2019/6/8

古都奈良を見る!国重文の閻魔王座像など多くの重文の像を持つ白豪寺!  文化財研修記

奈良市白豪寺町392には国重文の寄木造りの閻魔王坐像など8体の国重文の像を持つ真言律宗で大和北部88ケ所第63番札所・関西花の寺第18番札所の高円山・白毫寺(びゃくごうじ)がある。
若草山・春日山に続南の高円山の麓にある寺で、天智天皇の第七皇子の志貴皇子の離宮があり、その山荘を寺としたという言い伝えがあるが、定かでない。鎌倉中期に西大寺で真言律宗をおこし多くの寺を復興した興正菩薩叡尊が当寺を再興・整備したとされる。弘長元年(1261)叡尊の弟子・道照が宋から大宋一切経の摺本を持ち帰り、一切経の転読を行った。以来当寺は一切経寺と呼ばれ、奈良の町では「寒さの果ても彼岸まで、まだあるわいな一切経」とうたわれた。明応6年(1497)古市・筒井勢による戦乱でほとんどの堂宇を焼かれなど苦難の時代を得て、江戸時代寛永年間に興福寺学僧・空慶上人が再興して、幕府から禄高50石を扶持され栄えた。西方極楽浄土の仏、阿弥陀如来を本尊に、地蔵菩薩・閻魔王とその眷属の司命・司録・大山王の閻魔一族など重要文化財の仏像8体を宝蔵におさめ、本堂に阿弥陀三尊、聖徳太子二歳像他を安置している。御影堂(江戸時代)には中興の祖・空慶上人をお祀りしている。境内には不動・弥勒・地蔵などの石仏が点在し、西には奈良市街が一望できる。春には樹齢およそ450年の五色椿、秋には参道に萩の花が咲き乱れる。

1.白毫寺標柱と参道
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2.入山案内板
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3.満開の桜と山門を見上げる!
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4.見事な山門
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5.更になる石段参道を登る!
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6.山門と麓の奈良市内を望む!
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7.見事な本堂を見る!
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8.本堂と銅鑼を見アップで見る!
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9.本堂の駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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10.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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11.推定樹齢500年の白毫寺の大椿!
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12.多宝塔跡
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13.石仏群の一部
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14.石造りの不動明王像
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15.多宝塔跡を逆から見る❕
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16.五色椿がまだ咲いていた!(奈良の三椿の一つ)
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17.同上 駒札
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18.五色椿全体を見る!
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19.万葉集の駒札


20.万葉集の句碑
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21.西方の奈良市街を望む!
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22.御影堂
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23.国重文の阿弥陀如来坐像など8体の仏像などおさめる宝蔵
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