けんけんさんへ、香住さんへ
お芝居で言えば、リーダーは演出家です。
演出家は台本を読み込み、舞台化のための大きなビジョンと、具体的なプランを持っていなくてはなりません。
それから、結構大切なのがユーモアです。
稽古場が笑いに溢れれば、役者はリラックスして意外な力を発揮します。逆に、演出家がピリピリしていると、萎縮し、無難な演技をするようになります。
こうなると、つまらない通り一遍のドラマしか生まれません。
また、演出家が自信なさげで具体的なプランを出せないと、役者は好き勝手な演技を始めます。その場面だけは面白いけれど、全体から見るとえてして邪魔な演技です。
こうなると木戸銭を払うお客様には大変な迷惑です。
海の向こうでは、あの何度も初日を遅らせたミュージカル「スパイダーマン」がとうとう演出家を交代させました。
「ライオンキング」を演出したジュリー・テーモアが降ろされたのです。
プレビュー中にもかかわらず、一番良い席が300ドルというこの大作、プロデューサーに絶対失敗は許されません。
演出家が首相で観客が国民なら、プロデューサーは誰でしょう?それは分かりません。
しかし、プロデューサーに決断を迫るのは観客の権利です。
「切磋琢磨」という言葉があります。
「切」は骨や象牙を切ること、「磋」はそれを研ぐこと、「琢」は玉や石を打ち叩くこと、「磨」はそれを磨くことです。
時には切り、打ち叩き、そして研いで、磨く。
叱咤し、励まし、競い合って向上するという意味です。
私事で恐縮ですが、私は過去に何度も切られ、打ち叩かれた経験があります。
その度に奈落の底まで落ち込み、絶望しました。
でも、その度に落ち込み飽きて、落とされた「意味」を考えたのです。答えはすぐに出ます。
でも、問題は、その対策を練り、研ぎ、磨くことができるかです。落ちるのはあっという間だけれど、這い上がるのにはとてつもない時間がかかるからです。
結果がどうかは恐らく、死ぬ間際まで分からんでしょう。
でも、少なくとも自分は磨こうとした、それが大切だと思うのです。
切られ、打ち叩かれるとは、実は、一歩引いて、自分を客観的に見られる絶好の機会なのです。
ま・・・
そんな機会、あんまりないほうがいいですけどね。(笑)
とある評論家が言ってました。
東北の人はもうがんばらなくていい。あんなひどい目にあって、またひどい目にあっているのだから、文句を言ってもいいのだと。
私は東北に親戚や知人がいます。
みんな明るく忍耐強いです。
でも、声を上げるときには、上げてもいいのだと思うのです。
さて、「アンタッチャブル」の演出家、なるほど本人が書いただけあって、ビジョンも具体的プランも申し分なく、稽古場は笑いに溢れ、台本は数倍に膨らみ、観客は大喜びです。
さあ、今日から名古屋へ乗り込みます。
今回ほど共演者から刺激を受け、自分を研げた経験はそうそうないような気がします。
そして、いつかきっと、この舞台に立った「意味」が分かる日が来ると思うのです。ここで学んだことをどう生かせるのか・・・
だから、奇をてらうことなく、しっかりジミーのドラマを作っていくつもりです。
役者はお客様に育てられます。
どうぞ、温かい、厳しい応援のほど、よろしくお願いいたします!

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