2021/4/10

綾部市八津合町の古社で中井権次一統の見事な彫刻の八津合八幡宮を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市(元何鹿郡いかるがぐん)八合町西屋64には、京都府指定文化財の「八津合八幡宮」がある。本殿は、文化12年(1815)江戸時代時の城主・藤掛(ふじかけ)永恵が再建した。一間社としは規模が大きく、特に丹波・丹後に多くの建築彫刻を残す、第5代中井丈五郎橘正忠と第6代目中井権次橘正忠貞(この6代目から権次を名乗り、現在その子孫は宮津氏在住です。)作の龍の彫刻ある。本家は徳川家康公召し抱えの京都大工頭の中井正清氏で江戸城、駿府城、名古屋城、二条城、仏閣では日光東照宮、久能山東照宮、知恩院、増上寺などを手掛け、そのお墓は京都市の長香寺に大名をもうわまる巨大なお墓がある。その一族が柏原八幡宮の再建を切っ掛けに柏原に在住したと云う。その「丹波の名彫刻師」として江戸時代の中頃から昭和初期にかけて、丹波、但馬、丹後、播磨などの寺社仏閣に龍や霊獣の等の数々の彫り物の作品を残した。

1.例年よりはるかに早く満会の桜の八津合八幡宮(やつあい、8ツの村が集まっている意味)を4月3日に見る!京都府指定文化財の見事な両部鳥居です!
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2.神社の駒札(各画像をクリックすると拡大します。)
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3.櫻満開の八津合八幡宮境内!
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4.見事な参集殿です。
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5.境内の左側には手水舎があり、その風景は一見の価値があります。
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6.背後に在る戦没者慰霊塔
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7.左側から見た境内風景
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8.二の両部鳥居と社殿を正面から見る!
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9.右側の見事な舞殿を見る!
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10.拝殿正面と石造り鳥居を見る!
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11.阿形の狛犬
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12.吽形の狛犬
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13.拝殿正面から奥の本殿を視る!
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14.拝殿・本殿の左側の境内社を見る!
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15.左側から拝殿後部、中廊下、本殿を視る!
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16.見事な中井権次の本殿の彫刻です!
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17.同上
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18.同上 後部を見る!
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19.見事な脇障子の彫刻を見る!
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20.戦後は毎年10月の秋の大祭は行列が毎年里宮へ巡航していましたが、今は2年に一度漸く出来る次第です。数年前の巡行の行列は下記をクリックして見て下さい!
NO.1.
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/2379.html
https://img.ap.teacup.com/common/img_o/ja/icon_image.gif
NO.2.
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/927.html

NO.3.最終回
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/928.html

21.中井権次一統の事は下記をクリックして見て下さい。
http://www.ayabun.net/kaiho/bfor/nakai.htm

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2021/3/30

綾部市下替地町(したのかちちょう)の古社・斎三柱神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市下替地町(したのかちちょう)大迫9には祭神・武甕槌命(たけふっつのかみ)=イコール=又は建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)を祀る斎三柱神社がある。山家史誌によると:
斎神社 四級社 祭神武甕槌命 夏祭七月九日に近い日曜日・十月十日 下替地町大迫 境内五三三平方米
天明五年(一七八五)九月神子屋建替、明治二十六年建替、昭和二十五年十月三日鳥居建立 昭和三十二年本殿改築 明治大正時代には湯立神楽が巫女によって奉納され賑やかだったが、子供神輿が出来てからは廃止となった。
・境内杜 備州霊社 祭神内藤備前守か
(『山家史誌』)
山家の神社は、
◇神職 藩政時代御山寺法院別当が兼務していたが、維新後安達左門、広瀬村の御山寺別当が還俗して神官となり、以後福田正秀、松本周応、荒木嘉吉、四方嘉一郎、後林田清が昭和四十二年より現在に至り各社を兼務する。
◇各神社に氏子総代があり各町区夫々に神社の護持発展につとめたが、昭和三十年から山家地区氏子総代会が組織され、横の連携を固め、市・府・全国と神社総代会の縦の連携を持つようになった。祭日については十月十日(体育の日を村一斉にする事とし、宮司一名のため歳且祭と共に三日間の配分で各社の祭典を行う。祈年祭(四月)大祓焼納式(十二月)は郷社(二級社)八幡宮で山家地区合同で行う。
(『山家史誌』)

