2016/3/3

豊後・阿蘇を見る!21.国重文の巨大な楼門と一の神殿、二の神殿を持つ阿蘇神社!  古木名木

阿蘇神社(あそじんじゃ)は、熊本県阿蘇市にある神社で式内社(名神大社1社、小社1社)、肥後国一宮である。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社です。全国に約450社ある「阿蘇神社」の総本社である。古くは「阿蘓神社」とも表記された(現在も銘板が存在)。古代からの有力氏族である阿蘇氏が現在も大宮司を務め、現在の大宮司は阿蘇治隆大宮司である。
 熊本県北東、阿蘇山の北麓に鎮座する。全国的にも珍しい横参道で、参道の南には阿蘇火口、北には国造神社が位置していると言われている。中世の戦国期に肥後中部で勢力を誇示していた阿蘇氏と縁の深い神社である。国重文の日本三大楼門の一つがあり、更には一の神殿(国の重要文化財)、 二の神殿(国の重要文化財)がある。
祭神は以下の12の神を祀り、阿蘇十二明神と総称される。
一の神殿(左手、いずれも男神)
一宮:健磐龍命 - 初代神武天皇の孫という。
三宮:國龍神 - 二宮の父で、神武天皇の子という。
五宮:彦御子神 - 一宮の孫。
七宮:新彦神 - 三宮の子。
九宮:若彦神 - 七宮の子。

二の神殿(右手、いずれも女神)
二宮:阿蘇都比?命 - 一宮の妃。
四宮:比?御子神 - 三宮の妃。
六宮:若比?神 - 五宮の妃。
八宮:新比?神 - 七宮の娘。
十宮:彌比?神 - 七宮の妃。

諸神殿(最奥、いずれも男神)
十一宮:國造速瓶玉神 - 一宮の子。阿蘇国造の祖という。
十二宮:金凝神 - 一宮の叔父。第2代綏靖天皇を指すという。(ウイキぺデアから抜粋)

1.JR大分駅
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2.JR大分駅08:10発九州横断特急1号でJR宮地駅09;49着予定
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3.JR特急列車
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4.JR宮地駅
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5.阿蘇神社まで1.4km(約25分)徒歩で行く!阿蘇山が見える!
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6.途中に「フリース先生を偲ぶ」碑があった!
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7.神社の駒札
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8.正面に巨大な楼門や拝殿が見える!
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9.大楼門の彫刻の一部
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10.手水舎
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11.国重文で日本三大楼門の一つ!
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12.駒札
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13.拝殿
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14.拝殿内では挙式中!
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15.拝殿に向かって左側には国重文の一の神殿がある!
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16.拝殿に向かって右側には国重文の二の神殿がある!
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17.下記をクリックして、「音声付動画」で大楼門の内側からは拝殿、宸殿を見て下さい!
https://youtu.be/vGkvG7-_EiI

18.昭和天皇の碑文
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19.願かけ石!
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20.拝殿後部と本殿を見る!
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21.楼門をバックに記念撮影の新婚さん達!
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2013/3/24

綾部市梅林公園の第1回梅まつりを見て!  古木名木

京都府綾部市館町の「豊里コミセン横のグランドの西側」には綾部市梅林公園があります。予てこの綾部市梅林公園では600本の梅が植えられ、順調に大きくなっていると聞いていました。和木町の松原梅林は前回記事にしたように、甘酒・猪肉無料試食や古木の梅の下でのバーベーキューで有名ですが古木の梅は50本くだいです。それと比較すると600本は凄いと思って初めて取材にいきました。ああやっと解りましたよ!ここは綾部中学校対抗駅伝の所でした。初めて綾部市の農林課が主体での「第1回梅まつり」で、3月23日(土)午前11時肌寒い日でして、人も少なかったが初めてテントが張られ、元JTB福知山支店にいた時に新婚旅行の世話をさせて頂いた農林課の白波瀬さんがおられました。又、山崎善也綾部市長の母上で綾部高等学校後援会副会長である山崎久子さんにも声をかけてもらいました。テントで無料の梅茶を頂き、各種の梅の製品の写真を撮影してから、梅を見て回りました。回遊式に道は舗装され楽しい散策といったところでした。このあとも無料でまだ見られます。無料の駐車場所がありますので春休みの24日から1週間滞在する孫息子と家内と又来ようと思っています。来年以降のより魅力あるイヴェントを期待したい!
では写真はへたくそですが見て下さい!画面をクリックすると720ピクセルの拡大画面で見れます!

