2014/11/16

房総の文化財・史址を見る!14.下総の一之宮・香取神宮2−2!  文化財研修記

千葉県香取市香取1697には神代の神・ 経津主大神(ふつぬしのおおかみ)又の御名は伊波比主命(いはひぬしのみこと)を祀る下総一之宮・香取神宮がある。内容は、はるか昔、天照大神(伊勢神宮・内宮の御祭神)が日本の国を治めようとしましたが、荒ぶる神々が争い、乱れていました。 大御神は八百万神に相談すると、天穂日命(あめのほひのみこと)がすぐれた神であるということで遣わされましたが、  出雲国の大国主神(おおくにぬ しのかみ)に従ってしまったので、次に天稚彦(あめのわかひこ)が遣わされました。 天稚彦もまた忠誠の心なく、 顯國玉神(うつしくにたまのかみ)の娘の下照姫(したてるひめ)を妻として、自ずから国を乗っ取ろうとしましたが、亡くなってしまいました。このようなことが二度つづいたので、大御神が八百万神に慎重に相談させると、神々が口を揃えて、経津主神こそふさわしいと申し上げました。 そこへ武甕槌大神(たけみかづちのかみ・鹿島神宮の御祭神)が申し出られたので、 共に出雲に派遣されることになりました。経津主、武甕槌の二神は出雲国の稲佐の小汀(いなさのおはま)に着いて十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さに突き立て、武威を示されると 大国主神は大御神の御命令に全く異議はありませんということで、平国の広矛(くにむけのひろほこ)を受け取り、二神は日本の国を平定して、大御神の元へ復命されたのです。古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く。特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、中世以降は下総国の一宮、明治以後の社格制では官幣大社に列し、昭和17年、勅祭社に治定され今日に至っています。奈良の春日大社、宮城の鹽竈神社を始めとして、香取大神を御祭神とする神社は全国各地に及んでいて、広く尊崇をあつめています。
 一般からは家内安全、産業(農業・商工業)指導の神、海上守護、心願成就、縁結、安産の神として深く信仰されています。さらに、その武徳は平和・外交の祖神として、勝運、交通 安全、災難除けの神としても有名です。午年ごとに行われる式年神幸祭は毎年4月15日に行われておりますが、12年に一度の午年には15・16日の2日間に渡って神事が行われます。

1.楼門から見事な拝殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

2.拝殿前の大正天皇御手植松
クリックすると元のサイズで表示します

3.見事な拝殿
クリックすると元のサイズで表示します

4.見事な拝殿内陣
クリックすると元のサイズで表示します

5.見事な拝殿を左側から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

6.拝殿と後部の国重文の本殿の一部を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

7.練習艦・香取の碇
クリックすると元のサイズで表示します

8.神饌殿(神様の食事をお供えする神殿)
クリックすると元のサイズで表示します

9.国重文の本殿の一部を左側から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

10.旧拝殿で現在祈祷殿(千葉県指定文化財)
クリックすると元のサイズで表示します

11.国重文の本殿を右側から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

12.数多くの摂社の一つ鹿島神宮社!
クリックすると元のサイズで表示します

13.御神木
クリックすると元のサイズで表示します

14.黄門櫻
クリックすると元のサイズで表示します

15.庭園の一部
クリックすると元のサイズで表示します

16.千葉県指定史跡の駒札
クリックすると元のサイズで表示します

16.剣聖・飯篠長威斉のお墓の標柱
クリックすると元のサイズで表示します

17.要石
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



この記事へのトラックバックURLはありません
トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