1.国道27号線から踏切を渡る!
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2.京都市縦貫道の下を潜る!
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3.斎神社の石垣が見えて来た!
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4.同上
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5.巨大な御神木の杉の木と鳥居
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6.同上
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7.手水舎
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8.鳥居をアップで見る!
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9.社殿を見る!
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10扁額を見る!
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11.本殿を視る!
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12.境内社を見る!
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2021/3/24

綾部市下八田町の古社・上谷厄神神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市下八田町上谷には祭神・武内宿弥命(たけのうちすくねのみこと)を祀る上谷厄神(うえだに やくじん)神社がある。厄神大祭は2月18日です。この厄神神社は上谷地区6件で御守されています!大変厳しいですね!
下記の取材記事をクリックして参照願います。
以下綾部大本の記事を掲載します。
 地元の氏子・崇敬者からは、親しみを込めて「厄神さん」と呼称されています。大本では、厄除けの神さまである素盞嗚尊さまのことであるとされ、出口王仁三郎聖師とご神縁深い神さまです。大本が「金明霊学会」と称して宣教活動を展開していた頃、盛んに幽斎修行が行なわれていましたが、修行場をいくつか移したのち、明治32年(1899)8月19日(旧・7月14日)から、幽山深谷の印象を受ける上谷が修行場として開かれ、修行者は西側山麓の不動の滝で禊をして、厄神神社境内の籠堂において幽斎修行にのぞみました。
 上谷での幽斎修行は二ヶ月程度で終わりましたが、開祖さまのお筆先に『上谷は結構であるぞよ。修行場はチト激しくなるぞよ。世に落ちておいでます神さまの、世にお上がりなさるのであるから、チト様子もちがうぞよ。・・・中略・・・』(明治32年7月29日)とお示しのように、世に落ちておられた神々さま他、多くの神々が救いを求め修行場に現われ修行者に神がかり、天来の審神者である聖師さまの権威によって、審神 ―善悪のたてわけ― と救済という大本の基礎的神業がなされました。
 上谷参拝は、第二次大本弾圧事件後の昭和21年(1946)4月8日、聖師さまが二代教主さまとお揃いで上谷に参拝されたことを記念して毎年行なっています。
 当日は、厄神神社祭典後に境内にて直会行事が行なわれます。また、幽斎修行場であった頃の面影が残る籠堂を見学ののち、聖師さまご夫妻が上谷参拝後に立ち寄られ信徒と親しくご面会になった、当時の四方熊蔵氏宅や旧跡を訪れます。

1.綾部上林広域農道下八田町の案内板
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2.上谷厄神神社の大鳥居
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3.登り石段参道の1。50段
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4.登り石段参道の2。50段で合計100段です!厳しいね!
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5.社殿前の石段5段で合計105段でしたよ!集会所で厄神大祭2月18日は縁起物が此処で購入できます。
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6.手水舎
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7.社殿の左側には大本二代教主様の碑文?
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8.アップで見ます!聖師様の碑文ですよ!
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9.社殿
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10.本殿を覗くと!
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11.境内社の一部
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12.大本110年記念碑
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13.2月18日の上谷厄神神社の大祭の取材記事は下記をクリックして見て下さい!
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1641.html

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2021/3/20

綾部市佃町の建田宝永講の金比羅宮と碑文を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市佃町宮ノ上には祭神・伊奘諾尊(いざなぎのみおと)を祀る十二社神社があり、その隣には「建田宝永講の報恩の碑」が平成三十一年3月吉日に建てられました。その内容は「今から300有余年前、時の藩の厳しい圧政に耐えられず」、武吉(たけよし)佃(つくだ)忠(ただ)の三ケ村の村民は金比羅講の名のもとに集い、江戸幕府へ直訴を決行しました。直訴には武吉の善助・佃の義兵衛・忠の伊衛門の3人の若者が志願して江戸へ行くことになりました。その勇気ある決断が共感を呼び、支援や協力を受け、道中、数々の幸運にも恵まれ、極めて困難な直訴が奇跡的に成功しました。村を救う偉業を成し遂げた三義人への感謝を深く胸に刻み、語り継ぐべき有縁ここに記し、子々孫々に至るまで顕彰することを誓う。」建田宝永講社の金毘羅講は平成30年までは佃町、忠町、武吉町の家庭が1ヶ年間金比羅宮の胴元を務めていたが、その1ケ年間の御守と11月8日の祭礼に耐えかねて、建田宝永講社 金比羅社殿(平成30年11月吉日建立)

