2019/8/5

丹後を見る!普門国師(晴屋妙葩)ゆかりの臨済宗天竜寺派の雲門寺!  文化財研修記

京都府舞鶴市余部上45には1370年南禅寺山門の建立をめぐって比叡山僧徒との争いを受けて、天龍寺住職であった春屋妙葩(普明国師)は難を逃れ阿波を経て舞鶴の余部下に庵を建立したのが雲門寺(うんもんじ)の始まりです。普明国師は夢窓国師の弟子で相国寺の実質的な開山であり、足利義満の帰依を受けている。雲門寺は一時は大いに栄え、天竜名刹の一つにも数えられた時期があった。明治時代に入り、海軍基地の整備のために現在の余部上に移転した。雲門寺(うんもんじ)京都府舞鶴市余部上45で神龍山の山号で臨済宗天龍寺派、開創は1371年、本尊:地蔵菩薩、その他
1)山門:市指定文化財 1609年(2)普明国師像(画):市指定文化財。

1.雲門寺の標柱と山門
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2.山門をアップで見る!
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3.駒札
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4.見事な鐘楼
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5.本堂を見る!
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6.別な参道から本堂を見る!
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7.見事な本堂の扁額
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8.本堂裏山の茶室を望む!
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2019/8/1

丹後を見る!見事な竜宮門を持つ桂林寺!  文化財研修記

京都府舞鶴市紺屋69には曹洞宗の古刹で本尊は阿弥陀如来を祀り見事な竜宮門を持つ桂林寺(けいりんじ)がある。桂林寺の創建は不詳ですが欽明天皇26年(565)、勅願により開かれたのが始まりと伝えられています。当初は薬師寺と称していましたがその後、洞林寺に改称、応永8年(1401)に竺翁雄仙和尚が曹洞宗に改宗しています。宝徳3年(1451)、当時の佐武ケ嶽城主坂根修理亮が、父親である桂林院の菩提を弔う為、堂宇を増築、寺領30石を寄進し寺号を桂林寺に改称しています。関ヶ原の戦いの際は田辺城に籠城した細川幽斎の支援し、阿弥陀像と絹本著色仏涅槃図が寄進されています。江戸時代に入ると歴代藩主である京極家や牧野家から庇護され寺運が隆盛し末寺30余寺を擁する曹洞宗中本山として大きな影響力を持つようになります。
桂林寺の文化財 : 絹本著色仏涅槃図−室町時代−京都府指定文化財 、・ 梵鐘−室町時代−舞鶴市指定文化財、・ 石燈篭−鎌倉時代−国認定重要美術品

1.見事な山門、後ろの山は愛宕山です。
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2.アップで見ます!
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3.駒札
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4.山門から仁王門を望む!
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5.見事な仁王門
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6.駒札
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7.仁王門の扁額を見る!
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8.阿形の仁王像
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9.見事な総門(竜宮門)
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10.総門を内側から見る!此処から西舞鶴の市街が一望できます。
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11.本堂
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12.同上
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13.本堂内を見る!見事な須弥壇です!!
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2019/7/29

丹後を見る!伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祀る朝代神社!  文化財研修記

京都府舞鶴市朝代町には伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祀る古社の朝代神社(あさしろじんじゃ)がある。社伝によると天武天皇元年(672)に淡路島から遷したと伝えている。江戸時代には朝代大明神と称し、田辺城下の産土神であった。大祭は現在11月3日に行われ各町から趣向をこらした屋台が繰り出し、神輿渡御があり、4年に一度太刀振りが行われる。
 鳥居をくぐって直ぐ左に参道がのび、突き当たりで円隆寺境内と接する。突き当りを右に折れて石段を登ったところに社殿がある。享保17年(1731)の大火によって旧社殿を焼失したため、現在の社殿(市指定文化財)は元文9年(1739)の再建である。

1.朝代神社の大鳥居と標柱
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2.大鳥居をアップで見る!
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3.歌碑の駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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4.歌碑
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5.朱の大鳥居
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6.この突き当りは円隆寺境内となります!
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7.駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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8.社殿への石段参道
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9.拝殿と左側の手水舎
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10.見事な拝殿
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11.拝殿の銅鑼を見上げます!
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12.本殿を左側から見ます!
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13.本殿横を右側から見ます!
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2019/7/25

