2020/1/27

あやべ西国観音霊場第一番札所・近畿楽寿漢音霊場21番札所の正歴寺の「降魔・洗心」那智山不動明王大祭!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」寺町には「あやべ西国観音霊場第一番札所」「近畿楽寿観音第21番札所」の那智山・正暦寺(しょうれきじ)高野山真言宗がある。大変由緒がある寺院で、天慶5年(942)空也上人が観音様を彫られ祀られたのがそもそものはじまりである。寺号は正暦2年(991)雨乞祈願の効験により時の帝・一条天皇から年号の「正暦」を賜り、江戸時代の歴代綾部藩主も当寺を祈願寺として厚く外護されたと伝えれれている。ご本尊の聖観音像は33年に一度御開扉される秘仏です。今年1月26日(日)には綾部九鬼藩主が参勤交代の時道中の安全を願い護り本尊とされた仏像・不動明王(鎌倉時代に新義真言宗をおこした興教大師・覚僊上人の作といわれている)を祭る「那智山・正暦寺不動明王大祭」が午前11時に綾部市指定文化財の「木造千手観音堂」にて玉川弘信住職がて参拝されご来賓の参拝ににより「交通事故物故者供養」が始まりました。11時10分には吹き鳴らされる法螺貝の音とともに山伏を先頭に高野山真言宗の僧侶・山伏達が不動堂の指定の場所に集合し「大護摩供」等の大祭の行事が始った。又午前10時からは本堂の「四国八十八ヶ所お砂踏み法会」や「無料接待の無病息災大根だき」が午後2時頃まで振舞われた。今年の趣旨は「降魔」「水行洗心」で洗心とは玉川住職の発心で始まった。更に12時30頃には新春福引き(参加賞も外れた方にはありました。)又この寺の本堂には見事な柏原の中井権次一党の龍の彫刻があることでも有名です。

1.パンフレット(掲載の全ての画像をクリックされると拡大します。)
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2.午前10時05分の正歴寺の石段参道と山門
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3.受付にて大護摩供養の護摩木大を1,000円X2名で購入すると四方源太郎京都府議会議員の手助けで、、交通安全のお守り(家内用)、老生はお守りと、最後にある「新春福引券(外れても参加賞の粗品が貰える。)を受け取りました。四方源太郎議員は当寺の檀家で、ご健在の父上様にも大護摩供で出会えました。
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4.賑わう「無料接待の無病息災大根だき」(3日3晩たかれた大変美味な大根煮でした。)
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5.本堂の「柏原の名彫刻師中井権次一党の作の龍の彫刻」
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6.本堂の見事な須弥壇前にてご祈祷を受けられる参拝者
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7.本堂裏から始まる「四国八十八ケ所お砂踏み法会」で参りました。「四国八十八ケ所お砂踏み」と同じ位のご利益があるそうです!
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8.お砂踏みの最後では、檀家様の位牌を祀る位牌堂を参拝
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9.午前11時.交通安全物故者供養が始まった!
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10.大護摩供のための参列
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11.午前11時15分頃に不動堂前で大護摩供が始まった!
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12.「山伏問答」ですが,撮影が上手く出来ませんでした!最後に動画で前回の記事を見て下さい。
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13.大護摩供の山伏
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14.12;20頃 山崎綾部市長の挨拶です!
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15.玉川住職の「水行洗心」の方法の説明です!
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16「水行洗心」の参加者達!
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17.12時25分頃 光津事故死0⃣ゼロの説明
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18.新春大福引(残念ながら小生も家内も粗品の参加賞でした!)
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19.「大護摩供」の音声付動画は下記をクリックして、前回の記事を見て下さい!
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/2412.html



