2018/10/6

京丹波を見る!京都府北部唯一の国宝の建築物・光明寺の二王門平成の修理が10月完了!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」奥上林区睦寄町には京都府北部における唯一の国宝の建築物「光明寺の二王門」がある。寺伝によると聖徳太子(574〜622)の開創、その後天武天皇の白鳳元年(673)役行者(小角)修験練行の道場とし、醍醐天皇の延喜年中(900年頃)醍醐寺開祖である弘法大師(774〜835)の御孫弟子にあたる聖宝理源大師(832〜909)が秘教の大道場として中興されたといいます。
 
国宝光明寺二王門修復の経過と今後                  
綾部市資料館長 三好博喜
 平成二十八年度から始まった光明寺二王門修復工事も最終年度を、迎え、間もなく二王門の威容あるその姿を目にすることができます。前回、昭和二十五年から二十七年にかけての修理では、建物をすべて解体し、根本的な修理を済ませています。昭和の修理から六十五年がたち躯体自体に大きな問題はありませんが、屋根板の痛みや塗装の剥落が進みました。今回の修復では、屋根板の葺き替えと塗装の塗り替えを行いました。
 平成二十八年度は古い屋根板を取り除きました。署名のあるクリ板もあり、前回の修復に寄進された方々と思われます。平成二十九・三十年度はクリ板を葺き上げる作業です。厚さ二・四p、長さ七十五pのクリ板を、二十四pずつずらしながら葺き重ねています。板と板との間には薄い銅板を挟みこんでいます。屋根の隅の部材は曲線にあわせて削りだしていて、手の込んだ作業です。
 塗装の作業は、古い塗料を掻き落とす作業から始まりました。下地には膠(にかわ)と明礬(みょうばん)の水溶液である礬水(ドウサ)を塗ります。保存されていた古材を調べたところ、赤色塗料が「ベンガラ」だと確認できました。 昭和の解体修理の際に取り替えられた部材は塗りの乗りもよく、若々しく見えます。一方、古材は丸みを帯びて年輪が浮きだし、塗りの凹凸が武骨に見せます。これらが相まって歴史を積み重ねた文化財としての重厚さを感じさせています。 平成の修復工事が終わりを迎えるところではありますが、次回の修復に向けて心がけておきたいことがあります。
 文化財としての価値を周知し、市民の皆さんに誇りを感じてもらえる二王門とするとともに、親しみのある観光資源として広く、一般に開放していくことです。

京都府北部の唯一の国宝の建造物の二王門
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また、光明寺仁王門を含めて「光明寺境内全体」が京都府暫定登録文化財に指定されています。

光明寺の詳細は下記をクリックして見てください!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1699.html
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修復のため覆われている二王門です!!
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