1.建田宝永講社 金比羅社殿(平成30年11月吉日建立)
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2.同上 正面か見る!
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3.社殿の案内番など
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4.平成31年3月吉日の銘の入った「報恩之碑」
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5.拝殿から本殿を視る!
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6.平成30年11月吉日
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7.佃町の建田宝永講社の金比羅宮の取材記事は下記をクリックして見て下さい。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/tatta/tatta.html

https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/207.html

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2021/3/15

綾部市佃町の古社・十二社神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市佃町宮ノ上40には祭神・伊奘諾尊(いざなぎのみこと)、伊奘冊尊(いざなみのみこと)を祀る十二社神社がある。
十二社神社
一、所在地 何鹿郡口上林村大字建田小字宮の上(佃)
一、社 名 村社 十二社神社
一、祭 神 伊奘諾尊 伊奘冊尊
一、事 由 創立の由緒詳ならずと雖、上林川上佃橋より字岩崎の岩崖に至る九二町程の間、即ち本社の近傍は如何なる洪水にても水声を聞かず、故に音無川と称し紀州熊野に彷彿たりとて能野神社を遷して社号十二社と称すること古老の口碑に存す。此橋より少し上流に方て一の岩崖あり、之を新宮岩崎の岩壁、那智と称し小祠を建立し、本社と併せて熊野三社に象れるとか維新後廃社となせり。然れ共其岩崖は今に尚区民の敬畏する所たり、創立の年代も亦詳にする能はすと雖蓋又数百年のものなり。当社所伝の木槌あり
イ、甲辰九月四日鳥居立事 佃村 九郎右衛門の四代井上清左衛門
ロ、天文十九年(1550)より享保九年(1724)迄尚七十九年にや当社鳥居立事 天文十五年(不明)
  享保九甲辰年 此槌にて三度打也
  九月四日九郎右衛門孫四代井上清左衛門
是を以て考ふるに、此槌にて三度打つとあれば天文十五年以前既に鳥居を建設せしものの如し、又木槌及現存する社殿の蚕蝕の跡と、其淳朴にて古雅なるとに徴するに、蓋四百余年以前のものならん、其後正保四年丁亥八月附の板札ありと雖、是亦所々剥落して何等の事業を為せるものなるやを詳にする能はず。宝暦年中修繕を加へし事判然たり。寛政五年三月十三日神祇道長上下部長倶にて官職明治十六年社寺御調査の際村社十二社神社となる。現存する社殿を以て或は伝説に曰く飛騨工の建築なりと、真偽詳ならず。(以上記録元文)
一、建 物
 社殿 梁行二間三尺 桁行一間五尺 此坪数四坪五合七勺 建築年代不詳
 境内末社
 春日神社 梁行三尺五寸 桁行二尺五寸 此坪数二合四勺 建築年代不詳
 八幡宮 同  前    此坪数 同 前   同 前
 大神宮 同  前    此坪数 同 前   同 前
 愛宕御社同  前    此坪数 同 前   同 前
 休憩所 梁行二間 桁行四間 此坪数八坪 同前
 倉 庫 梁行一間半 桁行二間 此坪数三坪  同前
 神楽殿 梁行一間半 桁行二間 此坪数三坪 同前
一、境内地 地種 官有三種 坪数 七百拾貳坪 位置耕地の中
一、例祭日  十月八日
一、氏子戸数 六拾八戸
(『口上林村誌』)
金刀比羅講
宝永6年(1709)に始まるという金刀比羅講が佃・武吉・忠の3ヵ村で現在も行われている。

1.十二社神社の朱鳥居
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2.朱鳥居の扁額を見る!
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3.見事な両部鳥居です!
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4.右の神輿蔵、真ん中の手水舎、二の鳥居と社殿
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5.注連縄の二の鳥居と社殿を見る!
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6.阿形の狛犬
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7.吽形の狛犬と後部には参集殿が見える!
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8.拝殿から本殿を視る!
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9.本殿の脇障子の彫刻を見る!
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10.拝殿・本殿の覆屋を左から見ると!
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11.左側の境内社4社を見る!
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2021/3/10

