2015/9/26

家康公400年祭!16三方原古戦場犀ヶ崖とその資料館!  文化財を守る会だより

犀ヶ崖古戦場は、元亀3年(1572)12月22日、徳川家康と武田信玄が三方ヶ原で戦った。徳川家康はこの戦いに負け、浜松城に逃げ帰った。その夜、徳川方が犀ヶ崖付近夜営していた武田方を急襲し、地理に暗い武田方をこの崖に追い落とした。武田方はここで多くの人馬を失ったと伝えられている。当時の犀ヶ崖は、東西約2q、幅約50m、両崖は絶壁で、その深さは約40mに及んでいたと伝えられている。県指定史跡の現況は、長さ約116m、幅約29m〜34m、深さ約13mである。
犀ヶ崖資料館は、三方原の戦いによる死者の霊をまつった宗円堂というお堂でした。また、昭和5年(1930)に結成された「遠州大念仏団」の本部としても、永く利用されてきました。
 浜松市は、昭和47年(1972年)3月に遠州大念仏を無形民俗文化財に指定するとともに、昭和57年(1982)には、この建物を資料館として改修し、遠州大念仏及び三方原の戦いに関する資料を展示することにしました。
 この資料館は、遠州大念仏及び三方原の戦いについての理解を深め、郷土に伝わる文化遺産を後世に残していくことを目的としています。
 また、犀ヶ崖は浜松城の北側約1キロメートルにある渓谷で、三方原古戦場として昭和14年(1939)に、静岡県の史跡に指定されました。(犀ヶ崖資料館資料より)

1.三方原古戦場犀ヶ崖(みかたがはらこぜんじょう、さいががけ)の碑
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2.同上 案内板
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3.大島蓼太の句碑「岩角に兜(かぶと)くだけて椿かな」与謝野蕪村等5銘は天明(1781〜1789)の五俳人と呼ばれています。
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4.夏目吉信顕彰碑(三方原合戦で留守居役を勤めていたが、味方原合戦の旗色が悪いので戦場に駆けつけ、家康の身代わりで討ち死にした。子孫に夏目漱石が輩出されている。
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5.史跡犀ヶ崖説明板
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6.同上 犀ヶ崖を覗き込むと深さ13メートルの深い崖が理解できる。
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7.本多忠真顕彰碑「徳川四天王の一人本多平八郎忠勝の叔父で三方ヶ原合戦時、敗走する徳川軍しんがりを勤め討ち死にした」
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8.昭和6年4月13日宗円堂内にて「三方原合戦360年祭」を施行。徳川16代将軍家達(いえさと)公ご夫妻がご招待され植えられた「記念樹家達公お手植えの楠」駒札
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9.同上 楠木
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10.犀ヶ崖資料館(三方原古戦場犀ヶ崖と遠州大念仏)
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11.三方原合戦及び遠州大念仏の様子がビデオで見れます。
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12.遠州大念仏の仏具
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13.同上 
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14.徳川代16代将軍家達公直筆の軸
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2007/12/26

プレミアム版にグレ−ドアップしました。  文化財を守る会だより

 皆様にご愛読いただいているこの「綾部の文化財日誌」ですが、この年末についに制限容量満杯になってしまいました。 総投稿数:274 総画像数:1586枚 残り容量:3.78MB 容量使用率:96.22%
 この度、容量無制限の「プレミアム版」にグレ−ドアップ致しました。年会費1千円の「綾部の文化財を守る会」としては、6千円/2ケ年の有料化は延べ6人分の会費に相当します。  一方プレミアム版となり、一切の有害広告等が削除できろようになりました。地元の小中学校の教室現場で歴史・社会・文化教育の推薦サイトと評価をいただいており、子供たちに安心して学んでいただける教材としての責任を果たせると思います。
・「HP:綾部の文化財」のURLが、これまで3回にわたり変わりましたので、切れていた参照リンクを修正し復活させました。
・事故のため無くなっていたブログを1件、復活させました。
・いくつかの写真が同じく事故のため消えていますが、極力復活の努力を行っています。1586枚から探し出し、なおリストにない場合は撮影当時の写真から復元するので容易ではありません。 いずれの写真も四方事務局長が社寺に出向き、撮影、掲載の許可を得て撮影した秘仏や貴重な襖絵などの文化財、また各地に出かけ撮影した写真で、一点でも多く復活させたいと努力しています。
 プレミアム版という新しい環境で、さらに充実した文化財紹介を続けていく事を念願し、皆様からのお引き立てをお願い申し上げます。