丹後を見る!桁行5間・梁間5間の見事な入母屋造りの本堂のある円隆寺!  文化財研修記

京都府舞鶴市の西舞鶴地区の引土には「真言宗御室派の古刹・慈恵山円隆寺(じけいざん・えんりゅうじ)」がある。寺伝によれば、奈良時代の僧・行儀が開いたもので、10世紀末に皇慶が中興したとされている。寺に伝わる「慈恵山記」によれば長徳年間(995〜999)、皇慶の開創と言う。江戸時代に入り、田辺藩々主牧野家の保護を受けて栄えた。最盛期の寺域は、現在のJR西舞鶴駅前まで約10ヘクタールにも及び約70近くの塔頭があったと言う。享保17年(1792)の大火で、建物は全て類焼したが、主な仏像などは信徒が運び出し無事であった。その為、「丹後大仏」と云われるご本尊の阿弥陀如来(国重文)など、多数の国重文の平安時代、鎌倉時代の仏像が今でも残っている。残った国重文の仏像は次の通り、ご本尊の阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、釈迦如来坐像3体と木造不動明王立像、毘沙門天立像(奈良国立博物館に寄詫)です。本堂内は拝観は10名以上の参観で予約は必要です。

1.円隆寺標柱と総門(京都府指定文化財、3の駒札参照)
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2.総門をアップで見る!
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3.駒札
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4.阿形の仁王像(金網で撮影は難しい。)
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5.四国88ケ所巡りの第1番札所です!
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6.石段参道を仰ぎ見る!
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7.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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8.本堂を見ます!
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9.桁行5間・梁間5間の見事な入母屋造りの本堂
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10.本堂を斜めから見る!
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11.本堂の扁額
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12.本堂内の須弥壇
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13.境内の各お堂、弘法大師堂など
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14.出世稲荷神社
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15.見事な多宝塔
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16.多宝塔をアップで見る!
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2019/7/20

丹後を見る!西国観音霊場第29番札所で「仏舞い」で有名な松尾寺!  綾部の文化財

京都府舞鶴市松尾532には真言宗醍醐派の本尊:座像馬頭観世音菩薩様を祀る西国観音霊場第29番札所で「仏舞い」で有名な青葉山 松尾寺がある。開基は威光上人で、松尾寺が、その中腹に位する青葉山(699m)は、福井縣から望見すれば、東西に並び立つ双峰が一つに重なり、その秀麗なさまは「若狭富士」と呼称されている。
 富士なくば 富士とやいわん 若狭なる
  青葉の山の 雪のあけぼの
   御陽成天皇皇子・八条王子
 この山は死火山で、昔火焔を吹き上げ、噴流は直下の日本海に注いで凄絶な水煙をあげていたものと思われる。この厳しい表情をたゝえた険峻な山は、早くから修験道修行の場となっていた。時に慶雲年中、唐の僧、威光上人が当山の二つの峰を望んで、中国に山容の似た馬耳山という霊験のある山があったことを想起された。登山したところ、果 せるかな松の大樹の下に馬頭観音を感得し、草庵をを結ばれたのが、和銅元年(708)と伝えられる。 爾来、今日まで千三百年を経ているが、その間、元永二年(1119)には、鳥羽天皇の行幸があり、寺領四千石を給い、寺坊は六十五を数えて繁榮した。当地方唯一の国宝の仏画も、美福門院の念持仏であったといわれる。
 その後、度重なる火災にあったが、その都度、細川幽斉や京極家によって復興され、現代の本堂は、牧野英成により享保十五年(1730)に修築された。当寺は、西国第29九番札所で、本尊馬頭観世音は、三十三霊場中唯一の観音像であり、農耕の守り仏として、或いは牛馬畜産、車馬交通 、更には競馬に因む信仰を広くあつめている。

1.青葉山の当寺を望む!
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2.第1駐車場から仁王門を望む!
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3.駒札
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4.仁王門を左側から見る!
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5.阿形の仁王像(保存管理で仏像の写真が置かれている)
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6.吽形の仁王像(同上)
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7.仁王門から本堂を仰ぎ見る!
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8.勅使門を見る!
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9.本堂を見る!
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10.本堂前の境内の地蔵菩薩
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11.本堂を見る!
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12.本堂の向拝とその彫刻を見る!
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13.同上 アップで見る!
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14.同上 銅鑼を見上げる!
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15.本堂内を見る!
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16.薬師堂を見る!
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17.薬師堂内を見る!
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18. 国重要無形民俗文化財の「松尾寺の仏舞」は5月8日に実施されます。下記をクリックして音声付動画で見て下さい!
https://youtu.be/kmnyvDneEdI