1.テントの会場(今後は撤去されてありませんが、公園は無料ですから見に来て下さい。)
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2.同上
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3.舗装の散策道順に撮影します。
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4.同上
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5.同上
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6.同上
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7.同上
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8.同上
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9.小生のモデルになってくれた可愛い子!
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10.写真アップの白梅!
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11.アップの紅梅
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12.綾部市梅林公園の写真
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13.同上
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14.同上
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15.同上
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2010/5/23

熊野新宮神社の左右一対の藤棚が満開  古木名木

藤の開花季節を迎え保留していた並松町の熊野新宮神社の藤棚を取材した。
綾部の古木・名木100選 No18:藤(ノダフジ)マメ科 幹周1.45m(高さ31cmでの幹周)

藤棚は高さ2.5m 東西13m 南北4m。枝葉は良く茂り、薄紫色の花房をつける。綾部では幹周でもっとも太い。左側のフジはこれより若く、花房は白色。

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境内参道を進み本殿前広場向かって左(西)の藤棚
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参道をはさみ右側(東)の藤棚
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花房が下がっている
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左の藤棚の下に綾部自然の会の立てたコマ札が立つ
綾部の古木・名木100選 フジ(マメ科 幹周1.5m
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左の藤棚の幹
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見上げると緑の天蓋の上にたくさんの花房が咲いている


2009/10/17

台風で倒れ存在しない山口神社の古木100選  古木名木

あやべの古木名木100選に指定されている山口神社のエゾノキを撮ろうと、古和木町に車を走らせた。
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頭巾山から流れる古和木川と支流の合流する広地に森に囲まれて山口神社がある
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山口神社の鳥居と神殿
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大きな銀杏の木が黄色に染まり「ギンナン」を拾う
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府道際にも樹木が茂る。しかし以前は目立っていた巨木が見当たらない
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綾部の古木名木100選:エゾエノキ(ニレ科)幹周:4.6m 樹高:28m 綾部自然の会のコマ札だけが残っていた。近くの農作業中の人に尋ねると、台風により倒壊したとの話 
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山口神社社殿
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木造の古い社殿が祀られている
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左右の小宮
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左右の小宮

清正神社のように山口○○を祀った神社名かと思っていたが、「世界文化遺産・吉野の国宝と文化財を訪ねて」の時に、義経公静御前舞塚(静御前が捕らえられ心ならずも法楽の舞を舞わされ、そして鎌倉へ送られた)のある勝手神社:金峯山の入口にあるので山口神社ともいう(金峰山の山の神、水源を養う雨の神)を知り、同じ意味の神社名だと分った。

この神社の背後には若丹国境(若狭・丹波国境=綾部市境)の山々と若狭、美山町へ通う峠道が連なっている。鳩ケ峰(△川上:574.3m)管の坂(萓待坂)△小脇谷427.4m―尼公峠△横谷573.0m−尼来峠頭巾山(△納田終村:871m)天狗畑(△河端:848.3m)である。まさにその入り口に当たる「山の口=山口神社」なのである。
 上記の山名、三角点標識:点名、および峠名にリンクしたのは、私が登った登山記である。山好きの方はご覧ください。

インターネットで「山口神社」を調べると全国各地にあり、北海道にある山口県の神社の意は別として、本来は祭神に山の神(大山祇神)を祀るとあります。水源を養う雨の神とありますが、まさに「水源の里」に指定されている当地域に相応しい神社名です。

また私の住む近在にも「山ノ神神社」があり、綾部八幡宮にも「大山祇神」を祀った小宮があり、環境保全、公害防止にご利益のある神であると書かれています。

この古和木の山口神社の由来、設立時期や勧進した神社名などを上林史誌などで調べるよう綾部の文化財を守る会の事務局長・綾部市談会会員の四方續夫氏にお願いしました。山の神と山口神社の違いも知りたいと考えています。