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2019/12/31

京丹波を見る!令和元年年末の高倉神社お参り!  綾部の文化財

令和元年年末31日式内社高倉神社に五葉のササの葉を納める参拝をした。京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」には高倉宮以仁王(たかくらのみやもちひとおう)を祀る高倉神社がある。明治9年5月に明治政府令により作成された「延喜式内並国史見在神社考証(えんきしきないならびにこくしじんじゃこうしょう)京都府立総合資料館所蔵」には天田郡(現、福知山市にはったたの3社、元何鹿郡の我が綾部市には12神社がる。その1つがこの高倉神社で、12世紀後半、平安時代末期には徐々に武士の時代になりつつあり、まさに平家の全盛の時代であった。平清盛は太政大臣として権力を振るい、治承3年(1179)には後白河法皇を鳥羽殿に幽閉、翌4年高倉天皇(以仁王の異母兄弟)を退位に追い込み、自らの孫を安徳天皇として即位させた。源氏の有力者源三位頼政は、後白河法皇の第二皇子として将来を期待されていた以仁王を中心に挙兵する計画を立て、以仁王は平家追討の令旨を諸国の源氏に発し,自らも頼政を総大将として平家追討の兵を挙げられた。しかし、頼政方に利あらず、宇治の合戦で敗北、頼政は平等院で自刃。以仁王はそこを逃れ,南都で再興しようと数十騎の側近と南進された。丁度井出の渡し(木津川市山城町)で追撃の平家軍の猛攻撃を受け、以仁王の身代わりとして影武者が討ち死に、以仁王は13名の側近と丹波に逃れ頼政の領地であった吉美卿有岡村目指して10日余りの旅で何鹿郡綾部に着かれ由良川を渡たられたのは治承4年5月下旬か6月初め、農作業の中、里人は都からの高貴な方の到着を喜び笛、太鼓で田楽踊りを舞い今も伝わる「ひやそ踊り」で以仁王を慰めたという。しかし以仁王の矢傷は悪化し、同年6月9日「後世、庶民の腹痛の悩みを我代わって救わん」という言葉を残して昇天された。翌年養和元年(1181)9月9日以仁王の神霊を奥谷の森、高倉に移し奉り、ここに高倉神社が創建された。四方幸則宮司作成文を略す。

1.式内社高倉神社の全景
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2.駒札
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3.石造り大鳥居
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4.京都府指定文化財の拝殿を望む!
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5.同上
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6.見事な彫刻の拝殿
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7.手前の十二士神社から琴平神社などの境内社群
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8.拝殿後部と本殿を見る!
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9.境内社の天照大神を祀る皇大神宮
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10.大地主神社・伊邪那岐神社と綾部市指定古木・名木の一つ「夫婦スギ」を見る!
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11.高倉神社のホームページは下記をクリックして見て下さい!
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/12/49/index.html
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2019/12/30

京丹波を見る!令和元年・年末の綾部市最古の奉納俳句額を持つ多田天満宮のお参り!  綾部の文化財

令和元年12月30日年末のお参りに京都府綾部市多田町にある天満宮と京都府指定文化財の拝殿を持つ式内社・高倉神社にお参りに行ってきた。まず、地元の綾部市最古の奉納俳句額を持つ天満宮を参拝し、次いで高倉神社へ「五葉の笹の葉」をお返しに行ってきた。

1.多田天満宮(吉美地区唯一の天満宮)
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2.天満宮
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3.アップで見る!
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4.アップで彫刻を見る!
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5.境内社の式内社高倉神社の三宮神社(さんのみやじんじゃ)
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6.同上 アップで彫刻を見る!
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7.境内社の稲荷神社をアップで見る!
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8.綾部市最古の奉納俳句額についての記事は下記をクリックして見て下さい!
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1853.html

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2019/12/5

丹波の紅葉を見る!沙羅双樹で有名な松林寺の紅葉!  綾部の文化財

京都府福知山市談488には臨済宗南禅寺派の古刹で7月初旬には見事な沙羅双樹が咲く松林寺(しょうりんじ)がある。12月1日(日曜日)紅葉はどうかと訪ねました。紅葉は素晴らしく来た甲斐がありました。