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2019/7/15

丹後を見る!環境省巨樹古木DBで幹周4.45メートル、樹高27メートルのケヤキのある鹿原神社!  文化財研修記

京都府舞鶴市鹿原164には環境省巨樹古木DBでは幹周4.45メートル、樹高27メートルもある「前頭(まえがしら)ケヤキ」と呼ばれる巨樹で古木のある鹿原神社(かはらじんじゃ)がる。ケヤキは舞鶴市の「市の木」になっており、大きいものから横綱ケヤキ・大関ケヤキ・関脇ケヤキ・小結ケヤキ・前頭ケヤキと名付けられています。鹿原神社については創始など詳細が不明ですが、荒神様と山神社を祀っています。

1.鹿Ñ原神社の大鳥居と扁額
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2.巨大な自然石の常夜灯
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3.巨大な古木のケヤキに挟まれている鹿原神社の二神(山の神と荒神様)を祀っている!
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4.境内社(祭神は不明)
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5.角度を変えて見る!
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6.同上
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7.同上 巨樹を仰ぎ見る!
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8.前頭ケヤキ
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2019/7/11

丹後を見る!舞鶴市小倉の古社で郷社である阿良須神社!  文化財研修記

京都府舞鶴市小倉(国道27号沿い)には「正一位一宮神社」「豊受皇阿良須神社」を祀る郷社・阿良須神社(あらすじんじゃ)がある。秋の10月の祭礼日には、美少女たちは舞を奉納する。「天女の舞」「あめつちの舞」というのだそうである。崇神天皇の御代、丹波道主命が青葉山の土蜘蛛、陸耳御笠を征伐のさい加護をうけた天神地祇を柳原の森にまつったのを起源としている。天武天皇の10年(681)社殿が再建され、壬申の乱の英雄、高市皇子がお詣りされたという伝えもある。という。祭礼日には庚申太鼓と囃子方も練り込む。
中近世では、一宮・一ノ宮大明神あるいは大森社と称していた。志楽庄春部村の村自治の中心となる一宮であったと思われる。官の息のかからない宮座を中心とした村の神社という性格が強いように思われる。したがって祭神も本来は村の先祖神と思われる。アラスとかフルとかシラクとか古代の渡来名が残る地であり、それだけでなく青葉山土蜘蛛や陸耳御笠の伝説を伝えることから、だいたいの祭神像は浮かび上がってきそうであるが、それらは世が下るとともに次第に消されていったのだと思慮される。

1.郷社阿良須神社の標柱と大鳥居
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2.大鳥居と扁額
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3.阿良須神社の右側の鳥居は境内社の「冨留山神」である。
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4.阿良須神社の拝殿を見る!
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5.拝殿の右上にある冨留山神社です!
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6.同上の前にある駒札
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7.阿良須神社の拝殿・右の手水舎と本殿屋根を見る!
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8.本殿横を見る!
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10.本殿後部と拝殿を見る!
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11.もう一度両神社の正面を見る!
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2019/7/7

