2015/10/14

家康公400年祭!25.清水次郎長とその生家!  文化財研修記

静岡市清水区の次郎長通りと呼ばれる商店街に今でも清水次郎長の生家があります。幕末、明治維新にわたり、全国にその名を轟かせた世紀の大親分、清水の次郎長の武勇伝は、数々の時代劇や映画などで語り継がれています。義理人情の代名詞である次郎長、その人生は波乱にみちたものでした。彼の人生の前半生を「義理の人」と言えば、後半生は「人情の人」と言われ、人を愛し、人に尽くした後半生。それがあるからこそ、今現在も多くの人々愛され続けているのです。
喧嘩にあけくれた前半生でしたが、警察署長に任命されたことにより次郎長の後半生は一転。地元清水の振興に尽力を捧げました。清水港の改修工事、富士山麓開墾や静岡茶を横浜に運ぶ蒸気船会社の設立等々。次郎長の生家は、次郎長にちなんで名付けられた「次郎長通り」と呼ばれている商店街の中にあります。家の中には次郎長の写真や使用した道具類、資料などが展示されています。当時の居間もそのままの状態で保存されています。夏の盆踊りシーズンには「次郎長踊り」のメロディーがあちらこちらから聞こえてきます。今でも地元清水の人々に愛され続けている次郎長です。
〜義理と人情 次郎長物語・・・「咸臨丸事件」〜
時は明治元年。徳川幕府の軍艦「咸臨丸」は清水港で新政府軍によって攻撃を受け沈没しました。次郎長は傷つく徳川方の軍人を新政府軍の目の届かぬよう密かに逃しました。また湾内に浮遊する屍を拾い集め、手厚く葬ったそうです。人情にもろく、義理堅い、世のため人のために尽くしてきた次郎長でした。

1.今でもあり、お土産販売などの店が清水次郎長の生家です
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2.店内の展示物
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3.同上
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4.同上
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5.左、大政、真ん中が次郎長、右、小政、右上は三代目お蝶さんです!
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