綾部市旭町の古社・熊野神社を見る  綾部の文化財

京都府綾部市旭町西ノ内1には祭神・熊野権現をを祀る熊野神社(くまのじんじゃ)がある。
山家史誌には次のように記されています。
〇四級社 熊野神社 祭神伊奘冉尊 旭町西ノ内一番地 境内五五三u
熊野権現と称す 祭日旧九月八日 覚応寺が願成寺と云った頃の守護神として熊野杜を祀る。
・境内末社稲荷神社(倉稲魂命) 大原神社   天満神社
・山の神 山仕事の安全を司る神で、ほとんどの町区に祭られている。
・孫嫡子(ままじゃくし)社 耳の神として穴開き石が祀られ、昔は社二尺四面、上家壱間四面と記録あり。
・大神社 田の中にあったのを昭和五十五年に末社として祀る。
○無格社 藤森神社 祭神 武内宿祢 六社権現と称す 旭町朝金空ケ谷    境内九三u
○無格杜 熊野神社 祭神 伊奘冉尊 十二社権現と称す 旭町山入大谷    境内九三u
末社として、上谷神社、妙見社を祀る
(『山家史誌』)

1.熊野神社の大鳥居を見る!
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2.大鳥居から急な登り参道を見る!
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3.漸く社殿が見えて来た!
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4.正面が熊野神社、左側は境内社です!
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5.拝殿をアップで見ると!
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6.拝殿奥には小さいが見事な本殿が見える!
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7.本殿をアップで見ると!
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8.熊野神社の左側の境内社が2社見える!
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9.更に左側には境内社が1社見える!
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10.社殿から登り参道を見る!
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11.大鳥居から旭町の部落方面を見ると!
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2021/3/5

綾部市上原町の古社・斎神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市上原町(かんばらちょう)才ノ谷41の丙には祭神・経津主神(ふつぬしのかみ、正字:經津主神)と武甕槌命(たけふっつのかみ)を祀る古社・斎神社(いつきじんじゃ)がある。
山家史誌の記録は下記の通リです。
斎神社 四級社 祭神経津主命・武甕槌命 祭日旧九月九日 上県町才ノ谷    境内一、一一〇u
安永五年(一七七六)十月建替、享和二年(一八〇二)建替、昭和十年改築される。昭和六十年十月六日、石の大鳥居落成式を行い併せて大太鼓・子供神輿の新調披露入魂式を行う。
境内社 八坂神社 祭神素盞嗚尊    大神宮 祭神 天照大神
仝   一宮神社 〃 伊奘冉尊    天満宮 〃 菅原道真
仝   山王神社 〃 大山祇命       〃
(『山家史誌』)

1.上原町(かんばらちょう)の斎神社の自然石を一部削った巨大な3メートルもある常夜灯を見る!
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2.斎(いつき)神社を見る!
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3.石造り大鳥を見る!
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4.大鳥居の扁額を見る!
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5.社殿を見る!
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6.阿形の狛犬を見る!
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7.吽形の狛犬を見る!
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8.社殿を見る!
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9.本殿を覗く!
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10.拝殿と本殿を視るが撮影が難しい!
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11.境内社(右側)を見る!
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12.左側の境内社
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2021/3/4

綾部市豊里町にある綾部梅林の満開の紅白の梅花を見て来ました!  綾部の文化財

令和3年3月4日(木)綾部の文化財(古社寺)を取材に家内の車で行ってきました。楞厳寺(りょうごんじ)近くには「綾部梅林」があり見事に咲き誇る紅白の梅花は丁度見ごろでした。この綾部梅林は綾部市が運営しており、駐車料無料で拝観料も無料です。あと1週間は見事な梅林が堪能できます。見に行った時は昼頃で、弁当を広げて食されている家族も見受けられました。是非参観に行って下しさい。

1.綾部梅林入口の案内札です!綾部市豊里町にあります!3月21日(日)は梅まつりです。各画像をクリックすると拡大します。
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2.入口から見た綾部梅林
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3.同上
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4.見事に満開の梅花です!
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5.同上
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6.同上
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7.同上
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8.同上
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9.同上
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10.同上
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2021/2/28

