2020/1/25

兵庫県丹波を見る!丹波市市島町吉見庄一宮の天満神社!  文化財研修記

兵庫県丹波市市島町上田7番地には吉見庄の一之宮で天満大自在天神(菅原道真公)を祀る天満神社(てんまんじゃ)がある。延元3年(1338)に歓請された神社で、天正6年(1578)には明智光秀公の丹波攻めで兵火で焼失したが、慶長5年(1600)には吉見越中守吉家により再建された。元和6年(1620)白太夫、厳島神社を建立。享和元年(1801)北野天満宮の神輿を譲り受けている。天保10年(1839)に本殿を改修し、現在に至る。式年大祭は30年毎に行われ、次は2037年です。右に八柱神社、左に八幡神社が合祀され、境内社は白太夫神社、稲荷神社、熊野神社、愛宕神社、九頭竜神社、須賀神社、金毘羅神社、厳島神社があります。

1.一の大鳥居
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2.駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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3.手水舎と相撲の土俵です!10月第二日曜日の大祭に奉納相撲が催されます!
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4.見事な歌碑です!(画像をクリックすると拡大します。)
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5.見事な奉納舞台が残っています!
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6.社殿を正面から見ます!
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7.右側の境内社の稲荷神社を見ます!
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8.正面の石造り大鳥居です。
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9.拝殿手前にある境内社の白太夫神社(画像をクリックすると拡大します。)
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10.拝殿の左側の見事な御神木の大杉と伊勢神宮遙拝所
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11.正面拝殿と奥の本殿を見る!
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12.同上
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13.天満宮のつきものの牛と本殿
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14.見事な本殿をアップで見る!(各画像をクリックすると拡大します。)
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15.本殿を左側から見る!
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16.御神木の大杉の駒札
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17.見事な広葉杉です!
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18.右側から本殿を見る!
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19.御神木の駒札
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20.見事な御神木のモミの木
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2020/1/20

兵庫県丹波を見る!第5代中井権次正忠と6代目正貞の合作の見事な彫刻のある一宮神社!  文化財研修記

兵庫県丹波市市島町中竹田1199−1には第5代中井権次正忠と第6代目正貞の合作の見事な彫刻のある一宮神社がある。創建時は18世紀初頭。旧道のN酒造の横から神社に入る。静かな佇まいの、春日造りの立派な本殿である。江戸時代初期、日光東照宮に駆り出された各地の宮大工、彫り物師などが、完成後それぞれ、いわば下放されたわけで、丹波、但馬、丹後、播磨の人たちが生業を立てるために企業集団を設立したと思われ、欅を主材とした彫り物が始まり、丹波市では、ここの神社と氷上町南油良の貴船神社がその嚆矢である。再建された文化15年(1818)以前の社の正面向拝の宝珠を握った迫力ある龍と手挟みの菊の花がそのまま新社殿に移された。他に多彩な彫り物が所狭しと施されている。木鼻の阿吽の唐獅子と獏、さらに象が本殿の側面に二体、上部には鶏が12体も見える。麒麟も裏面に4頭、蟇股には長寿を願う鶴亀が居る.青竜軒と号した最晩年の五代目正忠と権次と名乗り始めた六代目正貞の合作による秀作である。

1.見事な鳥居のある一宮神社
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2.鳥居の扁額を見る!(画像をクリックすると拡大します。)
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3.御神木の大杉と社殿を見る!
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4.拝殿を見る!
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5.拝殿後部と本殿を左側から見る!
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6.左側から本殿を見る!
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7.見事な中井権次忠正と6代目正貞の合作の彫刻を見る!
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8.見事な左側の摂社です!
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8.見事な右側の摂社です!
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9.見事な本殿を右側から見る!
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10.本殿の彫刻を見ます!(画像をクリックすると拡大します。)
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2020/1/15

