私は猫が好きだ。
その愛くるしさばかりでなく、時としてその「凛とした存在感」には敬意すら表する。
だが、なんといっても彼らの魅力はというと、一緒に居て癒されるということだ。
役作りで行き詰っても、彼らと遊べばリラックスし、また、違う発想も浮かんでくる。
へたなリゾート地よりよほど良い。
そして、癒されるといえば、実は、もうひとつある。
それは植物だ。
私の植物好きは今から十五年ほど前、知り合いが一本の大きなパキラをくれたことに端を発する。
初めはそのパキラだけだったが、そのうち、一本だけでは物足りなくなってくる。
じゃあ、何にするかというと、先ずは「幸福の木」とか「金のなる木」とか(お前はそない貧しいんか!)、観葉植物ビギナーコースをたどる。
そして、ポトス、椰子、ベンジャミンを経て、パキポディウム、ナガバビカクシダ、アローカシア・アマゾニカなどマニアックな世界に入っていくのである。
ある日、気がついたら、部屋中がジャングルになっていた。
「メガネザルとフルーツ・コウモリも揃えんとな・・・」
そんなことを、真剣に考えていた。
そんな私が一目惚れした植物が、代々木上原の花屋で見つけた巨大なセロームである。
セロームはクワズイモに似ているが、その大きな魅力はなんと言っても幹から、まるでタコの脚のように、ニョキニョキ延びている気根である。
上原のセロームは、その大きさもさることながら、葉っぱの鮮やかさといい、幹の曲がり具合といい、そして、気根のたくましさといい、まさに完璧なセロームであった。
値段は4万5千円・・・ちょうど、ロングランの舞台に入っていたし・・・「いいちこ」をやめて「大五郎」にすれば・・・なんとかなる!買おう!
店員に声をかけようとした、まさにその瞬間、私は気がついた。あ・・・
「・・・部屋に入れへん」
「日曜日、7時からうちでパーティーやるんだけど、来ない?」
演出家・宮本亜門さんからの電話だ。
「『うち』って、あの、おおお、おきなわ!?」
「そう、全日空予約しといたから・・・バカ!東京だよ!」
来月、亜門さんの「演出家20周年記念パーティー」が都内某所で行なわれる。
亜門さんが手がけた作品の関係者全員を呼ぼうという企画である。
先ずは出席者を確認しなくてはならない。
亜門さんとは「太平洋序曲」は勿論のこと、色んな作品でご一緒させてもらっている。
私は「クルミ割り人形」そして、あの田原俊彦主演ミュージカル「マランドロ」(懐かしい!)を担当した。
その打ち合わせを兼ねて、飲み食いしようと言うのだ。
3月11日、私は「太平洋序曲」担当の村上勧次朗と待ち合わせ、「東京」のお宅を訪問した。
静かな住宅地に立つ瀟洒なマンションで、中に入ると、台所で知った顔が料理をしている。先日、「タイタニック」で会ったばかりの岡千絵だ。
「チエ、お前料理できんのかよ!」
私が言うと、
「できますよぉ!」
と、千絵はいつもの“のんびり笑い”で抗議した。
私は思わず顔がほころんだ。
世界中が千絵みたいな人間ばかりだったら、戦争なんて起きないのに・・・
そんなことを思いながらリビングに入った。
大きなテーブルには所狭しと料理が並べられている。
角部屋だから窓が二方向にあり、昼間は光が燦燦と差し込んで、さぞかし気持ち良いだろう。もう一時間早く来ていたら、夕日があの窓から差し込んで・・・
想像の光を追っていくと、その行き先には「あいつ」が待ち受けていた。
私は上着を脱ぐことも忘れ、しばらくその存在に見とれる。
こんなところで会えるとは・・・
パーティーは実に楽しかった。
知った顔が次々に現われ、作品ごとの思い出話で大いに盛り上がる。
「太平洋序曲」ワシントン公演の時、風邪を引いた私は40度の熱を出して女将を演ったのだが、終演後、駆けつけた亜門さんは倒れている私にこうおっしゃった。
『治田、力抜けてて、すごく良かったよ!』
・・・
「亜門さん、あれはさ、『チカラヌケテタ』んじゃなくてさ、力入らなかったのよ!」
皆は大いに笑った。
『ネクスト』の話も盛り上がった。
これは太平洋序曲;最後の曲で、振りはひたすらジャンプを繰り返し、へばった出演者は吐きまくったという、恐怖のナンバーである。
私と佐山(陽規)さんのおじさん二人組は、とにかく高く飛べない・・・というより、地を這うようなジャンプだった。
その『超低空飛行』技術はアメリカ海軍・ステルス戦闘機以上であった。
二人はしょっちゅう居残り特訓をさせられた。
「亜門さん、あん時、おれに何て言ったか覚えてる?」
「ううん、何て言ったの?」
ワインを傾けながら、亜門さんは少年の笑顔で聞いている。
私は身振り手振りをいれ、その時の亜門さんを再現した。
「『飛べーっ、はるた、むかつくっ!!!』」
大ウケだった。
「『むかつく』って、あははは、そんなこと言ったっけ、おれ!?」
本人は腹を抱えて笑っている。
その場に居たみんなも少年の笑顔になっている。
そして、「あいつ」はリビングの中央で静かに話を聞いていた・・・
(つづく)
左から、亜門さん、千絵、勧次朗、私

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