1.山門前の駐車場から見る!
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2.見事な山門
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3.山門前の紅葉
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4.沙羅双樹の駒札
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5.見事な本堂
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6.本堂と薬師堂
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7.薬師堂の扁額を見る!
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8.薬師堂内を見る!
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9.本堂前の庭園
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10.本堂裏の見事な紅葉
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11.沙羅双樹の花(平家物語の一節「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色…」で知られ、朝咲いては夕方から夜にかけて散るため、世の無常を象徴する花となっている。
同寺では30年ほど前に植えられ、現在は15本ほどある。
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2019/11/30

令和元年11月24日綾部の文化財を守る会発足50周年記念式典並びに記念講演会が盛大に開催された!  綾部の文化財

京都府綾部市青野町の「綾部市ものづくり交流会館」に於いて午後1時から「綾部の文化財を守る会発足50周年記念式典並びに記念講演会」が100余名の参加者を得て盛大に開催されました。午後1時安達事務局長の司会により始まり、森本一郎(かずろう)会長の挨拶、ご来賓の山崎善也綾部市長の代理で足立市教育長及び四方源太郎京都府議会議員の祝辞を頂き、また、安達事務局長によりご来賓の紹介がありました。


1.綾部の文化財を守る会発足50周年記念式典並びに大好評であった記念講演の概況(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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2.表彰を受けられた方々(画像をクリックすると拡大しましす。)
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3.記念式典の様子・ご来賓の四方源太郎京都府議会議員の祝辞を頂きました。.
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4.会長表彰を受けられる方々の代表で受賞される小村一郎先生
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5.大好評で在った同社社大学文学部教授井上一稔先生の講演
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6.令和元年(2019年)11月29日付け「あやべ市民新聞」第1面の記事(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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7.其の他(記念式典担当部署、資料編など)
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2019/11/13

京丹波を見る!綾部大本本部の見事な梅松苑の紅葉が始まる!  綾部の文化財

京都府綾部市本宮町1−1には綾部大本本部があり、その梅松苑の見事な紅葉が始まりました。11月13日に見た紅葉です。大本のみろく殿は国登録文化財でもあり、その横の金竜池の紅葉は見事です。夜にはライトアップされ其れは誠に神々しくも見えるでしょう。

1.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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2.みろく殿の駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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3.横から見たみろく殿と紅葉
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4.金竜池の紅葉
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5.同上
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6.同上
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7.同上
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8.同上
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9.同上
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10.同上
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2019/11/5

丹後を見る!宮津藩第二代目藩主京極高広が母の追善のため建立した見事な智源寺!  綾部の文化財

京都府宮津市京街道769には宮津初代藩主・京極高知の妻が慶長17年(1612)に亡くなったあと、息子の京極高広が寛永2年(1625)5月、母の追善供養のために当寺を開創。山号(松渓山)と寺号(智源寺)はその戒名「惣持院殿松渓智源大禅定尼」に由来している。寛文元年(1661)大本山永平寺より僧録司に任ぜられ、中本山として丹後曹洞宗の諸寺を統率した。本堂は文化元年(1804)3月に再建された。本尊は聖観世音菩薩。黄金の立像は飛鳥期末、元興寺の道昭の作。安永元年(1772)4月、宮津吉原の畑より出土した後、40年間宮津城中に祭祀されていたが、文化8年(18111)2月、藩主・松平宗発より賜り、秘仏とされている。本堂の格天井に描かれている花草図は、江戸時代後期円山四條派・土佐派、20人の傑作で、京都府の文化財に指定されている。本堂再建時に作成された障壁画の一部が客殿に再現されている。

1.見事な山門
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2.駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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3.黒門(中門)前の見事な禅宗庭園です。
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4.黒門
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5.見事な山門(赤門)
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6.阿形の仁王像
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7.吽形の仁王像
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8.鐘楼(文化元年再建のもので,梵鐘は寛永24年4月京極高広の寄進。第二次大戦中供出されたが、戦後名鐘の故を以て返還された。鋳物師は丹後宮津住木崎善右衛門)
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9.本堂
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10.専門僧堂を見る!
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11.本堂をアップで見る!
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12.同上
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13.見事な本堂の須弥壇
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14.惣持院殿松渓智源大禅定尼のお墓(本堂裏山墓地の最上段にあり、高さ3メートルもある大五輪塔です.登り道が急斜面でギブアップでした。