兵庫県丹波を見る!新春の真言宗の古刹・清薗寺を見る!  文化財研修記

兵庫県丹波市市島町下竹田68には真言宗の古刹で鎌倉山・清薗寺(せいおんじ)がある。「清薗寺」(せいおんじ)は福知山の長安寺と同様に、用明天皇の息子であり聖徳太子の異母弟である麻呂子親王により創建されたと伝わる寺院。また戦国時代には明智光秀の丹波攻めで全焼したという歴史もある。街道沿いの総門、そして迫力のある仁王門はいずれも江戸時代初期・中期の建築で、それをくぐった場所に一つ立っている石燈籠はこの寺院で最も古い建造物で南北朝時代に造られたもので兵庫県指定文化財です。「持仏堂」の前に江戸時代後期に築庭されたと推定されている枯山水庭園があります。背後の高谷山を借景としているのが美しい。

1.清薗寺総門
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2.見事な仁王門です!此の門は寛政7年(1705)再建の建物です。
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6.吽形の仁王像!
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7.仁王門の中央真後ろには県指定文化財の「貞和3年(1347)の銘を持ち、南北朝時代作であり、石英粗面岩で作られた八角形で、火袋には四仏の梵字や,中台側面に散蓮華彫られている。銘文は竿石に4列に刻まれ、なかに「右 志 者為天下泰平六道四生一切 普 利 貞和三丁亥九月八日
左衛門尉 平 顕信敬白」とあり、六道思想がうかがえて興味深い。
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8.同上 の中台を見る!
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9.右手に薬師堂、左手に鐘楼、本堂を望む!
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10.見事な薬師堂です!
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11.堂内を見る!
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12.薬師堂の駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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13.丹波市市島町の指定の大杉の駒札
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14.見事な大杉です!
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15.見事な鐘楼と鐘です!
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16.本堂方面を見る!
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17.本堂への参道
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18.見事な山門や本堂を見る!
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19.山門から本堂を見る!
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20.本堂と水琴窟のある庭園
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21.持仏堂前の枯山水庭園
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22.奉納された狸の像が印象的です!
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2020/1/10

京丹波を見る!新春の大己貴神(別名:大国主神)を祀る一宮神社を見る!  文化財研修記

京都府福知山市堀西井2209には大己貴神(別名・大国主神)を祀る一宮神社(いっきゅうじんじゃ)がある。伝承では奈良時代頃の創建とされており、境内看板(一宮神社略記)によると「慶雲4年(707)麿子親王(聖徳太子の異母弟)の創建にかゝる古社です。丹波・丹後の国境の守護神として崇敬され、天正年間、福智山城なるや、城中・城下の鎮守神として崇敬を集め、城主によって社殿の修復がなされ、宝物、神饌田等の奉献もあり、現在は福知山鎮守・守護神としてのみならず、全国各地方からの崇敬参拝者多し。現在の本殿は、正徳4年4月に炎上後、時の城主朽木(民部少輔)植元によって、享保三年八月に造営されたもので、其の後寛政三年七月に修理がなされ、後は屋根の吹替え等の補修が加えられた程度で現在に至っている。ただし、幣殿、拝殿は、昭和9年に建て替えられている。境内には、十二の由緒ある境内社がある。御神徳は、福徳、円満、和平、開運、縁結び、商売繁栄、五穀豊穣、国土開拓、医薬、禁厭、病疫祓除、温泉、わけても顕幽両界を主宰し給う神として、神威極めてあらたかなる神である。」とある。江戸時代には三輪明神と呼ばれ、福知山藩の鎮守として栄えた。鎮守の杜の中に境内があり、社殿は享保3年(1718)に建築されたものであり、一間社流造桧皮葺となっている。福知山を代表する建築だとして境内社(大原神社など)4社も含め京都府登録文化財に登録、および福知山市指定文化財に指定されている。鎌倉時代の石灯籠や近在で唯一の能舞台が遺されている。また、境内に軍馬・軍鶏之碑がある。鎮守の杜は、ケヤキが数多く見られる。サカキ・カシ・クス等の照葉樹林にモチ・イチョウが混成して境内を取り囲み、南側にスギ・ヒノキの針葉樹が植樹されている。ササ・ベニシダ・フユイチゴ等が密生しており、府の文化財環境保全地区に決定されている。摂末社は大原神社・八幡神社・天満神社の3社は本殿と同じく府の登録文化財に登録されている。三社とも1719年(享保4年)に建立された一間社流造である。大原神社は地元の大工によって建立され、八幡神社と天満神社は大坂の大工によって建立された。武大神社は本殿と同じく府の登録文化財に登録されている。元々は福知山市土に鎮座していた建田神社であり、元禄8年(1695)に再建された。明治41年にその本殿が一宮神社に移築されたものであり、再建当初の様子を良く遺している。その他の境内社は稲荷神社・少彦名神社・道祖神社・郷土祖先神・厳島神社・常靖神社・天祖神社・鎮神社がある。
文化財としては有形文化財(府登録及び市指定)、一宮神社本殿、境内社本殿群(建造物) - 1989年(平成元年)4月14日府登録・1994年(平成6年)4月21日市指定。有形文化財(市指定)では一宮神社の脇差「関和泉守兼定」と銘があることから作者は濃州兼定とされている。1749年(寛延2年)に福知山城主の朽木玄綱が宝剣として奉納したものとされる。一宮神社石燈籠は花崗岩製、市内最古の石燈籠であり鎌倉時代のものと思われる。亀岡市以北で鎌倉時代の石燈籠はこれを含めて三基しか存在しない。国の重要美術品にも認定されている。府文化財環境保全地区として一宮神社文化財環境保全地区 - 1989年(平成元年)4月14日決定。

