2018/10/21

京丹波を見る!綾部西国観音霊場第31番札所で吉田元陳の描いた襖絵34面を持つ上林禅寺!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」八津合町(8つの村が合併し、やつあいちょうとなった。)村中には臨済宗南禅寺派の永龍山・上林禅寺(じょうりんぜんじ)がある。綾部西国観音霊場第31番札所であり、山門脇の枝垂れ桜も見事ですが、江戸後期の京都の画家・吉田元陳の描いた本堂の襖絵34面(綾部市指定文化財、合寺前の永勝寺に描いたもの。)が有名です。綾部西国観音霊場31番札所としても知られていますが、地名を寺名としたこの上林禅寺(上林地区の上林)は稀です。永仁元年(1293)の開創以来この地にあった大龍寺と、慶長6年(1601)に混流された永勝寺とが、昭和42年に合寺したのがこの上林禅寺の起こりです。永龍山という今の山号もそれぞれの寺名から一字づつとられたものです。永勝寺は、信長、秀吉に仕え、晩年6千石で上林庄に封じられた藤掛永勝(ふじかけながかつ)の菩提のため建立されたものでした。今のご本尊の聖観世音菩薩像は元、この永勝寺に祀られていたものです。

1.山門の見事な桜
クリックすると元のサイズで表示します


2.満開の桜
クリックすると元のサイズで表示します


3.弁財天像
クリックすると元のサイズで表示します


4.ご本尊の聖観世音菩薩像
クリックすると元のサイズで表示します

5.江戸時代後期に京都の画家・吉田元陳の描いた襖絵34点(綾部市指定文化財)の一つ。
クリックすると元のサイズで表示します

6.同上
クリックすると元のサイズで表示します


7.同上
クリックすると元のサイズで表示します

8.同上
クリックすると元のサイズで表示します


9.下記をクリックして「動画」で襖絵を見て下さい!
https://youtu.be/mPjKLcXy1ZU

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2018/10/16

京丹波を見る!臨済宗南禅寺派の一等寺院の梅林山・玉泉寺の文化財!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡いかるがぐん)」武吉町(たけよしちょう)50に臨済宗南禅寺派の1等寺院(1〜3等にわかれている。)の「玉泉寺(ぎょくせんじ)がある、この寺のご本尊は釈迦・文殊・普賢菩薩の三尊像を祀る。梅林山と号し、慶長6年(1601)能登山獄峰禅師の開創といわれています。この三尊もさることながら、如来堂があり、中には昭和63年4月1日に綾部市指定文化財となった素晴らしい「木造大日如来像」像高90.8センチメートルで、この像は元は武吉町の深山にあった薬師寺に祀られていたが、天正の頃、明智光秀が丹波攻めの時、福知山城を築く時寺の建物を壊し運んだため、村人が諸仏を移し庵に祀ったと「丹波誌」に記された像であり、それから今日まで「大日講」より守られてきた。寄木造りで上半身は平安時代末期の様相をもったつくりで、膝が扁平であり、襞の彫の形式化などがみられ、鎌倉後期のものと言われる。又、昭和50年9月11日綾部市指定文化財となり保存の関係上、京都国立博物館に寄宅してある、「紙本淡彩墨画白衣観音図」を綾部市資料館から提供して頂いたので掲載します。白衣観音は「菩薩の心は白処に住す」と云われるように15世紀頃から頭から布をかむりきわめて実人物的に描かれており、観音の中でも、最も女性的な優しさが表現されています。この図は京都の臨済宗東福寺派本山東福寺に住した、画僧明兆の弟子・霊彩の描いたもので、室町時代中頃のものである。粘りのある線で描かれ、人物が画面に対して小さく、周囲に景色がはいり山水画に近い趣がある。