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2019/7/20

丹後を見る!西国観音霊場第29番札所で「仏舞い」で有名な松尾寺!  綾部の文化財

京都府舞鶴市松尾532には真言宗醍醐派の本尊:座像馬頭観世音菩薩様を祀る西国観音霊場第29番札所で「仏舞い」で有名な青葉山 松尾寺がある。開基は威光上人で、松尾寺が、その中腹に位する青葉山(699m)は、福井縣から望見すれば、東西に並び立つ双峰が一つに重なり、その秀麗なさまは「若狭富士」と呼称されている。
 富士なくば 富士とやいわん 若狭なる
  青葉の山の 雪のあけぼの
   御陽成天皇皇子・八条王子
 この山は死火山で、昔火焔を吹き上げ、噴流は直下の日本海に注いで凄絶な水煙をあげていたものと思われる。この厳しい表情をたゝえた険峻な山は、早くから修験道修行の場となっていた。時に慶雲年中、唐の僧、威光上人が当山の二つの峰を望んで、中国に山容の似た馬耳山という霊験のある山があったことを想起された。登山したところ、果 せるかな松の大樹の下に馬頭観音を感得し、草庵をを結ばれたのが、和銅元年(708)と伝えられる。 爾来、今日まで千三百年を経ているが、その間、元永二年(1119)には、鳥羽天皇の行幸があり、寺領四千石を給い、寺坊は六十五を数えて繁榮した。当地方唯一の国宝の仏画も、美福門院の念持仏であったといわれる。
 その後、度重なる火災にあったが、その都度、細川幽斉や京極家によって復興され、現代の本堂は、牧野英成により享保十五年(1730)に修築された。当寺は、西国第29九番札所で、本尊馬頭観世音は、三十三霊場中唯一の観音像であり、農耕の守り仏として、或いは牛馬畜産、車馬交通 、更には競馬に因む信仰を広くあつめている。

1.青葉山の当寺を望む!
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2.第1駐車場から仁王門を望む!
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3.駒札
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4.仁王門を左側から見る!
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5.阿形の仁王像(保存管理で仏像の写真が置かれている)
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6.吽形の仁王像(同上)
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7.仁王門から本堂を仰ぎ見る!
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8.勅使門を見る!
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9.本堂を見る!
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10.本堂前の境内の地蔵菩薩
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11.本堂を見る!
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12.本堂の向拝とその彫刻を見る!
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13.同上 アップで見る!
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14.同上 銅鑼を見上げる!
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15.本堂内を見る!
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16.薬師堂を見る!
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17.薬師堂内を見る!
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18. 国重要無形民俗文化財の「松尾寺の仏舞」は5月8日に実施されます。下記をクリックして音声付動画で見て下さい!
https://youtu.be/kmnyvDneEdI

