「よーい!・・・はい!!」
監督の号令と共に、私は演技を開始しました。すると・・・
<カチン!!!!>
カチンコが鳴ります。
「カーット!」
助監督のSさんが走り寄ってきました。
「治田さん、演技は『はい!』で始めるんじゃなくて、
カチンコがなってからにして下さい。あとで、編集の時
困るもんですから・・・すいません。はい、じゃあ、
もう一度いきまーす!」
初歩の初歩でした・・・
映画は必ずしも脚本どおり撮るわけではありません。
だから、カチンコには「シーン番号」が書かれてあり、
後々編集の時の目印にするのです。
「カチン!」の前に動いてしまうと、切るに切れなくなって
しまいます。
まさにイロハのイ・・・
しかし、映画ど素人の私をSさんはいつも明るく親切丁寧に
指導してくださったのです。
(メークアップ!)
入ってみてわかったのですが、映画職人の世界は大変な
ヒエラルキー(東宝砧スタジオ版・士農工商制度)が
あるようです。
カメラ、照明、音響…等々、チーフの下は奴隷以下(笑)人間扱いされません…とは、まあ、ちょっと大袈裟ですが、当たらずとも決して遠からずです。
弟子がちょっとでもヘマをしようものなら、「なにやってんだ、このばかやろう!」
等々、耳をおおわんばかりの(笑)罵声が飛び交います。
一度、カチンコが鳴ってから携帯電話の音が鳴り響いたことがあります。あるスタッフが切り忘れていたのです。親方たちの罵声は想像を絶するもので、翌日のCNNニュースで紹介されたほどでした…(ほんまかいな!?)
チーフカメラマンの芝主さんなど「東宝カースト制度」の大親方で(笑)、普段は温厚な方なのに、いざ仕事に入ると実に厳しいのです。今でこそ厚い信頼、尊敬をいだいていますが、当時の私、実はかなり恐れおののいておりました。
しかし、それは芝主さん自身がアシスタント時代、多分同じ教育を受けて来たわけで、歴代の師弟間で綿々と受け継がれる「愛の教育」・・・そう、人呼んで「愛のアパルトヘイト」なのです。
さて、助監督のSさんです。
彼とはオーディションからのお付き合いで、いつも明るく、映画素人のこの私が緊張しないようにと、色々と気を使ってくれた、優しくて、とても楽しい方です。
大森教授が初めて撮影所に亡霊で現れるシーンの撮影でした。
椎名桔平さん演ずる松村監督が女優渚(優香)に「殺されるかもしれないんだぞ!いいか…気配を消せ!」と、演技をつけるシーンです。この後、私はある所から出現する訳で、ひたすら気持ちを集中してスタンバイしていました。
「本番いきまーす!」「はい、本番!」
あちこちから準備の声がかかりました。
「本番…よーい!…」監督の声がかかり、今にもカチンコが鳴ろうという、その瞬間です。
「げほ げほ…」
こんな時に誰かが咳をしたのです…桔平さんが「気配を消せ!」とこれから言おうとした矢先に!!!
「カーット!」
親方たちの目がギラっと光ります。一斉に咳の出所に向かいました。Sさんでした…
また明日のCNNトップニュースに…!!
誰しもがそう思ったその矢先です。監督が意外な声を発しました。その一言は「東宝カースト制度」を根底からくつがえす画期的な発言だったのです。
「だいじょうぶか?・・・気配を消せ・・・!」
恐怖の大森教授は出番も忘れ、ただひたすら笑い転げたのでありました…
(清水監督と・・・私のクランクアップ)
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