綾部市西原町の古社・正光神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市西原町上地には祭神・大山紙命(大山咋神)を祀る正光神社(しょうこうじんじゃ)(山王権現)がある。山家史誌には下記のように掲載されています。
正光神社(しょうこうじんじゃ)(山王権現)
山王権現      西原村 産神
祭ル神    祭礼 九月三日
舞堂 鳥居 森凡二十間四方
(『丹波志』)
正光(ショウコウ)神社 四級社 祭神大山紙命(大山咋神) 西原町上地     境内一、三三三u
祭日旧九月三日 近江図日吉神社は、伝教大師が大和国三宝山の大神神社(大三輪神社)祭神大物主神を勧請し、神号を山王と奉り、比叡山の守護神として祀る。この分身を勧請し山王権現と呼んでいる。文明八年(一四七六)三月十六日大檀那道観再建した。文化九年(一八一二)二月正光山王権現に昇格し、舞堂鳥居を備えた宮居となる。
境内社 八坂神社(素盞嗚尊) 猿田彦神社(猿田彦命) 八幡宮(応神天皇)天満宮(菅原道真) 稲荷神社(倉稲魂命)
(『山家史誌』)

1.正光神社の鳥居と参集殿を見る!
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2.鳥居をアップで見る!
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3.参集殿を正面からを見ると!
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4.社殿を見る!
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5.社殿に向かって、珍しく左側にある手水舎と集会所を見る!
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6.社殿に向かって右側の境内社を見る!
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7.阿形の狛犬に代わってのっぺら坊の石がある!
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8.吽形の狛犬に代わってのっぺら坊の石がある!
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9.拝殿正面から本殿を覗くと!
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10.拝殿左側から本殿を視ると!
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11.本殿の左隅にも境内社が祀られています!
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12.左側の集会所と社殿を見ると!
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13.社殿から境内を見ると!
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2021/2/25

綾部市黒谷町の古社・熊野神を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市黒谷町宮の谷17番地には熊野権現を祀る熊野神社(くまのじんじゃ)がある。創建年代や沿革は不明。元は別の場所にあり、寛政三年(1791)に社殿が消失。同十二年に現在の場所に移されました。大正四年に社殿、拝殿を改修。旧社格は村社。黒谷町(くろたにちょう)は国道27号線の綾部市から舞鶴市に最も近い山間部にある。今から800年前、戦いに敗れた平家の一団が人家の少ないこの山間に身を隠し、周りに自生していた植物「楮(こうぞ)」と谷間を流れる清流の水を利用して紙を作り始めた。その後、この地は黒谷(くろたに)と呼ばれるようになり、紙漉(かみすき)村として発展して来ました。ここには平家の平清盛が紀伊の国熊野詣でを盛んにしたように、古式豊かな熊野神社があり、その紅葉は隠れ郷に相応しく地元の人々のみで「黒谷紅葉祭」が行われて来た。「黒谷和紙」で有名な黒谷町の氏神です。狭い谷の集落の一番奥に鎮座し、大きな社殿と広い庭が印象的です。墾田裏手に末社が一列に並び、左から八幡神社、春日神社、金刀比羅神社、浦島神社、稲荷神社。1社おいて稲荷神社、八坂神社が祀られています。

1.熊野神社の見事な大鳥居を見る!
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2.朱の大鳥居をアップで見る!
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3.社殿を見る!
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4.見事な巨大な自然石を利用した手水舎と手水鉢を見る!
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5.左手には八坂神社が祀られています。
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6.社殿正面と石造り鳥居を見る!
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7.見事な浮彫りの彫刻のある石灯籠をアップで見ます!
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8.石灯籠を内側から見ると!
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9.神社の駒札
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10.大正12年の銘が入った石造り鳥居を内側から見る!
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11.拝殿を正面から見る!
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12.阿形の狛犬
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13.吽形の狛犬
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14.吽形の狛犬を後ろから見ると!
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15.拝殿から本殿を左側から見ると!
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16.本殿を覆屋から覗くと!
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17.本殿の撮影は難しい!
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18.末社を見ると!
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19.京都府指定無形文化財の黒谷和紙ともみじ祭!2013年秋の記事です!
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1876.html

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