりのおばちゃんは園芸家というより、ごく普通の主婦といった感じだった。
「ですから、クリスマスローズが花の形、色、模様、シングルかダブルかで値段が天と地ほども変わってくる、そんなことなど、彼女たちにはまるであずかり知らぬことなのです」
一概には言えないが、クリローマニアは次の四つには敏感に反応する。
@形;「丸弁の小輪」、A色;「ブラック、パープル等のダーク系、イエロー・ゴールド、グリーン」、B模様;「ピコティ(花弁の縁取り模様)、コントラストのはっきりしたバイカラー(二色模様)、Cダブル(八重咲き)。
この四つの要素が組み合わされれば、希少価値は高く、値段も一気に跳ね上がる。
「ちょっと、お二人が買った花を見せてもらえますか?」
X氏は言う。
furendoさんは彼を車へと案内した。
丸弁じゃないだけで、かなりお安かったグレープ・グリーン・バイカラー・パープルピコティ。
花は車の後部座席に置いてあった。
X氏はその中の一株を選ぶ。
「例えば、このイエロー。おそらく、彼女たちには道端のタンポポにしか見えんでしょう」
furendoさんが買った小輪イエローダブル・ピコティである。
普通に買えば1万円はくだらない。それがたった1980円だったのだ。
「おばさんたちが決めてるんですか、値段は?」
私はX氏に聞いた。
「いいえ、彼女たちにそんな権限はありません」
「じゃあ・・・?」
「もう一人の従業員です」
「もうひとりの・・・そのひともクリスマスローズのことを知らない・・・?」
「いえ、良く知っています。むしろ専門的に」
私とfurendoさんは顔を見合わせた。
「じゃあ、何故?」
花の価値が分かるのなら、バカ高い値段をつけることはないが、相応の値をつけても良さそうなものだ。
「彼は・・・」
X氏は声をひそめた。
サキ様は熱心に祈っている。
賛美歌が外にまで流れてきた。
「彼は・・・」
私たちはつばを飲んだ。
「異教徒なんです」
一陣の風が舞い、寒さに思わず襟を立てる。
X氏は車を出ると、いずこへともなく去っていった。
私もfurendoさんも口をぽっかり開けたまま呆けている。
衝撃の告白だった。
とても人には言えない。
(あ・・・ブログか・・・)
他言したら、我々は間違いなくイバラギアン・フラワー・マフィアの手によって牛久沼に浮かぶだろう。
どうせなら、常磐ハワイアンセンターの方がいいが・・・
Hガーデン、3人目の従業員、彼は・・・
クリスマスローズが嫌いだった。
確かに、いくら花屋とはいえ、好みではない花もあるだろう。
しかし、よもや嫌いとまでは・・・
クリスマスローズが嫌い・・・!?
私の心はある願いでいっぱいになった。
どうか・・
ずっと嫌いでいてほしい・・・
ずっと嫌いなラベルを貼ってほしい。
そして、あの、世にも稀有なる「ハイレベル・ローラベル」を守り続けてほしい。
深大寺の「サホタ園芸」とともに、懐に優しく庶民的な木戸銭で、あの華麗なるラスベガス・レビューを観客たちに見せてほしい。
いずれこの店は西の「とらや園芸」、東の「ラスベガス・ガーデン」として、いつまでもマニアにあがめられることとなるだろう。
劇場を揺らすほどのスタンディング・オーベイション、万雷の拍手が聞こえてくる。
そして、調布から茨城までの道のりは「クリロー・ブロードウェイ」と呼ばれ、永久に栄えるであろう。
クリスマスローズ・ショービジネス、そう、こここそがその二大発信地なのである。
「どうか、いつまでも、いつまでも、嫌いでいてね・・・!」
私もfurendoさんも心から祈るのであった。
危険な街[ 「禁断のウエストウィング」
PART1
ふと、見慣れぬ花を後部座席の足元に発見した。
この淡いピンクの花びら、グレーグリーンの葉・・・
チベタヌスだ。
しかも開花している!
チベタヌス、中国原産のクリスマスローズである。
四川省の高冷地に咲く花で、開花した株はそうお目にかかれない。
以前、和歌山県の「金久」と言う店で苗を買ったことがあるが、店主に「日本じゃなかなか咲かないよ」と言われ、その言葉通り、その年の夏に枯らしてしまった。
翌年、とあるホームセンターで「蕾付き」を購入したが、これまた夏に枯らしてしまった。
日本の高温多湿では生育は無理なようだ。
やはり、パンダが住む四川省の山岳地帯じゃないとダメなのだろう。
「咲かぬなら 咲くとこ行こう チベタヌス」
そんな花なのである。
「兼晃園で買ったんですよ」
furendoさんが言う。
四国造園の次に行った店だ。
そう言えば、陳列棚にチベタヌスがいくつか並んでいた。
「よく咲かせましたねえ!」
私は株を手にし、ため息をつく。
「フクミチさんが咲かせたんですよ」
あのもの静かな兼晃園の店主だ。
「へえ、すごいなぁ。蕾付きは買ったことあるけど、枯らしちゃったもの・・・」
「ああ・・・中国からの輸入品でしょ?あれはダメですよ」
「え?」
「山で採取した苗をいくつにも株分けして、それを日本に持ってくるから、ひどい状態らしいですよ。中には塩漬けもあるらしい」
「シオズケ!?」
「その方が日持ちするでしょう?日本で塩抜きして売るんです」
まるでカズノコだ・・・
「じゃあ、どうやってフクミチさんは育てたんですか?」
「あのね・・・」
furendoさんは声を潜める。
「特殊なルートで、特殊な苗を手に入れて、特殊な方法で育てたらしいですよ」
「・・・」
わけの分からん説明だった。
ふと見ると、チベタヌスの隣にもうひとつ、袋に入った苗らしきものがある。
「これは?」
中を覗きながら、furendoさんに聞く。
「ああ・・・それはお見せするほどのもんじゃないですよ」
furendoさんは私から苗袋を奪い取ると、後ろの荷台に置いた。
「『なんでこんなの買ったんだろう?』っていうあれですよ」
ああ・・・
外れの買い物、私も時々やるやつだ。
「それよっか、サキさんのクリスマスローズ、見ましょう!」
furendoさんはとっとと車のドアを閉める。
そうだ。X氏の話に夢中で、肝心の花を忘れていた。
私も急いで車を出た。
サキ様コレクションとは一体どんな花だろう。
足早に店へと向かう。
ふと、母屋の西に別の棟を発見した。
温室だ。
「何かありそうですね」
furendoさんが言う。
「臭いますね・・・」
私は相槌を打った。お宝がありそうな気配だ。
私たちは方向転換し、温室へと向かった。すると・・・
「ウエスト・ウィングへ入ってはなりません!」
凄みのある声に思わず足が止まった。
バサバサっと大きな羽音をさせ、カラスが飛び立つ。
ゆっくり振り向くと一人の男が立っていた。
サキ様だ。
柔和な笑みに、その目だけがぎょろりと光った・・・
つづく
「『西の棟』だっちーの」
「『美女と野獣』だぜ・・・」
やっぱり終われませんでした・・・
次回こそ・・・(笑)
昨日、都内某所にて、「ドラキュラ伝説」初の歌稽古がありました。
「パーフェクト!」
歌唱指導の先生に言われました。
そうか・・・
去年の六月から「準備」してきたもんね・・・
「美女と野獣」のガストン・ルフウ以来、久方ぶりのキーヨとデュエットです。
今からとても楽しみです。
執筆と歌稽古、両輪でがんばります!!
応援よろしくお願いします!

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