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2019/7/4

京丹波を見る!綾部のアジサイ寺とも呼ばれる東光院の風鈴まつり!  綾部の文化財

京都府綾部市上延町の寺院・東光院で「綾部あじさい風鈴祭り」が開かれ、本堂前につるされた700個の風鈴が涼味を誘っている。風鈴は直径7センチほど。本堂前にやぐらを設け、つるした。アジサイは今月初旬から薄紫や白の花を咲かせ始め、約2500株が見頃を迎えた。そよ風が吹くと、境内一帯に涼やかな風鈴の音が響き、参拝客がアジサイとの共演を楽しんでいる。 アジサイは来月初旬ごろまで、風鈴は9月4日まで楽しめる。松井真海(しんかい)住職(60)は「庫裏で冷茶の接待もあるので、ゆっくり過ごして涼んでほしい」と話している。拝観料は高校生以上300円でお茶のサービスもある。東光院の由縁は東光院は、高野山真言宗に所属する古刹で、菅谷山法隆寺東光院と号し、本尊は薬師如来をまつる。寺伝によると天武天皇の白鳳二年(673)理趣仙人によって開創され、七堂伽藍を備えた寺院であった。寛弘二年(1005)聖楽上人が中興し、坊舎二十一坊を備えて隆昌したが、応仁の乱につづく延徳の兵乱(位田の乱)の兵火で焼失し、更に明暦年間にも火災にあって炎上した。 当寺に残されている大般若経は、平安時代から室町時代に書写された、大般若経の残巻で約三十巻あり、最古のものは、仁平二年(1152)奥書があり、又他にも志万庄法隆寺(巻第五〇)奥書のあるものもあって、当時は法隆寺と呼んでいたことがわかる。この写経は、丹波における平安時代の写経事業を伝える数少ない遺巻であり貴重である。又、経櫃懸子は、杉板製漆塗で、長方形、底は浅板張りで、内面と底面に漆書、墨書があって延徳二年(1490)頃の位田の乱に岡町木曾殿神社の焼失の事が記録されている。

1.参道の横にアジサイが満開(令和元年6月18日撮影)
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2.見事なに二王門!
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3.二王門をアップで見る!
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4.阿形の仁王像
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5.吽形の仁王像
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6.参道両側は見事なアジサイが満開です!
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7.小川のアジサイを見る!
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8.十六羅漢の池
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9.見事なピンクの水連と!
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10.東光院を見上げる!
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11.本堂を見上げる!
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12.700個の風鈴と本堂を望む!
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13.庫裡の受付
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14.拝観料300円でお茶菓子とお茶がサービスです!
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15.庫裡の中の襖絵!(長井一禾の四季の鴉(襖絵)
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16.庫裡に祀られている仏像!
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17.見事な本堂の須弥壇です!
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18.庫裡の前の案内札
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19.風鈴の原型です!(寺の屋根に飾られていた物です!魔除!)
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20.庫裡の次間に飾られていた「地獄絵の襖絵」
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2019/5/30

古都奈良を見る!国宝の極楽堂と僧坊、五重小塔を持つ元興寺!  綾部の文化財

奈良県奈良市中院町11には一般には極楽坊とも呼ばれて国宝の極楽堂と僧坊、五重小塔のある真言律宗の元興寺(がんこうじ)がある。この寺は前身は6世紀末蘇我馬子によって開かれた法興寺(飛鳥寺)でしたが、平城遷都に伴い今の地に移転され名も元興寺と改められました。かつては南都七大寺の一つとして威勢を振い、現在の奈良市街の南東部を占めていました。広大な寺域には、金堂・講堂・塔・僧房などが立ち並んでいましたが、平安時代半ば、その勢威も衰えてしまいました。現在では僧坊の一画が唯一現存しています。極楽坊はかつての元興寺僧坊の一部で、鎌倉時代に極楽堂〔国宝〕と禅室〔国宝〕に改築されました。中世以来庶民の信仰を集め、境内から無数の石仏と民俗資料が発見されています。法輪館には奈良時代の木造五重小塔〔国宝〕木造阿弥陀如来坐像・智光曼陀羅図・庶民信仰資料〔各重文〕などが多数保存されています。

1.元興寺の標柱(石碑)
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2.東門(国重文、もと東大寺の西南院の門を室町時代に移築したもので、堂々とした本瓦葺きの四脚門です。)
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3.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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4.国宝の本堂(極楽坊)
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5.本堂内部(須弥壇)を見る!
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6.駒札と元興寺講堂礎石(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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7.同上
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8.収蔵庫(内部には国宝の五重小塔(実際の塔のを10分の1に縮小したもので5.5メートルもあり、塔の建築構造が良くわかる。内部は撮影禁止で残念です。)」
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9.駒札と浮図田の一部
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10.浮図田と右側にあるのは国宝の僧坊
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11.もう一度本堂と裏側にある国宝の僧房を見ます。
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