1.玉泉寺の山門と本堂
クリックすると元のサイズで表示します


2.見事な境内です!
クリックすると元のサイズで表示します


3.本堂に掲げられた本山・南禅寺の長老の揮毫です!
クリックすると元のサイズで表示します


4.本堂に祀られたご本尊・釈迦三尊像です。
クリックすると元のサイズで表示します

5.境内にある大日如来堂の綾部市指定文化財の木造大日如来坐像(鎌倉時代、像高90.8p、昭和63年4月1日指定)
クリックすると元のサイズで表示します

6.紙本淡彩墨画白衣観音図(室町時代、縦93.1pX横37.7p、昭和50年9月11日綾部市指定文化財、京都国立博物館寄詫中)
クリックすると元のサイズで表示します

7.より詳しくは下記をクリックして見て下さい!
http://ayabun.net/bunkazai/annai/gyokusen/gyokusem.htm

http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1699.html
綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2018/10/11

京丹波を見る!見事な府指定文化財の本殿や名彫刻師・中井権次一統の彫刻のある八津合八幡宮!  綾部の文化財

綾部市(何鹿郡いかるがぐん)八合町西屋64には、京都府指定文化財の「八津合八幡宮」がある。本殿は、文化12年(1815)江戸時代時の城主・藤掛(ふじかけ)永恵が再建した。一間社としは規模が大きく、特に丹波・丹後に多くの建築彫刻を残す、第5代中井丈五郎橘正忠と第6代目中井権次橘正忠貞(この6代目から権次を名乗り、現在その子孫は宮津氏在住です。)作の龍の彫刻ある。本家は徳川家康公召し抱えの京都大工頭の中井正清氏で江戸城、駿府城、名古屋城、二条城、仏閣では日光東照宮、久能山東照宮、知恩院、増上寺などを手掛け、そのお墓は京都市の長香寺に大名をもうわまる巨大なお墓がある。その一族が柏原八幡宮の再建を切っ掛けに柏原に在住したと云う。その「丹波の名彫刻師」として江戸時代の中頃から昭和初期にかけて、丹波、但馬、丹後、播磨などの寺社仏閣に龍や霊獣の等の数々の彫り物の作品を残した。

1.京都府決定文化財平成3年4月19日「八幡宮文化財環境保全地区」
クリックすると元のサイズで表示します

2.見事な京都府指定文化財の両部鳥居
クリックすると元のサイズで表示します


3.綾部の文化財を守る会作成の駒札
クリックすると元のサイズで表示します


4.大鳥居から拝殿方面を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

5.手水舎
クリックすると元のサイズで表示します


6.二の両部鳥居
クリックすると元のサイズで表示します

7.拝殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します


8.二の鳥居前の阿形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

9.吽形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

10.巨大な石灯籠
クリックすると元のサイズで表示します


11.拝殿内陣
クリックすると元のサイズで表示します

12.拝殿後部と本殿を右側から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

13.見事な本殿虹梁の中井一統の彫刻
クリックすると元のサイズで表示します

14.木鼻の霊獣です!
クリックすると元のサイズで表示します

15.同上
クリックすると元のサイズで表示します

16.拝殿後部と本殿
クリックすると元のサイズで表示します

17.秋祭りの記事は下記をクリックして見て下さい!
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/2379.html


綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング <


2018/10/6

京丹波を見る!京都府北部唯一の国宝の建築物・光明寺の二王門平成の修理が10月完了!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」奥上林区睦寄町には京都府北部における唯一の国宝の建築物「光明寺の二王門」がある。寺伝によると聖徳太子(574〜622)の開創、その後天武天皇の白鳳元年(673)役行者(小角)修験練行の道場とし、醍醐天皇の延喜年中(900年頃)醍醐寺開祖である弘法大師(774〜835)の御孫弟子にあたる聖宝理源大師(832〜909)が秘教の大道場として中興されたといいます。
 
