2016/4/15

豊後・阿蘇を見る!43.小笠原氏の菩提寺で浄土宗鎮西派の淨安寺!  文化財研修記

大分県中津市寺町には寛永17年(1640)、小笠原長次の祖父・小笠原貞慶の従弟・小笠原長継の菩提を弔うため、長男の小笠原政直が建立。正徳5年(1715)9月、本堂と鐘楼が焼失。現在の本堂は文化8年(1811)、舟町の豪商・井筒屋勘之助高通の寄進により再建されました。明治22年(1889年)中津町会議員の初選挙が行われましたが、初町議会がこの浄安寺でひらかれました。 境内には、明治・大正期の貴族院議員で、富士紡績などで活躍した実業家・和田豊治の墓や福澤諭吉が養子になったこともある叔父・中村術平の墓、があります。
 例年2月15日から3月15日には、平安時代の作と伝えられる阿弥陀如来像の傍らで「大涅槃図」が公開されます。「大涅槃図」は中津小笠原藩絵師・海北友倩による1690年頃の作で、小笠原家から寄進されました。縦2.9m・横2.1mの大作で、入滅する釈迦の周りで嘆く中津藩書家の磯田崇山・東郭の墓、書家の中村寿山の墓弟子たちや空に現れる天女などが細かく描かれています。
寺宝:大涅槃図、維摩居士図、小笠原山城守長継公画像などがあります。

1.山門
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2.駒札
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3.見事な蘇鉄のある本堂
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4.見事な象鼻の彫刻がある本堂
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5.和田一族のお墓
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6.中津藩書家の磯田崇山・東郭の墓、書家の中村寿山の墓
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