2018/12/25

京を見る!国宝の蓮華王院本堂(三十三間堂)を見る!  文化財研修記

三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)は京都府京都市東山区三十三間堂廻町にある寺院の仏堂。建物の正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)。同じ京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂であり、同院が所有・管理している。元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂。本尊は千手観音で、蓮華王院は千手観音の別称「蓮華王」に由来する。 国宝の現在の堂は文永3年(1266年)に完成した。洛中にある建物の中では大報恩寺本堂に次いで古く、洛中で鎌倉時代にまで遡る建物はこの2棟のみである。入母屋造、本瓦葺き、桁行35間、梁間5間とする。実長は桁行が118.2メートル、梁間が16.4メートルである。軒は二軒繁垂木(ふたのきしげだるき)、組物は出組(肘木を壁面から一手持ち出す)を用いる。柱間装置は正面はすべて板扉、側面は最前方の一間のみ板扉で他は連子窓、背面は5か所に板扉を設け、他を連子窓とする。正面中央に7間の向拝を設ける。現状の向拝は江戸時代初期、慶安3年(1650年)のものであるが、後白河上皇による創建当初から現状のような形式の向拝が取り付いていたとみられる。
内部は板敷で、桁行33間、梁間3間の身舎(もや)の四方に1間幅の庇を設けた形になる。身舎が内陣すなわち仏像を安置する空間にあたる。内陣は中央の桁行3間分を内々陣とし、本尊千手観音坐像を安置する。その左右、各桁行15間分は10段の階段状の長大な仏壇とし、千手観音立像1,000躯を安置する(千手観音立像は他に本尊の背後にもう1躯ある)。天井は内々陣部分が折上げ組入天井、左右の部分は二重虹梁蟇股(にじゅうこうりょう かえるまた)に化粧屋根裏(天井板を張らず、垂木を見せる)とする。庇部分(背面を除く)は各側柱(建物外周に立つ柱)から身舎柱へ繋梁を上下二重に渡す。各身舎柱間を飛貫(ひぬき、頭貫の一段下に位置する水平貫通材)で繋ぐこと、繋梁のうち下段のものが身舎柱を貫いて突出し、その部分に大仏様(よう)の木鼻(装飾的な彫り)を設けることなどが特色である。これらの特色は鎌倉時代の新たな工法を示すものである。現状では堂の内外に彩色はみられないが、1930年の修理時に、虹梁下面に貼付された装飾鏡の座を外した下から極彩色の文様が現れ、建立当初の堂は彩色で覆われていたことが判明した。(ウイキペディアより抜粋)

1.拝観料支払所
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2.駒札
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3.三十三間堂本堂を回遊先から見る!
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4.見事な手水舎
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5.本堂を見る!
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6.同上
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7.駒札
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8.法念塔
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9.本堂正面を見る!
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10.本堂内部は撮影禁止!三十三間堂の見たい所は下記をクリックして見て下さい!
https://seeing-japan.com/535

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