国宝光明寺二王門修復の経過と今後                  
綾部市資料館長 三好博喜
 平成二十八年度から始まった光明寺二王門修復工事も最終年度を、迎え、間もなく二王門の威容あるその姿を目にすることができます。前回、昭和二十五年から二十七年にかけての修理では、建物をすべて解体し、根本的な修理を済ませています。昭和の修理から六十五年がたち躯体自体に大きな問題はありませんが、屋根板の痛みや塗装の剥落が進みました。今回の修復では、屋根板の葺き替えと塗装の塗り替えを行いました。
 平成二十八年度は古い屋根板を取り除きました。署名のあるクリ板もあり、前回の修復に寄進された方々と思われます。平成二十九・三十年度はクリ板を葺き上げる作業です。厚さ二・四p、長さ七十五pのクリ板を、二十四pずつずらしながら葺き重ねています。板と板との間には薄い銅板を挟みこんでいます。屋根の隅の部材は曲線にあわせて削りだしていて、手の込んだ作業です。
 塗装の作業は、古い塗料を掻き落とす作業から始まりました。下地には膠(にかわ)と明礬(みょうばん)の水溶液である礬水(ドウサ)を塗ります。保存されていた古材を調べたところ、赤色塗料が「ベンガラ」だと確認できました。 昭和の解体修理の際に取り替えられた部材は塗りの乗りもよく、若々しく見えます。一方、古材は丸みを帯びて年輪が浮きだし、塗りの凹凸が武骨に見せます。これらが相まって歴史を積み重ねた文化財としての重厚さを感じさせています。 平成の修復工事が終わりを迎えるところではありますが、次回の修復に向けて心がけておきたいことがあります。
 文化財としての価値を周知し、市民の皆さんに誇りを感じてもらえる二王門とするとともに、親しみのある観光資源として広く、一般に開放していくことです。

京都府北部の唯一の国宝の建造物の二王門
クリックすると元のサイズで表示します
また、光明寺仁王門を含めて「光明寺境内全体」が京都府暫定登録文化財に指定されています。

光明寺の詳細は下記をクリックして見てください!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1699.html
綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 
修復のため覆われている二王門です!!
クリックすると元のサイズで表示します

2018/10/3

京丹波を見る!綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の東山町にある浄土宗の天然寺!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の東山町吹越34−3には阿弥陀如来をご本尊とする浄土宗総本山知恩院派の雲向山・天然寺がある。「山家史誌」によると、本尊阿弥陀如来(長さ一尺七寸坐高三尺四寸)観音、勢至両立し、三尊は安阿弥の作といわれている。地蔵菩薩、十二神は享和二年(1802)春四国浄蓮が再興し、七月二十四日に開眼した。閻魔王は谷道立が再興。寛弘年中(1004〜12)京都比叡山横川恵信僧都、諸国行脚のときに当山に庵室を建て、自ら薬師如来の尊像数体を造って「薬師院」と称した。寛永(1623〜44)の初め頃、二代藩主谷衡政公、浄土宗の僧乗蓮真誉上人に帰依し一寺を建立して雲向山天然寺といった。そして真誉を開基とした。祠堂の田畑高七石を与えた。本堂五間半に四間半、庫裡三間に五間、門行三間横二間、鐘楼一間半四方、薬師堂三間に、地蔵堂は一間半四方子安地蔵と名づけ小野篁の作といわれている。明治十三年六月町の大火により焼失したが、余じんに胎蔵と錫杖を発見し収納した。同年再建した。と記されています。

1.天然寺表示
クリックすると元のサイズで表示します


2.登り参道
クリックすると元のサイズで表示します


3.登り参道脇の六地蔵様
クリックすると元のサイズで表示します


4.本堂への参道
クリックすると元のサイズで表示します


5.本堂を見る!
クリックすると元のサイズで表示します


6.本堂の扁額を見る!
クリックすると元のサイズで表示します


7.本堂前から見る東山町の光景
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2018/10/1

京丹波を見る!綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の橋上町にるある丸山神社!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の橋上町(はしがみちょう)丸山17には大房天王(おおふさてんのう)と斎神(いつきのかみ)を祀る丸山神社(まるやまじんじゃ)がある。創建等の由緒は不明。旧社格は村社。大房天王および斎神を祀り、明治以降は両社を「大房神社」「斎神社」と称したが、大正7年(1918)に合祀して現在の社名に改称したということです。大房天王と斎神についての詳細は不明です。低山の頂に開けた台地状の境内に本殿と境内社2社が祀られています。手水鉢には明和6年(1769)の銘が刻まれている。