1.一宮神社の大鳥居と標柱
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2.正面から見る一宮神社
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3.二ノ鳥居
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4.見事な二ノ鳥居と福知山市の古木・名木の一つ
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5.百度はなでる「百度石」
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6.駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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7.巨大な今年の干支・鼠ですね!吃驚!
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8.見事な能舞台です!
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9.能舞台の駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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10.能舞台をアップで見ます!
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11.拝殿を左側から見ます!
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12.拝殿を横から見ます!
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13.拝殿後部と本殿を見ます!
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14.見事な摂社一つ(画像をクリックすると拡大します。)
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15.一宮神社石燈籠は花崗岩製、市内最古の石燈籠であり鎌倉時代のものと思われる。亀岡市以北で鎌倉時代の石燈籠はこれを含めて三基しか存在しない。国の重要美術品にも認定されています。
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16.見事な摂社の武大神社
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17.見事な摂社です!(画像をクリックすると拡大します。)
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2020/1/5

京丹波を見る!新春の国指定文化財の朱の本殿を持つ島田神社!  文化財研修記

京都府福知山市畑中1882−1には国指定文化財の朱の本殿を持つ島田神社(しまだじんじゃ)がある。本殿一棟、三間社流造、正面軒唐破風付、屋根葺材を欠損、文亀二年(1502) (附)宮殿二基。 島田神社の創立は詳(つまび)らかでないが、中世の豊富庄の総社が当社にあたるとみられる。
現本殿は京都府北部では数少ない中世神社本殿遺構として貴重なもので、内陣内西妻内法貫(にしつまうちのりぬき)の墨書から文亀二年の建立と判明した。また、永正三年(1506)の墨書のある一間宮殿二基も保存されている。 この本殿は三間社流造(さんげんしゃながれづくり)で、正面に軒唐破風(のきからはふ)が付く。この正面軒唐破風は当初のものではない。屋根葺材をすでに欠くが、小屋組に当初材の一部が残っている。正面中央間に両開き板戸を構え、両側は欄間(らんま)彫物をはめ込み、格子戸引違、側背面は横板壁とする。内部は内陣を3室に区画し、各外(げ)陣境に板扉を構え、両端室には宮殿が置かれる。縁は正面にのみ残り、側面部のものは失われる。丹波地方には、室町時代建立の神社本殿遺構が十数棟確認されているが、いずれも保守的な形式技法を踏襲し続けており、島田神社本殿も、全体としてはその流れのなかにあるが、身舎組物(もやくみもの)、頭貫木鼻(かしらぬききはな)、身舎正面の欄間、蟇股(かえるまた)、手挾(たばさみ)、花肘木(はなひじき)、拳鼻(こぶしばな)等の細部意匠に変化をもたせており、工匠の創意工夫が認められる。市内唯一の中世の建造物であり、貴重な資料である。なお、平18年度から3ヵ年に渡る解体復原事業により、平成21年の春、500年に時を経て創建当初の姿が現代に蘇えった。

