2015/3/21

九州の文化財・史址を見る!35.素戔嗚尊を祀る肥後の古社・北岡神社!  文化財研修記

熊本市中央区祇園橋電停から200メートルほど行くと素戔嗚尊(すさのおのみこと)・稲田姫命(いなだひめのみこと)を祀る肥後の古社・北岡神社(きたおかじんじゃ)がある。当神社は承平4年(937)に、肥後国史であった藤原保昌が、凶徒の叛乱と疫病の流行を鎮めるために京都の祇園社(八坂神社)の御分霊を勧請し、飽託郡湯原(現二本木五丁目)に府中の鎮護として創建されたのが始まりです。当地は『祇園社』『祇園宮』と尊称されていました。まもなく承平7年(937)には、湯原から程近い車屋敷(現二本木二丁目)に遷座され、創建当初から『宝祚無窮、天下泰平、国家安全、悪魔降伏、西九守護』の勅願社として、代々天皇より篤く尊崇されておりました。久寿元年(1154)にも第76代近衛天皇より『顕神院』の勅額とともに、『日本第弐 西九壹社』の尊称と御紋章を下賜頂きました。それは『日本では(京都の御本社に次いで)第二の祇園社であり、西の九州では第一の祇園社である』との意味であり、現在もこの尊称を御朱印に用いております。 天元2年(979)には朝日山(現花岡山)に遷座され、長承元年(1132)に菊池氏が社殿を造営し、慶長10年(1605)加藤清正の肥後入国により古例が復興され、細川藩下に於いては尚一層尊崇され、寛永9年(1632)には社殿が新造されました。 正保4年(1647)、第二代藩主細川光尚により北岡の森の丘中腹に遷座され、古府中にあった社等も境内に移し摂末社として祀られました。(北岡神社パンフレットより抜粋)

1.北岡神社の大鳥居
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2.石段参道の左側には摂社の久末(ひさまつ)神社がある。
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3.間もなく楼門が見えて来た!
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4.見事な楼門ですが随身の撮影は不可能!
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5.朱の手水舎
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6.見事な拝殿です!
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7.見事な拝殿内陣
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8.拝殿後部から本殿を見る!
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9.見事な本殿を斜めから見る!
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10.摂社群の一部
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