2009/9/18

綾部の古木・名木100選綾部市一番の由良川左岸のヤナギ  古木名木

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)位田町の由良川左岸、位田橋の下流350メートル位の所の竹薮に自生している。藪の小道から入って30メートル位入った薄暗い所で、外からは見つけにくいが、小生が駒札を運良く発見できたので、小道のところに移して置いたので今後は見つけやすいでしょう!根元から胸高までの間が20度程傾いているのは、幾度かの洪水で下流に押されたためと思われる。幹の太さ2.3メートルからかなりの樹齢が感じられる。樹高は藪の中で測るのが難しいが、竹の高さが約10メートルから、12〜14メートルと推定できる。主幹は胸高あたりから直立と傾立の2本に枝分かれしている。このヤナギは此処で芽を出し大きくなったものか、洪水でヤナギの株が流れ着いて根づいたものかわからないが、よくも、この竹藪の力に互して成長したものと思う。

1.由良川左岸の小道の駒札1.
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2.綾部の古木・名木100選の駒札「由良川左岸のヤナギ」
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3.幹周2.3メートル、根元から胸高までは20度傾いている
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4.主幹は胸高から直立と傾立の2本に枝別れしている。樹高13メートル。
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2009/9/16

岩王寺の古木名木100選「サンシユユ」  古木名木

岩王寺の萩まつりの取材のついでに本堂右側に建つ鎮守堂の前にある「綾部の古木名木100選:サンシュユ」の写真を撮り再掲する
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鎮守堂の前に大きく枝を広げている
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綾部の古木名木100選:サンシュユ(ミズキ科) 幹周:1.2m 樹高:7m
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手前に紅白に咲く「萩」がきれいな「花の迷路」がある

2009/9/15

岩王寺の古木名木100選:ヤマモモを撮ってきました  古木名木

綾部の古木名木100選のリストに岩王寺の「サンシュユ」と「ヤマモモ」の二本が選ばれている。「サンシュユ」は岩王寺境内の本堂近くにあるが、「ヤマモモ」については昨秋、四方續夫氏が取材に行かれ、獣よけの防止索が張られそれを超えて山に入るので断念したと云われ未取材になっていた。

 綾部自然の会の記事では、No62 岩王寺のヤマモモ 所在●綾部市七百石町 岩王寺 山ノ神前「七百石町の岩王寺の駐車場から旧参道を60m程登った所の林の中に生えている。切り通しの坂道上で、その辺りはみそ岩の痩地である」と記載されている

 「岩王寺の萩祭り」の当日、今日なら村人に出会い詳しい情報を聞いて取材しようと早めに家を出た。途中、四方續夫氏宅に寄り同行を誘ったが、所用と会報編集の用務で無理とのことで、会報校正のゲラ刷り原稿をあずかり、「中腹の高い所にあるようだから気をつけて」の言葉に送られて出発。

 岩王寺の参道山道を車で登り駐車、GPSの電源を入れるが山が迫り受信が難しい。人工衛星の3個は入るのだが4個目が捕まらない。場所を変えてやっとGPSの受信領域OKになった。登山用意を整えて準備中の受付に行き、自治会長さんらしき人に尋ねる。
 あの人ならと指名をもらい尋ねると、川端二二三郎先生と古文書の研究をしている人であった。岩王寺の中腹というのは全くの誤報で、山に入る直ぐ近く(麓)にあると地図を書いてもらった。
 「ヤマモモ」取材のついでに山の頂上にある三角点の「点名:七百石(300.54m)」に登って来ようと、また岩王寺の硯石で有名な(寺名の由来となった)岩王寺石の採取跡も見れるかもと用意していたが、今日から「マツタケ山の入山禁止」、頂上への登山道はここでなく、蓮華寺峠から下ってきて二分される峠道の多分、高槻町側ではなかろうかと言うことであった。
 GPSを持っているので登山にかかれば山頂は近いので十分行けるとは考えたが、松茸山入山禁止ではと断念した。