1.島田神社への参道
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2.駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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3.鳥居と拝殿を望む!
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4.拝殿を見る!
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5.説明板(画像をクリックすると拡大します。)
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6.拝殿と本殿を斜めに左側から見る!
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7.朱の本殿を左側から見る!(画像をクリックすると拡大します。)
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8.朱の本殿をアップ見る!(同上)
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8.本殿左側の見事な造りの境内社
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9.本殿右側の境内社
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2020/1/1

京丹波を見る!令和2年新春の明智光秀公を祀る御霊神社!  文化財研修記

京都府福知山市中町238には明智光秀公を祀る御霊神社(ごりょうじんじゃ)がある。宇賀御霊大神(ウガノミタマノオオカミ)と明智光秀公が主神です。創祀は宝永2年(1705)。元々は宇賀御霊大神を祀る稲荷社と光秀を祀る菱屋町の常照寺と分かれていた。福知山城主である朽木氏が、かつて当地を「福智山」と命名し、福知山城を近世の城に改修するなど善政をしいた明智光秀の合祀を許したことが始まりとされており、社号もこれに由来する。そのため、明智光秀にまつわる数多くの史料を有しています。境内には浸水位標識があり、昭和28年(1953)の台風13号の被害による由良川の氾濫で水没した福知山の被害を伝えるため、境内隣接の御霊公園には当時福知山市街地を覆った水の水位を記した看板が建てられている。行事としては10月の例大祭においては、併せて「丹波光秀ききょうまつり」が開催される。福知山市の秋の代表的お祭りである。御霊公園、広小路通りには、イベントや数多くの出店が並びます。文化財は重要文化財(市指定)、御霊神社槍(三口)戦国時代には野道具を作っていた雀部道明という鍛冶師が、光秀に命じられて槍や矢の根を作っていた。細工は粗いが、物をよく通すので道明と命名されたといわれている。この槍は、それより時代は下るが、銘から同じ系統を引く郷土の刀工の作品と推測される。有形文化財(市指定)は御霊神社紙本墨書明智光秀関係文書(三通)、光秀書状2点と明智光秀家中軍法1巻から構成されており、天正6年から9年の文書が残されている。

1.御霊神社と公園
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2.昭和28年の台風13号の被害水位表示板(画像をクリックすると拡大します。)
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3.御霊神社
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4.同上
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5.駒札
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6.拝殿を望む!左側には福知山市指定の巨大なヤマザクラの古木が見える!
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7.古木の駒札
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8.巨大なヤマザクラ
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9.見事な朱の拝殿
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10.駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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11.拝殿後部から本殿を見る!
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12.見事な本殿を左側から見る!
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13.見事な本殿の脇障子の彫刻です!
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14.見事な本殿の彫刻です!
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15.拝殿内陣を覗いてみました!
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16.明智光秀公を偲んで!
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17.境内社の堤防神社
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18.同上の駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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19.御霊神社の右側の境内社の恵比須神社(1月10日の初恵比須には大変な参拝者があります。)
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20.此処から御霊神社の本堂の見事な屋根が見えます!
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21.叶石発祥の駒札
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22.叶石(多くの人がお参りされるパワースポットですね!)
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23.筆塚の駒札
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24.筆塚
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2019/12/25

丹波の紅葉を見る!丹波市氷上町の圓通寺!  文化財研修記

兵庫県丹波市氷上町御油983には「歴史と紅葉と四季彩の里」と呼ばれる曹洞宗永谷山・圓通寺(えんつうじ)がある。 円通寺は、南北朝時代永徳二年(1382)の正月に、時の将軍足利義満が、後円融天皇の勅命を奉じて創建しました。今日まで六百余年の歳月を経た、禅宗の古刹です。
室町時代から江戸末期まで、二百余の末寺院と一千石を越える寺領を有し、丹波はもとより但馬、播磨、攝津にかけて君臨していました。ご本尊は如意輪観世音菩薩像です。後小松天皇が南北朝合体を祈願して、御自らお彫りになったものを下賜されたと伝えられます。現在の本堂や庫裏は、天保年間(1840)に焼失後再建されたもので、本堂は二層屋根になっており、唐風を連想させるものがあります。由緒を物語る二つの家紋について:ご本堂の屋根やお寺のあちこちに足利家の家紋「円に二引きの紋」と近衛家の家紋「近衛牡丹紋」が多く見られます。ご開山が足利尊氏の第四子英仲法俊、第二代が関白近衛道嗣の第三子牧翁性欽であることに拠ります。当時の武門と公家の最高位者の子弟を送り込んだことは、創建当時の尋常ならざる事情が伺えます。明智光秀と円通寺の関係は: 織田信長の中国攻略に伴う明智光秀の丹波攻めにより、この地の寺社仏閣は悉く焼き払われました。
この寺にも軍勢が近づいた時、豪氏荻野喜右衛門が光秀の本陣に赴き必死の説得の結果、兵火を免れたと寺伝は記しています。この寺の貫禄に暴挙を慎んだ光秀直筆の下馬札と禁制が遺されています。

