息子から連絡があった
「コジローが帰ってきた!」
3年前にマンションで生まれ、親兄弟亡き後もたった一匹で生き続けてきた我が心の友である。昨年末から行方不明になっていたが、春になったら帰ってきた。なんだよぉ〜心配したじゃねーか。
マンションにはおおまかに分けると「猫族」と「犬族」が住んでいる。
「犬族」のリーダーは新築入居時から規約を無視してバカリトリバーを連れてきた。おかげで最初から「犬」が黙認されてしまった。
「猫族」のリーダーは猫を飼ってはいないが、近所で秘密の猫専用餌場コミュニティーを10数年間維持している夜行性のおばさんである。
マンションに外壁工事の足場が組まれたとき、非常階段の踊り場の裏に絶妙な安全空間が現れた。工事関係者以外は手が届かない場所だ。
コジロー達はそこで生まれ、マンションの住民が気付かないうちに大きくなった。
猫族は猫族を呼ぶ。明確なコミュニケーションなど絶対にしないが、彼らはやるべきことをやってしまっていた。夜になるとマンションに住む猫族がコソコソ活動し、朝までにはあらゆる痕跡が消され、昼は工事関係者が見守る。工事関係者も管理人のおばさんも「猫族」だった。
外壁工事が終わり、足場が取り除かれる頃までには、コジローたちは近所の餌場コミュニティーへのデビューを果たしていた。もちろん猫族による入念な誘導が功を奏したのである。
でも、コジローたちはマンションに帰ってくる。昼間は駐輪場の屋根や踊り場にたむろし、知り合いの猫族に合えば挨拶もする。子供達もコジローたちと独自にコミュニケーションを始めるようになると、ついに管理会社に「野良猫が4匹棲み付いている。ウンチするし子供達に危険だからなんとかしてくれ」とクレームされてしまう。
しかし、管理会社にはもうひとつのクレームが入っていた。
「ベランダで犬を飼っている人がいて悪臭がひどい。エレベータやロビーに排泄されているときもある」
住民集会・・・誰も発言しない・・・できないのだ。
「犬」は秘密では飼えない。規約を破っている人に発言権はない。
「猫」は秘密で飼っている人が多い。秘密だからへたな発言はできない。
「猫」を飼っていない猫族は・・・猫族であることを隠す。
結果は、犬族に対して善処するよう申し渡され、コジローたちに対しては「見つけ次第追い立てる。絶対に餌はやらない」ことになった。
こうして猫族と犬族の静かな戦いが始まったが、意外にあっけなく決着が付いた。バカリトリバーがエレベータでオシッコしているところが目撃されたのだ。
いつのまにかコジローたちを嫌う住民はいなくなった。子供達も毎朝挨拶して出かけ、帰ってくると一緒に遊ぶ。
でも、ノラの世界は過酷だ。
親猫は交通事故、子猫は1匹が病死、もう一匹が行方不明。
残るはコジロー一匹だが、コジローは耳と目と足が悪い。
なつかないわけじゃないが、あまり人が好でもなく、一人を好む。子供に触られると露骨に迷惑そうな顔をして「やめてくれよ〜」と鳴く。それでもネコを飼えない子供達には大切な友達である。
昨年、秋頃から毛並みが悪くなり、動きも鈍くなった。眼も涙目で声も低い。コミュニティーにも行かなくなった。こういうとき、猫族には悪い予感がするものだが、そろそろ放っておけないと思っていた頃に行方不明になってしまった。
聞くと、現れたコジローは毛がツヤツヤしていて丸々と太っているという。
ある人の部屋からサッと追い出された瞬間を見た人もいる。そのときコジローは舌なめしていたらしい。
・・・あの人も猫族だったのか。

0