 「萩まつり」の取材が一段落したところで、登ってきた車道を歩いて麓まで降りる。下の道に出ると少し広くなっていて、一方交通整理中のトランシーバーを持った若者が1人おられた。書いてもらった地図を見せて尋ねると、真っ直ぐに伸びる車道と、右折して岩王寺に入る山道(単線車道)との間に、暗く細い山道があった。
 この山道に一歩踏み込むと、そこから「古木名木100選の白いコマ札」が認められた。その気になれば車道脇からでも見える。近くに民家も二軒あり山中で取材困難とは全くの誤報であった。
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綾部の古木名木100選:No62 山桃(ヤマモモ科)幹周:3.30m 樹高:12m
 この山道は細く急な坂で岩王寺に登る参道の下を通っており、行き止まりで参道には少し攀じ登って出られた
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山の神さんの前に太い幹が育つ
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細い山道から見上げる茂る「ヤマモモ」

2009/8/19

幹周で綾部2番目の正暦寺のケヤキ  古木名木

水無月祭の万灯流し取材の下調べも兼ねて正暦寺へ歩いて行った。正暦寺にある「綾部の古木名木100選のケヤキ」の取材を思い出し、庫裏の裏手に回ったところで正暦寺お奥様(文化財を守る会会員)にお出合いした。断って見事なケヤキの写真を撮らせていただいたが、綾部自然の会の写真を見ると奥様も大木の横に写っておられた。一緒に写真に入って頂ければ良かったと反省
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綾部の古木名木百選のコマ札:欅(ニレ科)幹周:4.40m 樹高32m
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幹周で山家釜輪町聖権現山のケヤキに次ぐ
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青々と枝を広げている
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正暦寺境内の上に青々と茂るケヤキ
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正暦寺本堂と赤い屋根の庫裏 裏側にケヤキがそびえる

2009/7/20

花が咲いていた旦寺の「ハリギリ」  古木名木

旦寺と云う寺院はなく地名である。四つ尾山に波多野記念碑から登り、頂上を過ぎて夕日が丘の配水タンク上部に出る縦走路を更に西に「上延コース」を下るとこの「旦寺」に出る。
そこに鳥居が立ち、小さいながらも社があるので、旦寺と呼ばれる寺もあったと思い違いしていた
。「丹の国綾部の写真集」でも「旦寺の竹細工」として紹介されている。その竹細工工房に立ち寄り、社の上に見える四つ尾山山麓の森の中の樹木かと尋ねると、もっと下の森の中ではと教えられた。いつもの散歩道を安場川まで下り、橋を渡らず一番下の道を回りこむと道路際に「綾部の古木名木百選No.24:ハリギリのこま札」と、中筋自治会のこま札が建てられていた。
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いつもの散歩道傍に鳥居が建つ 大正7年10月 背後は竹細工に相応しい竹林
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同じく大正7年10月の石灯籠と小さなお社
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もう一つ小さなお社がある。背後に四つ尾山山麓の森が見える
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綾部の古木名木100選No24:ハリギリ(ウコギ科)樹周:3.10m 樹高:30m 上延町旦寺自然林中のコマ札 
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白っぽい花の咲いているハリギリ
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携帯電話の付属カメラなので、コマ札も花も上手く撮れない

所在地は次のMAPIONの地図を参照ください。
 http://www.mapion.co.jp/m/35.2937919444444_135.238962777778_9/

2009/7/18

並松の由来となった綾部の古木名木100選のクロマツ  古木名木

平重盛の古き時代より治水に務めた京都府北部を流れる大河:由良川の「並松町」の由来となった綾部の古木名木100選:クロマツ
 京都府北部を流れる大河:由良川。元何鹿郡(現在の綾部市)において平重盛公の時代から治水のため、由良川のこの地に井堰を造り治水に務めたと伝えられる。しかしこの大河:由良川は、再三にわたり大洪水を起こしてきた。この治水のため多く松の木が堤防沿いに移植され、また江戸時代初期に三重県の鳥羽から綾部に移封された初代九鬼藩主の九鬼隆季公もこの地に陣屋を設け(後に消失して現在の上野に九鬼館を設ける)松を植えた。
 美しい松並木が「並松町」の名の由来となったが、平成19年には松食い虫のため最後に残った二本も伐採されてしまった。
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ここに掲載するのは平成15年頃撮影した最後の一本の写真である。川面に垂れ下がる枝が、水鏡となった綾部井堰の満々と湛える水面に姿を写し、素晴らしい一幅の絵になっている。



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