1.紅葉の圓通寺参道(入山料は紅葉の時は300円必要)
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2.同上
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3.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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4.六地蔵堂
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5.登り石段参道
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6.紅葉の裏山を見る!
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7.見事な山門
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8.山門の両脇にある持国天像
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9.項目天像
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10.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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11.左は鐘楼
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12.見事な鐘楼
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13.お寺のあちこちに足利家の家紋「円に二引きの紋」と近衛家の家紋「近衛牡丹紋」
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14.見事な本堂
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15.本堂の如意輪観世音菩薩像を見る!
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16.本堂の見事な彫刻
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17.同上
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18.見事な霊水が湧き出ています!
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19.見事な禅庭の一部
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20.此処にも霊水が湧き出ています。
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21.日置黙仙禅師と山岡鉄舟の筆による「躍年遠の挙碑」
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22.見事な車参道の紅葉と神池
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2019/12/20

丹波の紅葉を見る!延喜式内社の古社・高座神社を見る!  文化財研修記

兵庫県丹波市青垣町東芦田2283には延喜式内社の古社・高座神社(たかくらじんじゃ)がある。
大日靈尊 (おおひるめのむち),天児屋根命(あめのこやねのみこと),経津主命 (ふつぬしのみこと),武甕槌命(たけみかづちのかみ),仲哀天皇 (ちゅうあいてんのう)を祀っている。本殿は人皇14代、仲哀天皇(いまより約1800年程前)にお祀りになられた御社で、天皇が中国地方の穴門へ行幸の前年にこの地方の村民が流行病で難渋しているのをご心配になられ武内宿禰をお供としてお見舞いになり、この社に参拝され「病気平癒」を祈願され、お宮の名前を高座(たかくら)と名付けられました古社であります。以前は高座谷にありましたが、寛文10年(西暦1670年)にこの地へ遷座されました。延喜年中(西暦901年〜923年)当郡式内社に列せられ、弘仁4年(西暦813年)嵯峨天皇より勅額を賜りました。しかし、古記・宝剣・勅額等は弘化3年(西暦1846年)別当観蓮失火のため惜しくも焼失してしまいました。現在の本殿は間口2間半・奥行き1間余り、四方に廻縁がある大宮ツマ造りといわれております。蟻の宮石碑写真また当神社は別名を『蟻の宮』と称えています。今を去ること夏おおいに旱魃の年、村民多数高座神社に参拝し七昼夜、雨乞いの祈願を致しました。七日目の夕方、村人の1人が大きな蟻が御社殿から這い出て、列を作っているのをみつけました。蟻の列をたどっていくと蟻が窪みの所で消えていなくなっていました。蟻が消えた窪みを掘り返してみると、清水がコンコンと湧き出てきました。村民は驚き感激して、溝を通し田に水をたたえ枯れかけた稲は青く蘇りました。この年、芦田の谷では豊作の年を迎えることが出来たのです。今日でも水路に水神様の祠を作り、お祭りを続けています。そして蟻は一度にたくさんの子を産み、子孫を繁栄していくと云うところから子宝に恵まれる『子授け神社』として古来より伝えられ、現在においても多くの人々が遠方よりご参拝されています。
境内社の馬鳴神社は『蚕の宮』といわれ氷上郡内の豊かな生活を求め、当社に参拝し「養蚕を始めよ。守護する神は保食神なり」と夢のお告げにて村民は驚き、広く養蚕を営むようになりました。ここに青垣の地方は蚕を飼うようになり、今日では五穀豊穣、諸業繁栄、延命長寿、無病息災の社として参拝されております。