1.丸山神社の大鳥居
クリックすると元のサイズで表示します


2.大鳥居をアップで見ます。
クリックすると元のサイズで表示します

3.登り石段参道
クリックすると元のサイズで表示します


4.境内社の一つ
クリックすると元のサイズで表示します


5.覆屋とその中の本殿
クリックすると元のサイズで表示します


6.阿形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

7.吽形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

8.覆屋の中の本殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

9.駒札
クリックすると元のサイズで表示します


綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2018/9/28

京丹波を見る!綾部市「元何鹿(いかるが)郡」山家地区釜輪町の古社・釜一三神社!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」の山家地区の釜輪町岡田道の下53には釜輪大明神をとりいい祀る古社・釜一三神社(かまいちさんじんじゃ)がある。『山家史誌』によると、四級社釜一三神社 祭神大日霊貴尊、素盞嗚尊、月夜見尊 釜輸町岡田道ノ下 境内二、〇五三祭日旧九月三日現在十月十日 区民の氏神として子供神輿を繰り出す。廷宝八年(一六八〇)再建す。安永二年(一七七三)神子屋建替。寛政三年(一七九一)斎神社と称えていたのを宮位昇進し、釜一大明神を許され鳥居を建てる。昭和九年釜塚神社を合祀する。昭和三十四年屋根改修。釜塚神社 祭神、鎮座及び祭日ともに釜一三神社と同じ 岩場最寄の氏神で現在の神輿庫の場所に在った安永三年に上家・籠屋の建替えの記録が残っている。

1.釜一三神社の鳥居
クリックすると元のサイズで表示します

2.鳥居をアップで見る!
クリックすると元のサイズで表示します

3.鳥居の右下の祠
クリックすると元のサイズで表示します


4.祭神は不明です!さざれ石でしょうね!
クリックすると元のサイズで表示します


5.本殿、左には舞殿が見えます。
クリックすると元のサイズで表示します


6.かっては素晴らしかった舞殿です!
クリックすると元のサイズで表示します

7.拝殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

8.拝殿の向拝の彫刻を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

9.拝殿後部にある本殿
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2018/9/24

京丹波を見る!綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の古社・広瀬八幡宮!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の広瀬町には応神天皇と厄神社・竹内宿禰を合祀する旧郷社の広瀬八幡宮(ひろせはちまんぐう)がある。創祀は不詳。寛文5年(1665)、山家藩主谷衛廣が再建したと伝へる。京都府北部の大河、由良川の右岸、山城であつた山家陣屋址のある甲ヶ峰山の東側(反対側)、小村ながらも山家城下と言へる広瀬町の中心に鎮座しています。山家藩時代は、武家は氏子となり、住民も氏神として尊崇してゐました。今も一月の厄除祭は参拝が多く、山家地区の中心的な神社です。境内は広く、境内社に天満宮、諏訪神社などが鎮座します。


