2019/4/16

兵庫県丹波を見る!朝来市にあるi天空の城・竹田城2−2!  綾部の文化財

兵庫県の北部(但馬)の朝来市には竹田城跡がある。。縄張りがが虎が臥せている様に見えるところから、別名虎伏城(とらふふすじょう、こがじょう)と呼ばれる国の史跡である。また城下から遥か高く見上げる山の頂に位置し、しばしば円山川の川霧により霞むことから、「天空の城」]や「日本のマチュピチュとも呼ばれる。雲海に浮かび上がる古城の累々たる石垣群の威容は、名物ともなっている。東に立雲峡を望む標高353.7mの古城山(虎臥山)の山頂に築かれ、縄張りは南北約400m、東西約100m。天守台をほぼ中央に配置し、本丸、二の丸、三の丸、南二の丸が連郭式に配され、北千畳部と南千畳を双翼とし、天守台北西部に花屋敷と称する一郭がある。廃城から約400年を経ているが、石垣がほぼそのままの状態で残っており、現存する山城として日本屈指の規模となっている。
天正7年(1579)5月、秀長は信長の命令で明智光秀支援のため竹田城から丹波へ攻め入ったが、秀長は竹田城に戻らず播磨に引き上げたと考えられ、毛利方の太田垣輝延が間もなく竹田城に入城した。翌天正8年(1580年)4月、再び信長の命により秀長が6400兵を引き連れ但馬攻めを開始すると、竹田城、有子山城はさしたる抵抗もせず降伏した。山名祐豊、太田垣輝延はその座を奪われ、山名氏と四天王と呼ばれた太田垣氏による支配は完全に終焉をむかえ滅亡した。秀吉は秀長を有子山城主に、秀長配下の武将である桑山重晴を竹田城主にそれぞれ命じた。桑山重晴は後に和歌山城に転封となり、替わって但馬出石城に前野長康、付将として豊岡城に明石則実、八木城に別所重棟、そして秀吉に投降した龍野城主斎村政広が竹田城の城主となる。この斎村政広によって現在の竹田城が完成される。
関ヶ原の戦い
最後の城主である斎村政広は関ヶ原の戦いでは西軍に属し、田辺城(舞鶴城)を攻めるも、西軍方は敗戦した。このため東軍の亀井茲矩の誘いに乗る形で鳥取城攻めに加わり落城させる。しかし城下の大火の責任を問われ、東軍の盟主であった徳川家康の命によって、慶長5年10月28日(1600年12月3日)鳥取の真教寺にて切腹。
政広の居城であった竹田城は家康の命により 山名豊国が受取りを務め、入城した。
その後江戸幕府の方針により、竹田城は廃城となった。
昭和以降
1932年(昭和7年)、出口王仁三郎により大本の布教を兼ねた登城のために南登山道が教団の財力と影響力を使って整備され、10月18日に登城している。
1943年(昭和18年)9月8日、「史蹟名勝天然紀念物保存法」に基づき、国の史跡に指定される。
1989年(平成元年)11月、文化庁の許可を得て、角川映画『天と地と』のロケーションが行われた。城跡には製作費3億円を投じて、天守閣、大手門、塀等のセットが建設された[5][6]。また2003年に映画『魔界転生』でも城をセットに原城を再現した上、ロケ地として使われた。
006年(平成18年)4月6日、日本100名城(56番)に選定された。2005年度の来客数は一年間で33,000人だったが[2]、100名城への選定で知名度が上がり、雑誌やネットのニュースサイトなどでも雲海に浮かぶ竹田城の画像がたびたび報じられ話題になるようになった[2]。
2012年(平成24年)に高倉健主演映画『あなたへ』でもロケ地として使われた。妻となる田中裕子がここの「天空の音楽祭」で宮沢賢治の「星めぐりの歌」を歌う。最後には「天空の城」の情景が映し出される。2012年度の来客数は238,000人に達し、翌2013年度は4月から9月の上半期の来客だけで22万人に達した。2013年(平成25年)3月27日、朝来市議会で入城料を徴収する条例が可決した。数年で訪問者が急増した事により整備・管理の負担が増えたことによるもの。徴収開始は2013年10月からの予定で高校生以上は300円、中学生以下は無料となる。冬場の閑散期の12月11日から翌年3月19日までは対象外となる[7][8]。また観光客増加に伴い、石垣の一部が崩落する危険性も高まっている[。登城者が増加したことに伴い迷惑駐車なども増加したため通行規制を行っている]。2013年(平成25年)11月、第20回全国山城サミットが再び朝来市で開催される。前回は第1回の幹事町として平成6年に開催。(全国お城ふぇすたin朝来も同時開催)2013年(平成25年)12月、GoogleのCMで竹田城跡が取り上げられることにより、爆発的に観光客が約60万人に激増する。2014年(平成26年)から安全性・史跡保護を考慮して冬季は全面入城禁止になった[14][15]。同年11月、朝来市が国に無許可で国史跡である竹田城跡の登山道の拡幅や付け替え工事を進めていたことが発覚し、文化財保護法に違反しているとして県教委が工事の中止を指示した。観光客の増加により見学区域の制限なども行ったが土砂の流出で地面の浸食などの問題が発生している。2015年(平成27年)8月28日現在、応急的に地面保護のマットを敷設、木杭とロープで区切った観光ルートが整備され、2016年(平成28年)3月、2013年から修復のため立ち入り禁止になっていた天守台周辺整備が終了し、全面公開が再開された。