1.高座神社の駒札
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2.高座神社全景と標柱
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3.歌碑
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4.高座神社の鳥居と標柱
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5.蟻宮(画像をクリックすると拡大して読めます)
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6.アップした鳥居と登り参道
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7.信仰の証8(画像をクリックすると拡大します。
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8.ご神木と紅葉
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9.登り石段参道
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10.鳥居と拝殿
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11.見事な拝殿
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12.拝殿の彫刻を見る!
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13.左側から拝殿・本殿を横から見る!
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14.本殿の彫刻を見る!
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15.想い石(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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16.珍しい稲荷神社
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17.『蚕の宮』と呼ばれる摂社の馬鳴神社
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18.三匹の子を持つ珍しい狛犬を発見(画像をクリックすると拡大します)
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2019/12/15

丹波の紅葉を見る!丹波市青垣の天目カエデで有名な高源寺!  文化財研修記

兵庫県丹波市青垣町桧倉514には臨済宗妙心寺派の古刹、瑞巖山・高源寺(こうげんじ)がある。本尊は釈迦如来で。もみじ(天目かえで)の寺として知られる。関西花の寺二十五霊場4番です。この寺は、正中2年(1325))遠谿祖雄の開山により創建された寺と伝えられ、翌年、後醍醐天皇により高源寺号を賜われた。永正15(1518)には勅願所となっている。戦国時代には兵火により焼失したが、江戸時代に入り、弘厳和尚により復興された。重要文化財(国指定の絹本著色普応国師像、丹波市指定文化財の袈裟、雪巌祖欽墨蹟、高峰原妙墨蹟、中峰明本墨蹟で境内は丹波市指定名勝です。12月1日に訪れた時は有名な天目カエデの紅葉も終わっており残念だったが入山料300円が今日から無料であった。

1.高源寺への登り道
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2.高源寺の案内板
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3.総門を望む!
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4.天目カエデの参道
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5.山門を見上げる!
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6.見事な山門をアップで見る!
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7.山門の駒札
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8.山門の彫刻を見る!仏殿が見える!
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9.仏殿を見る!(本尊釈迦如来が祀られています。)
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10.仏殿横の落葉と句碑を見る!
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11.方丈を見上げる!
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12.駒札
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13.方丈玄関
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14.駒札
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15.巨大な方丈を横から見る!
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16.多宝塔(三重搭)駒札
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17.多宝塔
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18.多宝塔入口
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19.多宝塔を横から見る!
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20.下り参道から多宝塔を望む!
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2019/12/10

丹波の紅葉を見る!丹波市の古刹・延喜式内社の佐地神社の紅葉!  文化財研修記

兵庫県丹波市青垣小倉 575−2には延喜式内社の古刹・佐地神社(さじじんじゃ)がある。佐地神社は神楽大明神を祀り主神は天宇受売命です。和銅3年(710「)7月坂上田村磨神勅を奉じ社殿造営。明和4年(1767)4月9日造営。明治5年2月郷社。明治45年3月31日神饌幣帛料共進社指定。大正11年11月県社。延喜式に丹波市内の十七式内社に入る古代からの有名な神社。祭神は天宇受売命(あめのうずめのみこと)。この神様は農業を守る神様で、暗闇の世界を舞踊で光明の世にしたように光・太陽の神様であったといわれています。全面湖沼であった佐沼の水を抜き、水を治め(佐治)乾いた地(佐地)にしようとして祈り場所をここに決めたといわれています。

1.佐地神社の標柱
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2.見事な大鳥居
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3.二の鳥居を見る!
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4.巨大な石灯籠(高さ3メートル以上)
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5.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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6.二の鳥居をアップで見る!
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7.神橋と拝殿を望む!
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8.境内の見事な紅葉
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9.手水舎
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10.拝殿を見る!
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11.拝殿の見事な龍の彫刻を見る!(鉄や銅の髭が無い!柏原の名工・中井権次一党の彫刻?)
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12.拝殿後部と本殿を見る!
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13.本殿の彫刻を見る!
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14.拝殿後部と本殿を再度見る!
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15.摂社稲荷神社
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