2007/11/14

大徳寺秋の特別展「芳春院」  文化財研修記

臨済宗総本山・大徳寺には21院もの塔頭(たっちゅう)があるが、一般に公開している塔頭は「枯れ山水の庭で有名な大仙院、十字架の石組みで有名な瑞峰院、洛北の苔寺と云われている竜源院、そして千利休邸を移した高桐院」のみであるが、秋には特別に前田利家の妻・松の戒名「芳春院」なお名前を付けた前田家の菩提寺が公開されたので撮影に行った。大徳寺山内の北側に位置し、広い境内をもち、門を入ると紅葉やさつきの木々に囲まれた長い石畳が続き,唐門に至る。慶長13年(1608)に加賀藩三代藩主・前田利常の母(芳春院尼、初代藩主・利家の妻)の創建で、開祖は玉室宗伯である。寛政8年(1796)の火事で創建当時の建物は失われたが13代治脩1798年に再建されました。明治維新の混乱期には廃仏毀釈の嵐に巻き込まれ,堂宇の全てを失う悲運にもあいましたが、明治8年に復興されました。武人茶人片桐石州の墓もあり、「茶禅一昧」と呼ばれる心が生かされています。

芳春院正面
クリックすると元のサイズで表示します

芳春院玄関入口
クリックすると元のサイズで表示します

内庭の手水と千両が良く合う
クリックすると元のサイズで表示します

京都四閣の一つ「呑湖閣」。小堀遠州作の楼閣山水の庭の中心をなす。玉室和尚の師春屋和尚の木像をはじめ、近衛、醍醐、青山、建部等の檀家の霊牌画が祀れれている。呑湖閣への橋は「打月橋」池は「飽雲池」とめいめいされています。
クリックすると元のサイズで表示します

呑湖閣から見た内庭
クリックすると元のサイズで表示します



この記事へのトラックバックURLはありません
トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