2006/3/27

HP一挙に公開しました  文化財を守る会だより

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山家城址・武家屋敷・覚応寺金剛力士像について 塩見光夫氏
http://ayabun.net/bunkazai/annai/kakuoji/kakuouji3.html
照福寺・照福寺庭園(国指定名勝) 照福寺住職:和久 弘昭 師
http://ayabun.net/bunkazai/annai/syofukuji/syofukuji2.html
丹後半島史跡学習会感想:塩見和世・四方 篤 様
http://ayabun.net/kensyu/tango/tangok.htm
世界文化遺産:吉野の国宝と文化財を訪ねて感想 森本一郎・泉美千代様
http://ayabun.net/kensyu/yosino/yosinok.html
世界文化遺産:奈良の国宝を訪ねて 東大寺
http://ayabun.net/kensyu/todaiji/todaiji.html
世界文化遺産:奈良の国宝を訪ねて 興福寺とその周辺
http://ayabun.net/kensyu/kofukuji/kofukuji.html
柏原歴史民俗資料館・栢原藩陣屋跡・田ステ女記念館視察レポ
http://ayabun.net/minzoku/kaibara/kaibara.html

2005/6/7

西町アイタウンでHP:綾部の文化財を展示  文化財を守る会だより

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通勤帰りに通るといつ見ても、西町アイタウン目抜き通りの一等地のショ−ウインドウが空いています。西町商店街の振興にも役立つのではと思い、北都信用金庫西町支店に申し込みました。
6月一杯は空いているのでどうぞのご返事をいただき、四方事務局長に了解を求め、翌日からは用務が重なるので即日の3時からと決定、鐙常任幹事にも急なことでの無理を云い3人で展示しました。
2月の大本節分祭以来の展示なのか?蜘蛛の巣は張り、ゴミだらけの状況で、掃除機、脚立、押しピンを北都信金さまにお借りし展示し終わりました。
二間のブ−スがあり思ったより広く、昨年の創立35周年記念式典展示のもの、その後の取材したもののHPカラーコピ−を張り出しました。
翌日、追加補充をすませ、文字は読みづらいので写真ペ−ジを中心に、綾部市の指定文化財、会報記載記事集録の写真追加HPの殆どが展示できました。
年輩者などパソコン、インタ−ネットと縁遠い方も多々おられますが、HPコピ−を展示するのは、IT(ハイテク)との谷間を埋める試みでもあり、「文化財と人とのふれあい」を進める綾部の文化財を守る会の趣旨にも合うと考えています。
どうぞ見に行ってください。あなたの村、街の社寺、お祭り、あなたも写っているかも。
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2005/2/9

山家史誌を編纂して  文化財を守る会だより

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西原など山家一帯の文化財を解説した資料として、西村会員から「山家史誌」を拝借しました。文化財の会報に山家史誌を編纂して」が掲載されており収録しました。この収録文にも書かれていますが、西村会員に伺うと、山家史誌の編纂委員の方は殆ど皆、故人となられたそうです。先覚者のご努力の結果を利用させていただく有り難さを一際感じることでした。
表紙と、山家各町区の文化財地図などです。クリックすると元のサイズで表示します

2004/9/17

写真ギャラリ−つくりました。  文化財を守る会だより

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来月に「全国足利氏ゆかりの会・綾部大会」が開催されるので、安国寺に設置された「駒札」の内容を読み取りに行き、葺き替え中の安国寺仏殿の写真を撮ってきました。
HP巻頭に掲載した写真と、今後も巻頭写真などが必要なため、皆様からの写真投稿を歓迎いたします。
綾部の文化財や社寺の祭事の写真などをご投稿ください・
HP管理者の四方事務局長と制作者が相談の上、採用させていただき、また投稿写真として、この写真ギャラリ−に掲載します。
写真は、縮小されますので、周辺部をトリミングする場合もあります。
掲載と写真処理については、こちらにお任せください。

2004/8/11

はじめまして  文化財を守る会だより




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