「治田さん、ジョン来たよ!」
11月24日夕方4時、「テイクフライト」プレビューに向けて、舞台上ではお払いの準備が進められていた。
客席の祭壇上にはリンゴとニンジンとバナナが供えてある。
「神様、あんなもん好きなんやろか・・・」
と、ぼんやり考えていたら、誰かの声がした。
振り返ると、亜門さんが白髪の外人を連れてくる。
外人さんは私を発見するなり、近寄って熱く抱擁した。
「ロング・タイム・ノー・スィー(お久しぶり)!!」
叫んだのは私だ。
「テクフライト」、そして、「太平洋序曲」の作者、ジョン・ワイドマン氏である。
実に五年ぶりの再会だ。
「また会えて、すごく嬉しいです!」
私は言った。
「元気だった?」
ワイドマン氏はメガネの奥から人なつっこい目で私に聞く。
「はい。今、レイ・ペイジの役です」
「楽しんでるかい?」
「・・・」
私は一間置いて、答えた。
「全力をつくしています」
プレビューは二回とも、(自分の出来は)曇り空であった。
なぜ、晴れ間が見えないのか。
このままずっと停滞前線は居座るつもりだろうか。
相変わらず不安はよぎるが、しゃにむに振り払って、早めに劇場へ行き、誰もいないロビーで稽古した。
とにかく動かなきゃ。
事件が起きた。
プレビュー二日目、一幕三場、相手役の(城田)優くんとワイヤに吊られたゴンドラ飛行機に乗って空を飛ぶ。
垂直上昇し、客席から向かって右側へ旋回するのだが、ゴンドラがかなり揺れている。
いやな予感・・・それは十秒後に的中する。
ゴンドラがセット二階部分に着陸しようとすると、後方の梁(はり)にぶつかり、反動で機体が大きく前傾した。
このままでは機体は完全につんのめり、我々二人は落ちてしまう。
大ケガはまぬがれない。へたをすれば・・・
いずれにせよ、ショーはストップだ。
リンドバーグ役の優くんは私の真後ろで歌っている。
自分が何とかしなければ!
前方の梁に手が届きそうだ。
あれをつかんで引っ張れば、引っかかったゴンドラ後部が外れるかもしれない。
私は両手を伸ばし梁をつかむと、渾身の力で引っ張った。
手ごたえを感じる・・・もっと力をこめた。
ガクンと大きな音が響き、前傾していたゴンドラが今度は後方に傾斜する。
外れた!
機体は左右に大きく揺れながら二階に着陸した。
しかし、この「乱気流」の最中、優くんは一度も中断することもなく、最後まで立派に歌いきった。
後で、みんなはすごいと言ったが、私は不思議と驚かなかった。
梁と格闘している間も、あいつならぜったい冷静に歌い続ける、そう確信していたからだ。
「はるパパ、大丈夫だった?」
楽屋に戻って、優くんが聞く。
「優くんこそ、大丈夫?」
「大丈夫ですけど、今、友達に『おれ、たった今死ぬところだった』ってメールしたとこすよ、こわかった!!」
優くんは目をまん丸くして、まくしたてた。
『こわかった』か・・・
だが、人間、なかなか死ぬ間際に、あれほど立派に歌えるもんじゃない。
なんだか、優くんが本物のリンドバーグに思えた・・・
翌、26日、初日前、改良されたゴンドラのリハーサルがおこなわれた。
「いや、思わず客席で立ち上がって『(公演)中止!』って叫ぶとこだったよ」
亜門さんも目をまん丸くして言う。
「でも、ちゃんと直したから、大丈夫だよ」
その言葉通り、昨夜の事件がウソのように機体はスムーズに離着陸した。
スタッフは(多分)徹夜でゴンドラを、そしてフライングを修復してくれたのだ。
「このシーンはね・・・・」
亜門さんは続けて言った。
「・・・本当に楽しいシーンにしたいんだ。幕開きがちょっと重いから、ここでパッと明るくしたいんだよ」
亜門さんが熱く語る。
ここで明るくしたい・・・ここで・・・
その言葉が妙に響いた。
亜門さんがそれを私に任している・・・
