松竹座楽屋口を出て左に真っ直ぐ歩いていくと、法善寺横丁に入る。ここに今稽古場で話題沸騰の あの店があるのだ…
「いや、うまいカツ丼屋見っけちゃった」
朝恒例のバーレッスンをしていると、純名さんと談笑する秀吉役・甲本さんの声を小耳に挟んだ。
「法善寺横丁のさ…」
あの店だ…
二日前、私は既に店を訪ねていた。
「種類はいくつかあんだけど、カツ丼しかないのよ」
間違いない…
私はレッスンを続けながらじっと耳を傾けた。
「カツは揚げたてでさ」
そう…
「出汁がうまくってさ」
うまい…
「ご飯と中身が別々に出てくるのよ」
別々だ…
「最初はおかずで食べて、後から普通のカツ丼みたいにご飯に掛けて食べるわけ」
そう、後から…・・・え!?
「そうやって食べてって店の人が教えてくれてさ」
聞いてない…
「二回楽しめるわけよ!」
一回だった…
いきなり中身を全部ご飯に掛けた…
確かにつゆが多すぎて…
「べちょべちょになっちゃうんだよ、分けないと…だからシロートは困っちゃう」
むかっ…
あれはあれで「トンカツ雑炊」みたいでうまいんだぞ!(^_^;)
「また、行こうっと」
また行った。
翌日法善寺横丁へ。
「クロート」の食べ方を実践するために…
法善寺横丁カツ丼専門店、その名も「喝鈍」。
カウンターだけの八人も入ればいっぱいになる、細長い小さな店。ここが、昼時ともなると長蛇の列をなす、カツ丼一筋八十年(…かどうかは定かでないが…)これがなんと一杯、五百五十円!
「トンカツ雑炊」も美味かったが、今日は通好みの「別乗せ」にしよう。しかも、今日は五十円アップを省みず「通」中の「通」、「卵ダブル」に挑戦だ!
前回食べたとき、(この値段ではしょうがないが)とじる卵が一個だけというのが大いに不満であった。
しかし、よくよくメニューを見ると「カツ・ダブル」の横に「卵ダブル」のオプションが書いてある。
「生かすも殺すもあなたしだいよ」
というわけだ。
丼ものの基本は卵二つで二回に分けて火を通す。後半に入れるのは半熟にするためで、こんなことは通の常識…
おいおい、こちとらシロートさんじゃねえんだぜ…!
「カツ丼、卵ダブルで!」
カウンターに座った私は、ことさら「ダブル」を強調した。
「は、はい…」
調理人の目がきらりと光った。
ただもんじゃねえ…
そんな目だ。
してやったりである。
こないだは一見(いちげん)さんだと見くびられ、「別乗せ食い」を教えてもらえなかったが、借りは返してもらうぜ…
私は気色満面だった。しかし、この後事態は思わぬ展開を見せる。それは調理人が発したこの一言だった。
「はい、エッグ・ダブル、一丁!」
エエエ、エッグ!?
ここはマクドナルドか!!??
情緒あふれる法善寺横丁…そこで、エッグ…
ええい、大事の前の小事、気にはすまい。
私は平然を装った。
「お味噌汁どうしましょ?」
店員が聞いてくる。
言い忘れたが、この店、味噌汁は百円の別料金である。
後にこの問題に関して甲本さんと議論し、大いなる賛同を得ることになるのだが、カツ丼自体が結構「つゆだく」で味噌汁はなくても全くさしさわりなく、むしろ、いらないぐらいである。
決してケチっているわけではない。
「結構です」
私は正しい論理にのっとり断った。しかし、この後、私のこの正論は店員が発した一言で木っ端みじんに砕かれるのである。
「はい、味噌汁ナッシーでーす!!!!」
小さな店に響き渡る、市川海老蔵も下をまく、驚異の舞台発声・・・
カウンターの両脇に座っている別の客がジロッと一瞥をくれる。
見れば、彼らの盆の上には味噌汁が温かなゆげを…
屈辱だった。正論もここではライブドアの株価同然…瞬く間のストップ安…
私は屈辱にぶるぶる震えながら、注文の品をひたすら待つのであった…
二十分後、私は店を出た。
「卵ダブル・別乗せ食い・味噌汁ナッシー!」六百円。
満足だった。
食べ放題の黄色いタクワンも嬉しかった。
別乗せの楽しさ…
カツと卵、熱々のカップルを主役に、お出汁が奏でる、ねぎと三つ葉のなんとも甘いハーモニー…
美味い…!
並んで食べるだけの価値は大いにあり。
「信長」観劇後にはもってこいの一品である。
皆様もぜひ、お試しあれ。ただし…
「法善寺横丁マクドナルド旋風」そして、「屈辱の正論」を覚悟の上で…
(昼も夜もカツ丼一筋…)


0