丹後を見る!関西花の寺第3番霊場で国重文の三重塔(塔婆)のある金剛院!  文化財研修記

京都府舞鶴市鹿原595番地には真言宗東寺派で見事な国重要文化財の三重塔のある鹿原山・慈恩寺 金剛院(こんごういん)がある。丹後街道(国道27号線)から1kmに満たない距離ながら、金剛院のたたずまいは深山の中の“隠れ寺”といった趣。一帯は「金剛院京都府歴史的自然環境保全地域」に指定されている深い樹林だ。モミやシイ、カシ、カエデ、アカマツなどの木の間越しに本堂や三重塔が見え隠れする。 こんな閑寂な地に開山したのは、平安時代初期の平城天皇の第三皇子、高岳親王である。親王は皇位継承争いなどに巻き込まれ、世の無常を感じて仏門に入った。法名は眞如。弘法大師十大弟子の一人に列せられるが、天竺に向かう途中消息を絶ったという。平安中期から後期にかけては、白河天皇や鳥羽天皇の皇后美福門院の帰依により大いに栄えた。その後の戦国動乱や天災人災にも耐え、守り抜かれた宝物殿の寺宝の数々が、この寺の隆盛ぶりを今に伝える。平安時代後期の阿弥陀仏如来坐像、多聞天立像、増長天立像、さらに鎌倉時代の快慶による力強い深沙大将立像、執金剛神立像。いずれも国の重要文化財である。鹿原川を渡って山門をくぐると本坊、田辺城主の細川幽斎作庭の鶴亀の庭、そして宝物殿がある。そこから三重塔と本堂への参道は、木々に覆われた昼なお暗い道だ。高岳親王御手植えと伝わる千年ガヤは府内随一の巨木となり、無数のカエデが頭上に枝を伸ばす。室町時代再建の三重塔はまるで自然に還ったかのような落ち着いた色調で樹林と見事な調和を見ている。 5月になればオオデマリが周囲を灯すように咲き、本堂への急な石段の左右はシャガが隙間なく埋め尽くす。そして夏の木立の下には薄緑色のウバユリや楚々とした山野草の花々がひっそりと咲く。さらに9月はシュウカイドウが参道に花色を添える。また、枯れ滝への200mの山道は桜の季節、ヤブツバキが延々と咲き連なり、“ツバキの小径”となる。「丹後のもみじ寺」金剛院さて、金剛院は何といっても紅葉で広く知られる。三重塔から本堂にかけてのカエデは細川幽斎の植樹で、全山合わせて5000本を数えるという。それらが黄赤や緋色などに染まり、三重塔に照り映える美しさは例えようもない。門前に広がる鹿原公園から見れば、まさしく一幅の絵画だ。
 紅葉時の混雑を避け、若葉が萌える春から初夏、三重塔の屋根が白銀に輝く雪の日などに訪れるのも一興だ。静けさの中にたたずむ金剛院はじつに風雅である。記事から抜粋掲載。
住所: 京都府舞鶴市字鹿原595
0773-62-1180、真言宗東寺派、本尊は波切不動明王、拝観は9〜16時、拝観300円、宝物殿500円
第4回目の訪問で本堂の木鼻には定番の唐獅子と象、中央に龍とその上に二人の天女が舞を舞い、
唐破風には翼を広げた鳳凰が飛翔しています。彫師は刻銘より6代目中井権次正貞と認識した。。

1.駐車場から山門を見る!
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2.景観案内(画像をクリックすろと拡大して読めます。)
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3.山門を潜ろと其処は細川幽斎作庭の「鶴亀の庭」の庭です!
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4.300円を投入し、パンフレットを取り,本堂や三重塔で向かう!無数のカエデが頭上に蔽う参道を通ります!
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5.途中、左側には京都府内随一の高岳親王のお手植と云われる千年ガヤに出会います。
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6.更に続くカエデの参道です!頭上の鹿原山を見上げる!
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7.国重要文化財の三重塔(塔婆、室町時代))を見る!
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8.104段の石段参道は厳しいので、登りは「いろは坂」の道を登った!
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9.いろは坂も途中から石段参道へ入り、見上げると本堂が見えた!
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10.石段参道の途中から三重塔を見下ろす!
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11.石段参道の途中からお堂を見上げる!清水寺の斜面の建て方と同じ様式だ!
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12.本堂を右側から見る!
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13.本堂の木鼻には見事な龍の彫刻がある!定番の唐獅子と象、中央に龍とその上に二人の天女が舞を舞い、唐破風には翼を広げた鳳凰が飛翔しています。彫師は刻銘より6代目中井権次正貞と認識した。
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14.本堂銅鑼をアップで見る!
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15.木鼻を内側から見る!
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16.本堂内
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17.関西花の寺第3番札所霊場
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18.弘法大師の滝
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19.104段の石段参道を降り、三重塔を見て再びカエデのトンネルを潜り山門へ
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20.山門内側の駒札
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2019/7/4