「失敗したら降ろされる」そんな場所に、私はかつて長くいた。
そのトラウマからか、小心者の私は今回、皆に無視されることをいつも恐怖に思っていた。
だが、このカンパニーは本当に優しいカンパニーだった。
無視するどころか、みんな、さりげなく親切だった。
天海さんもさりげなく励ましてくれる。
ラサールさんは二週間前、稽古場隣のガレージで手取り足取り演技指導をしてくれた。
この「優しいガレージ秘密特訓」のことは、私は一生忘れないだろう。
ラサールさんは今も折に触れて適切なアドバイスをくれる。
どれだけ感謝しても、し足りない。
そして、今回世話をかけたのは、なんと言っても、亜門さんだ。
野村監督は決してひとを褒めないそうである。
けなして「なにくそ!」と這い上がってくるのを待つのだそうだ。
私なら這い上がるどころか、果てしなく落ちてしまうだろう。
天海さんも言っていたが、
「私は褒められて伸びるタイプです!」
かねがね私は、最高の演出家とは最高の催眠術師であると思っている。
亜門さんは実に「乗せ上手」である。
(アドリブを禁止されていた)ある場所にいた習慣が、今頃になって現われ、わたしの心を硬く閉ざしてしまった。
その扉を沖縄の空のように開いてくれたのが亜門さんである。
決して文字には出来ない「あの一言」、そして、さらに過激な「あの一言U」で、うーんと楽になった。
「おまえはおもしろいやつなんだから、治田が(役に)出ればいいんだよ!」
くったくなく、この超一流催眠術師は言う。
そして、初日直前、彼は一幕三場を私に託してくれた。
「キープ、ゴーイング!」
初日、初めて私は役を楽しめた。
ペイジの役はもちろんのこと、小さな新聞記者の役ですら楽しくてしょうがなかった。
そのことをワイドマン氏に言うと、彼はそう答えたのだ。
初日パーティー、私は「外人席」に顔を出した。
作曲家のシャイア氏、その夫人、作詞家のモルトビー氏、そして、ワイドマン氏、みんな笑顔で私を見ている。
笑顔で・・・!
シャイア婦人は私のペイジを褒めてくれた。
外人は社交辞令が上手いから話半分に聞かなくてはならないが、嬉しかった。
ニューヨークで「太平洋序曲」を見ていた彼女は、私が何の役をやっていたか聞くので、女将だというと、えらく驚いていた。
「フランス提督(「太平洋序曲」のもうひとつの役)をここでやってくれないか?」
突然、ワイドマン氏が言った。
ワシントンの劇場で私がこの役をやっていると、笑い転げるワイドマン氏を花道から私は見ていた。それは目に焼きついている。
「今?お座敷で!?」
シャイア氏も婦人も、モルトビー氏もニコニコ笑いながら目でやれという。
すっくと立ち上がった私は意を決して歌いだした。
「♪そう、ボンジュール、ほら、ボンジュール、ナポレオンからボンジュール・・・」
身体に染み付いている亜門さんの振り付けで、私はお座敷フランス提督をやった。
やんやの大喝采だ。
四人のアメリカ人が喜んでいる。
「ニューヨークとワシントンで君を見て、また、ここで君を見れて、本当に嬉しいよ」
ワイドマン氏が言う。
「私は妻を連れて、もう一度ここに戻ってきたい」
ワイドマン氏は言った。
泣きそうだった。
“I love you"
私はワイドマン氏に言った。
“I love you,too"
ワイドマン氏がにっこり笑って言った。
私が席を辞そうとすると、シャイア氏が私に声をかけた。
「私から君のこと・・・」
この仕事に参加できた喜びが身体中にこみ上げた。
「・・・ソンドハイムによろしく言っておくよ!」
ゆでタコはるパパの右モルトビー氏、
左下、ワイドマン氏。右シャイア氏。


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