2016/9/22

高知・伊予を見る!38.持統天皇の時代に創建された古社・朝日八幡神社!  文化財研修記

松山市南江戸5−12−1には氏神として足煩地主神(あぬみちしゅのかみ)。八幡三神として本陀和気命(ほんだわけのみこと、応神天皇)、帯中津彦命(たらしなかつひこのみこと、仲哀天皇)、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)、比売神、宗像三神として市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)、多紀理比売命(たぎりひめのみこと)、多岐津比売命(たぎつひめのみこと)を祀る朝日八幡神社がある。社伝によると持統天皇の治世(686〜697)に、仲哀天皇、神功皇后の行宮跡である沼台(ぬみだい)に、足煩地主神(あぬみちしゅのかみ)を祭り、沼戸明神(ぬみとみょうじん)と称した。その後、山城国乙訓郡(現在の大阪府・京都府の境)の山崎八幡宮(現在の離宮八幡宮)を勧請して、山崎八幡宮と改称した。元弘3年(1333)、河野通網が神領を献じる。延文6年(1361)、貞和年間に戦災を受けた社殿を河野氏が修理亮(しゅりのすけ)平範有に命じて現在地の朝日谷に社殿を造営した。応永19年(1412)、越智通成が社殿を増築。慶長6年(1601)、松山藩主加藤嘉明が城を松前から勝山城に移してから、松山八社八幡に加え厚く敬った。明治3年(1870)、以前よりの藩主の勧めに従い、社殿に朝日の差し込む姿から現在の朝日八幡神社に改称した。明治20年(1887)、社殿を火災で焼失、明治22年(1889)に現在の社殿が新築された。

1.朝日八幡神社の登り参道
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2.見事な神門と拝殿が見える!
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3.見事な拝殿
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4.拝殿内陣
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5.本殿は撮影が難しい!屋根のみが見える!
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6.下記をクリックして、秋祭りを「音声付動画」で見てください!
https://youtu.be/FShLepd_l7E

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