京丹波を見る!綾部のアジサイ寺とも呼ばれる東光院の風鈴まつり!  綾部の文化財

京都府綾部市上延町の寺院・東光院で「綾部あじさい風鈴祭り」が開かれ、本堂前につるされた700個の風鈴が涼味を誘っている。風鈴は直径7センチほど。本堂前にやぐらを設け、つるした。アジサイは今月初旬から薄紫や白の花を咲かせ始め、約2500株が見頃を迎えた。そよ風が吹くと、境内一帯に涼やかな風鈴の音が響き、参拝客がアジサイとの共演を楽しんでいる。 アジサイは来月初旬ごろまで、風鈴は9月4日まで楽しめる。松井真海(しんかい)住職(60)は「庫裏で冷茶の接待もあるので、ゆっくり過ごして涼んでほしい」と話している。拝観料は高校生以上300円でお茶のサービスもある。東光院の由縁は東光院は、高野山真言宗に所属する古刹で、菅谷山法隆寺東光院と号し、本尊は薬師如来をまつる。寺伝によると天武天皇の白鳳二年(673)理趣仙人によって開創され、七堂伽藍を備えた寺院であった。寛弘二年(1005)聖楽上人が中興し、坊舎二十一坊を備えて隆昌したが、応仁の乱につづく延徳の兵乱(位田の乱)の兵火で焼失し、更に明暦年間にも火災にあって炎上した。 当寺に残されている大般若経は、平安時代から室町時代に書写された、大般若経の残巻で約三十巻あり、最古のものは、仁平二年(1152)奥書があり、又他にも志万庄法隆寺(巻第五〇)奥書のあるものもあって、当時は法隆寺と呼んでいたことがわかる。この写経は、丹波における平安時代の写経事業を伝える数少ない遺巻であり貴重である。又、経櫃懸子は、杉板製漆塗で、長方形、底は浅板張りで、内面と底面に漆書、墨書があって延徳二年(1490)頃の位田の乱に岡町木曾殿神社の焼失の事が記録されている。

1.参道の横にアジサイが満開(令和元年6月18日撮影)
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2.見事なに二王門!
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3.二王門をアップで見る!
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4.阿形の仁王像
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5.吽形の仁王像
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6.参道両側は見事なアジサイが満開です!
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7.小川のアジサイを見る!
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8.十六羅漢の池
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9.見事なピンクの水連と!
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10.東光院を見上げる!
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11.本堂を見上げる!
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12.700個の風鈴と本堂を望む!
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13.庫裡の受付
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14.拝観料300円でお茶菓子とお茶がサービスです!
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15.庫裡の中の襖絵!(長井一禾の四季の鴉(襖絵)
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16.庫裡に祀られている仏像!
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17.見事な本堂の須弥壇です!
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18.庫裡の前の案内札
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19.風鈴の原型です!(寺の屋根に飾られていた物です!魔除!)
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20.庫裡の次間に飾られていた「地獄絵の襖絵」
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2019/6/29

京丹波を見る!関西花の寺霊場第一番札所で丹波あじさい寺とも呼ばれる観音寺!  文化財研修記

京都府福知山市観音寺1067には関西花の寺霊場第一番札所で丹波あじさい寺・水子供養寺ともよばれる真言宗観音寺(かんのんじ)がある。本尊は千手観音で寺伝に依れば養老4年(720)にインドの帰化僧、法道仙人によって一霊木から十一面千手千眼観世音菩薩像を刻んで草堂に安置されたのが当山の開基。本堂は丹波を代表する密教建築。(府指定文化財)約1万株のあじさいが咲く「あじさい寺」として有名。せせらぎの流れる境内は新緑や紅葉もみごと。冬のロウバイも魅力的です。また、この寺は応和元年(961)に空也上人が再興したという。平安時代末期には塔頭・子院が十余を超え鎌倉時代は執権。北条氏、室町時代には足利氏や丹波守護細川氏の庇護を受け栄えた。しかし明智光秀の丹波征伐の時反抗して仁王門を残して全山ý焼かれてしまったが、3年後にはさ再建された。仁王門は明治29年に倒壊したので昭和6年鎌倉様式で再建された。

1.車参道のアジサイ(令和元年6月12日撮影)
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2.全山の参拝図
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3.仁王門
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4.仁王門をアップで見る!
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5.両脇のアジサイを」楽しみながら大聖院角に至る!
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6.見事な手水鉢
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7.大聖院
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8.大聖院で祀られている千手観音像を襖越しに撮影!
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9.アップで拝観!
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10.大聖院横のアジサイの丘を見る!
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11.大聖院横のガラス張りの雨戸に写る見事な「アジサイの花」
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12.七観音霊場めぐりで丘から大聖院を見下ろす!
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13.七観音霊場の一つ
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14.本堂を見る!
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15.水子観音堂内の水子地蔵様を拝観する!
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16.見事な本堂を右手から見る!
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17.本堂縁側から8体仏を見る!
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18.本堂縁側から鐘楼を見る!
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19.御神木は巨大な古木のスギです。
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