1.山家地区の見所図
クリックすると元のサイズで表示します


2.広瀬神社の標柱と大鳥居
クリックすると元のサイズで表示します


3.大鳥居をアップで見ます!
クリックすると元のサイズで表示します

4.手水舎
クリックすると元のサイズで表示します


5.両脇の石灯籠と拝殿を見上げる!
クリックすると元のサイズで表示します


6.駒札
クリックすると元のサイズで表示します


7.二の鳥居と拝殿
クリックすると元のサイズで表示します

8.阿形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

9.吽形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します


10.見事な拝殿
クリックすると元のサイズで表示します

11.拝殿と本殿を左側から見る!
クリックすると元のサイズで表示します


12.本殿は撮影が難しい位置にあります!右横から撮影!
クリックすると元のサイズで表示します

13.摂社の正面!見事な龍の彫刻です!
クリックすると元のサイズで表示します


14.右横から本殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2018/9/19

京丹波を見る!あやべ西国観音霊場第4番札所で臨済宗妙心寺派の古刹・栴林寺!  綾部の文化財

京都府綾部市「もと何鹿郡(いかるがぐん)」釜輪町(かまわちょう)には国道27号線山家の奇岩「立岩」の手前から乗用車(マイクロバス可)で坂を登ると、戦前は元何鹿郡西国観音霊場第2番で現在はあやべ西国観音霊場第4番札所で臨済宗妙心寺派の普門山「栴林寺(せんりんじ)」に到る。ご本尊は十一面観世音菩薩坐像であるが、両脇に2つの大日如来坐像がある。その一つは昭和20年に戸奈瀬町の興源寺が合併した時のご本尊である。栴林寺の開創は安土桃山時代の文禄元年と伝えられている。此処からは京都縦貫道が見え、松竹梅の植えられた上品な庭が見れる。栴林(せんりん)の栴とは白檀などのその種類の芳香木の栴檀(せんだん)のことで仏像の原木やお香に用いるなど、仏教に大変縁の深い木であります。又、御詠歌は「花ならむ にをいも深き 栴林寺 法のえたはも
さかへさかへて」と詠われています。

1.栴林寺の標柱
クリックすると元のサイズで表示します


2.見事な栴壇の木のあるお庭!
クリックすると元のサイズで表示します


3.同上
クリックすると元のサイズで表示します

4.本堂は修理中なので観音堂のみを撮影!
クリックすると元のサイズで表示します

5.ご本尊の十一面観音菩薩坐像(高さ40センチメートル)
クリックすると元のサイズで表示します


6.元興源寺のご本尊の大日如来坐像(高さ約35センチメートル!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2018/9/14

京丹波を見る!綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」戸奈瀬町にある見事な天清三神社!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の戸奈瀬町段の尾12には大日霊貴尊、素盞嗚尊、月夜見尊を祀る天清三神(あますがさんしん)神社がある。『山家史誌』には4級社天清三神神社、戸奈瀬町(戸奈瀬)段ノ尾「祭日旧九月五日。御神鏡銘には廷喜二〇年(九二〇)の年号あるが不詳。寛政元年(一七八九)斎神神と言っていたのを天清三神大明神の称号をうけた。明治二十年社殿再建。明治二十七年鳥居改築。大正三年燈籠を氏子中で奉献。大正十二年広瀬浩義兄弟で狛犬奉納。昭和十一年三神殿(天満宮・八幡宮・厄神武内宿祢)を奉祀する。昭和三十五年社殿篭堂瓦ぶきにする。昭和六十年社殿鳥居参道の修復をする。一月十八日厄神祭を行う。」と記されています。

1.天清三神社の鳥居
クリックすると元のサイズで表示します

2.鳥居の扁額をアップで見る!後方に登り参道と神殿が見える!
クリックすると元のサイズで表示します

3.石灯籠と手水舎
クリックすると元のサイズで表示します


4.かっては見事であったろう!舞殿です。
クリックすると元のサイズで表示します


5.更に登り参道と神殿を見上げる!
クリックすると元のサイズで表示します


6.アップで登り参道と神殿を見上げる!
クリックすると元のサイズで表示します


7.神殿と阿形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

8.神殿と吽形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

9.神殿を正面から見る!
クリックすると元のサイズで表示します


10.神殿をアップで見る!
クリックすると元のサイズで表示します

11.覆屋の中の神殿を横から見る!
クリックすると元のサイズで表示します


12.神殿前から登り石段参道を見下ろす!
クリックすると元のサイズで表示します


綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