2015/2/16

九州の文化財・史址を見る!18.国重文の本堂を持つ珍しい真言宗霊雲派の長崎山・清水寺!  文化財研修記

長崎市鍛治屋町には元和9年(1623)京都音羽山清水寺の僧・慶順が創建した長崎山清水寺がある。京都清水寺の僧・慶順は全国巡錫を経て長崎に辿りついた、信心修行を怠らず布教に努め、その説法を聞き観音様に帰依する者も多かったと言われています。慶順は長崎奉行の長谷川権六より長崎での寺院建立の敷地を与えることを約束され、然るべき土地を得て寺院を建立できるよう千手観音に祈願した。するとある夜、東の方角に白く輝く雲のようなものが立ち昇っている光景を目にします。夜明けを待ってその不思議な場所へ行ってみると、そこには一つの大石があり、その大石からは光が発せられていました。慶順は観音様のお導きと喜び、この地に念願の堂宇を建立し京都清水寺と同様、檀家を持たない祈願寺として長崎山清水寺を創建しました。
その後の経過は寛永4年(1627)島原城主松倉豊後守重政が、京都「清水の舞台」を擬して、堂前に石欄等を建造 。寛永19年(1642) 博多の商人伊藤小左衛門尉吉次が京都三条釜座伊豆守藤原朝臣真次鋳造の梵鐘を奉納。(中略)寛文8年(1668) 唐商何高材の寄進により清水寺本堂建立。(中略)宝暦10年(1760) 長賢、大師堂を本堂脇に建立。明和8年(1771) 四方田慈輔、石造の中門を建造。(中略) 廃藩置県により、八坂神社から鐘楼移築 。昭和51年(1976) 梵鐘が長崎市有形文化財に指定、昭和54年(1979) 御朱印船の絵馬が長崎市有形文化財に指定。平成2年(1986) 不動明王三童子像が国の重要文化財に指定。平成22年(2010) 清水寺本堂(観音堂)が国の重要文化財に指定。(清水寺のHPを一部抜粋)

1.長崎山・清水寺の標柱と左側は清水の舞台(撮影失敗です。)
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2.清水の石の舞台です。(ビンボケです)
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3.山門
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4.長崎県指定文化財の梵鐘をもつ鐘楼
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5.国重文の本堂(観音堂)寛文8年(1688)建立。
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6.本堂の軒の見事な彫刻と装飾は中国様式
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7.瑞光石(僧・慶順が奉持していた観音像に夜分祈っていた時、東方に白く輝く雲のようなものが立ち上っていた。それがこの2.5メートルあもある安山岩で瑞光石となずけた。)
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8.境内の一部
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9.大師堂駒札
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10.大師堂
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111.古木の巨大な櫻の木
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