歴代城主
太田垣光景(1443年(嘉吉3年) - 1465年(寛正6年))
太田垣景近(1465年(寛正6年) - 1479年(文明11年))
太田垣宗朝(1479年(文明11年) - 1521年(大永元年))
太田垣宗寿(1521年(大永元年) - 1538年(天文7年))
太田垣朝延(1538年(天文7年) - 1570年(元亀元年))
太田垣輝延(1570年(元亀元年) - 1577年(天正5年)?)
城代・羽柴小一郎長秀(秀長)(1578年(天正6年) - 1580年(天正8年))
桑山重晴(1580年(天正8年) - 1585年(天正13年))
赤松広秀(斎村政広)(1585年(天正13年) - 1600年(慶長5年))
城郭
虎臥城見取図
竹田城は、険しい地形にありながら、曲輪のすべてを石垣で取り囲んだ総石垣の城郭である。山頂に築かれた城郭としては最後の近世城郭にあたる。縄張りなどから類推して近世初期と考えられる。竹田城は山名宗全がこの地に城を築くよう命じ、羽柴秀長が新しく縄張りを行い、その後の赤松広秀が文禄のころより豊臣秀吉の支援を受けながら、壮大な城へ仕上げたものと考えられている。
安土城のような大規模な石垣構造をもち、虎口は枡形を有する。尾根の最高所に本丸を置き、その正面に天守台がある。本丸から三方向にのびて、北千畳曲輪、南千畳曲輪、花屋敷曲輪という大きな曲輪群を有している。面積は18,473m2にも及ぶ。石垣は穴太流石積み技法で、豊臣時代の山城に代表される遺構である。『ひょうごの城紀行』によると「竹田城は赤松広秀が三十代後半の働き盛りに築いた城ということになろう」としている。竹田城の特徴のひとつとして、北千畳曲輪、南千畳曲輪、花屋敷曲輪の3つの曲輪群の標高が331mとほぼ同じ高さに作られている。本丸の標高は351mになるので標高差は20mとなる。このことより、平面構成だけではなく立面構成にも高度な計算がなされ3つの曲輪群が計画的に配置されている。櫓の総数は天守を含め20基前後が推定されている。Wikipediaより抜粋。

1.乗合バス第二駐車場から徒歩で登山口へ。(画像をクリックすると拡大して見えます!)
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2.途中から見る武田城址の巨大な石垣に囲まれた虎口近くを見る!
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3.同上
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4.武田城址の巨大な虎口
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5.虎口の巨大な石垣
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6.虎口からの遠望!
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7.石畳から明石方面を見る!
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8.明石方面を見る!
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9.朝来市内方面を」見る!
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10.同上
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11.北千畳曲輪方面を見る!!
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12.同上
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13.本丸・天守台方面を見る!
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14.天守台址から見る南千畳曲輪を見る!
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15.天守台近くから南千畳曲輪方面を見る!
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16.花屋敷曲輪方面を見る!!
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17.花屋敷曲輪から徒歩での下り方面を見下ろす⁉
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18.武田城址を徒歩で降りた所にある駒札!画像をクリックすると拡大して読めます!
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19.同上
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